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本物

立花に突きつけられる言葉に、自分がやってしまったことを認めた諒太。

そのとき立花は何を語るのか……

 俺の告白に立花さんは逆に笑顔になった。

 肩を叩き、励ますように揺する。

 始め会った時は、同年代くらいに見えた彼。

 それが今は、自分よりはるか年上の……酸いも甘いも噛み分けたひとりの尊敬すべき人物として映っていた。

 その深い、優しげな瞳に見つめられると自分がやってしまったことに対して、更なる罪悪感が募っていった。


「月影先生の方から話して頂いて良かった。こちらとしても事を荒立てるつもりはございません。ご安心ください」


 ずっと自分の手や、つま先ばかりを見ていた。

 やっと顔を上げ、どこかすっきりしたような表情を立花さんに向けた。


 それはもちろん、全てが解決したわけではない。

 無かったことにできるわけでもない。

 これから俺はどうすればいいのだろうか。


「月影先生から大賞を辞退されたという形を取らせて頂ければ、問題はないかと考えております。もちろんこちらの処理等が困難な状態であるということは充分にご理解ください。ですが……」


 ですが?

 立花さんはどうして俺を非難しないんだ。

 糾弾して、ホームページにでもなんでも事実を洗いざらい公表して俺を悪者にすればいいはずだ。

 そうすれば、少なくともKOMIYA出版が受ける損害は最小限に抑えられる。


「月影先生。今、なぜと思っておりますね」


 彼はそう言って、俺を見ながら静かに笑った。それは高飛車なものではなかった。

 なぜそこまで冷静にいられるんだ。


「先ほど申し上げた私の親友に諭されたのですよ。今回の件、もしもあなたから罪を告白してくるようなら、酌量の余地を考えてくれないかって」


 立花さんは片方の眉毛を少し上げ、深いため息を吐いた。それはおそらく、俺に向けられたものではない。


「差し支えなければ、その親友の作家の方の名前を教えて頂けませんか。俺はその方に礼を言わなければならない。自分が犯そうとした罪を、最小限にして頂いたんだ」


 立花さんは小さく頷き、その親友の作家の名前を俺に告げた。



 ✛ ✛ ✛


 一週間後。

 俺は匝瑳(そうさ)市というところに立っていた。

 なぜ千葉県の更に九十九里方面まで行ってしまったのか、全く覚えていない。


 KOMIYA出版を出てからの記憶は、かなり曖昧だ。

 自分のアパートに帰る気は毛頭なかった。

 電車に乗り込み、そのまま……揺られるままに無作為に乗り継いでいく。


 新橋。

 高砂。

 船橋。

 津田沼。


 少しずつ都会の喧騒から離れ、静かな街並みが広がっていく。

 俺は漫然(まんぜん)と景色を眺めながら、しびれたような頭で自分のことを振り返っていた。


(死にたい)


 そういった考えが頭をもたげてくるのは、ある意味自然な流れだったのかもしれない。

 ホテルを転々とした。

 何もしたくなかった。誰にも会いたくなかった。

 ネットにも触れたくなかった。

 そのまま消えることができればと強く願った。


 この時は知らなかったが、KOMIYA出版からの告知により、俺が諸事情により大賞を辞退したこと。それにより次点であった作家が繰り上がり、大賞となったらしい。

 X内はしばらくその話題で持ち切りだったようだが、一週間もすると別の話題に移り変わっていった。


 手の中にある一冊の小説。


 それは立花さんの親友の書いたものだった。

 自分でもよく知っていた、そのタイトル。

 手に取ったことは無かったが、何もすることのない俺はむさぼるように何度もその本を読み返しながら当てもない旅を続けていた。


 とある千葉の港町に流れ着いた。

 手の中にある本は何度も読んで擦り切れるくらいだった。

 手垢がつき表紙は汚れ、ページの端は自分が折った箇所で膨れ上がるようだった。

 自分の小説に足りないものがなにか、分かったような気がした。


 その時ふと、俺の目にひとつの店の看板が飛び込んできた。

 ――創元(そうげん)寿司

 こじんまりとした暖簾(のれん)の文字が見えた。


「最後にうまい物でも食べてから、死んでもいいのかもな」


 暖簾をくぐると、落ち着いた雰囲気が自分のことを包み込んだような気がした。

 店内には誰も客がいない。


「いらっしゃい」


 そう言って笑いかけてきたのは、板場に立っている老齢の大将。

 傍には2人の若い職人が見えた。

 何も考えずに勧められた椅子に座り、ぼんやりと天井を眺める。

 すると大将が声をかけてきた。


「兄さん。何かあったのかい。顔に書いてあるよ」


 俺はどきりとした。

 なんでそんなことが分かる。

 いや……たまたまだ。

 誰にでも言っていることなんだろう。


「人間、色々あるだろうさ。これは(わし)からのおごりだ。食べてみてくれ」


 なんだこの人は。

 いきなりやってきた客にいきなり(おご)るだなんて。

 傍で準備を進めている二人の若い職人が、またか……という顔をしている。


 出された寿司を口の中に放り込んだ。


 ……俺は言葉を失った。


「兄さん。死に急ぐことはねぇさ」


 旨かった。

 そう……旨かったんだ。


 口の中に広がるほのかな酸味と甘みが、程よく組み合わさる。

 シャリがほどける絶妙な仕上がり。

 鼻を突き抜ける新鮮な魚の、豊潤(ほうじゅん)な薫り。


 こんな旨い寿司を食べたのは初めてだった。


 俺はその時初めて、生きたいと思った。

 死んでたまるもんか。

 自分はまだ、何も成していないじゃないか!


「大将。俺は……生きてていいのかな。やり直すなんて自分勝手なことを言っていいのかな」


 つい今しがた、出会ったばかりの人間に訊く言葉ではないのは分かっている。

 でも、尋ねずにはいられなかった。

 それぐらいリアルに自分の心が揺さぶられたんだ。

 それは立花さんの親友の小説を読み続けていた時にも感じた事。


「あんたが何で悩んでいるかなんて、そんなことはどうでもいいことでよ」


 大将は朗らかに笑った。


「儂の寿司を食べて、まだ旨いと思えるなら。捨てたもんじゃねぇさ。また来るといい。その時はあんたのことをゆっくりと聞かせてくれよ」


 その笑顔に、初めて救われた気がした。


 いつか、俺の手で本当の物語を(つむ)いでみせると。

 AIが生み出す、早くてソツが無くて、中身が薄い成果物としてではなく。


 自分の『魂』が乗った作品を世に出すんだ。


 そんな月影諒太の誓いは果たされるのか。

 それはまだ誰にも分からない。


 ……少なくとも。彼が今後、安易なAIという手段に手を出すことはないだろう。




ここまで読んで頂きありがとうございます。


書き始めはバットエンドで終わろうと思っていたのですが、やはり書くうちに気持ちが動いていきまして。

結局はこういう形に落ち着きました。

ご了承くださいませ。


こちらで全5話終了となります。

人気があれば短いエピローグを書き加えるかもしれませんが。

よろしければ感想やレビューをお待ちしております。


※追伸

沢山の方に読んで頂き、感謝の思いを込めて。

エピローグである6話目を追加いたしました。

11/9 7:00に公開いたします。


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― 新着の感想 ―
界隈の問題に対する提起としてとても面白い作品でした! AIに頼る場面は人それぞれ。校正だけ、アイデアだけ、本文の小ネタ、本文そのもの。いずれもAI利用でしょうけれど、これが悪なのかと問われればNoと…
ウェブ作家を目指して、何を求めてどう描くのか?…という命題は文章を投稿しているみんなが抱えている問題だと思い、AIの向き合い方は皆が思っていることと、そうあるべき現実が描かれていてとても良かったと思い…
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