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4/6

転落

AIで物語を書くとはなんだろうか。

それにまだ明確な答えはない。

月影諒太は悩み、自分の中でやってしまったことへの答えを出そうとする。

それがどういった意味か……分かっていても。

 十周年KOMIYA出版、新人賞コンテストの【大賞】を受賞してしまったことが、段々と足枷になってきていることを、流石に俺は感じていた。


 逆にそれは、AIで小説を書くということの論争を加速させてしまったかのようだ。


 Xでは必要最小限度のお祝いコメントのみに、当たり障りのない反応を示すようにしていたが、段々と直接的なリプライが多くなってきていた。


 沈黙は金なりとは誰が言ったのか。

 今は沈黙すればするほど、自分がAIに頼り切ってしまったことを示す良い材料を与え続けているようにしか考えられなかった。


『黙っているということは、AIを使って書いたと認めるということですよね』


『先生が潔白でしたら、ファンに向けて一言ポストしてください』


『わたしは先生の紡ぎ出す物語や、キャラの造形、彼らの呼吸を感じられるような描写が好きなんです』


 賛否両論というのであれば聞こえはいい。

 しかし。

 実際は、そういった類のモノでは無かった。


 俺はなぜ、あれだけ有頂天になってしまっていたのだろう。

 後悔の念が静々と自分の頭の中に闇のように広がり、ひとつの大きな毒の大蛇を形作っているようだ。


 その毒の大蛇は、自分自身の尾に食らいつき離さんと飲み込み始める。

 ギリシャ神話のウロボロスという蛇だ。

 決して悪い意味で使われてはいなかった筈だが、今は意識の底に浮かび上がったその映像が突き刺さるように自分の中の残った最後の良心に喰らいついてくる。


(ちょっとくらいなら使ったっていいじゃないか……いや。ちょっとぐらいじゃないよ。ほぼ10万字の大部分をChat-JOKERに出力させたのは紛れもない事実だ)


 俺のやったことは、出力された文章を手直しして、プロット通りにうまく整えただけ。

 それは……おそらく作家と名乗るものがやってはいけないこと。


 その作品は自分で胸を張って、『自分自身で精魂込めて書いたもの』だと言えるのか。


 確かに盗作とは言えない。

 しかし、そこに出力された文章は、『月影ワタル本人』が時間と努力と苦悩、根性を賭した末に書き上げたものでは絶対にありえなかった。


 AIと一緒に考えたものとか。

 Chat-JOKERという相棒と築き上げた奇跡の物語とか。

 おそらくやりようはいくらでもあったはずだ。


 もちろん、それでは間違いなく【大賞受賞】という栄冠は俺の元には届かなかっただろう。

 しかし。


 自分の受賞したものの、1つだけランクが下の作品を改めて読む。


 物語の掴みの巧みさ。

 こんな……こんな書き方ができるなんて。

 キャラクターの個性が光る。

 まるでその場に居て、意識を持ち、実際に人生を歩んでいるかのようだ。

 文章の独自性。

 決して自分にはこんなふうには書けないだろうということが嫌でもわかる。


 俺は自分の狭い……4畳半のボロアパートの一室で、高級パソコンの画面にしがみつき、瞳から零れ落ちる良心の呵責(かしゃく)というものに濡れていた。


 今更、全ては遅かった。


 もしかしたら、いや絶対に。

 こちらの作品が大賞として世に発表され、自分が今得ている全ての権利は、実はこの作品が持っていくはずだったんだ。


 全てを。

 そう、全部を狂わせてしまったんだ。


 俺のちょっとした虚栄心とか、自己満足感とかそういったもので。

 このたゆまない努力をし続けていた、非凡な才能を持った作者のチャンスを自分が根こそぎ奪ってしまったんだ!



 3日後。都内某所。

 俺はKOMIYA出版社の目の前に立っていた。

 秋晴れのすっきりした透き通るような空。

 まだどこかに残る夏の匂いが、都会のアスファルトの上を吹き抜けていく。


 その心地良さとは別に、安穏たる想いが全身を支配していた。

 ここに立っていていいのだろうか。

 KOMIYA出版の門を平気な顔で通過してもいいのだろうか。


「月影先生! お待ちしてましたよ」


 そう言ってまだ若い……おそらく20代後半であろうか。パリッとした小奇麗なスーツに身を包んだ編集者であろう男性が、小さな会議室に入ってきた。


 彼が丁寧な所作で手渡した名刺には、『KOMIYA出版社 取締役 立花圭人(たちばなけいと)』と書かれていた。

 整った顔と優雅な眼差し。そして若きやり手の取締役然とした彼の佇まいに、俺は逆に緊張を更に高めた。


 前日に美容院に行き、しっかりと風呂に入り、4回くらい身体を洗ってきた。

 目の前ににこやかな笑顔を振りまきながら座っている立花さんの10分の1にも満たない、全くといっていいほど洗練されていない俺。

 どうしてこんなにみすぼらしい、忸怩(じくじ)たる思いを抱えながら、この場に座っているのだろうか。


 もちろん答えはすでに出ていたわけで。


「さっそくですが、今回の大賞受賞。改めましておめでとうございます。KOMIYA出版社員一同、月影先生の書かれた作品に深く感銘を受けております」


 立花さんがにこやかに笑う。

 ほのかにいい匂いのする香水が、彼の首元から立ち昇る度に、俺の心はギリリと締め付けられる。


「審査員一同、満場一致で推している作品でもあり、改めてわたしも細部までしっかりと拝読させていただきました。月影先生独自の視点と言えばいいのか、類稀なる発想力には驚かされます。いつもどのようにしてこういった突飛なアイディアを構築なさるのでしょうか。ぜひお聞きしたくて」


 その時、立花さんから感じる違和感。

 なんだろう。

 彼から感じる視線が、どこか尖ったもののように思えてならない。


「わたしの親友に、この間ベストセラーになった男がいましてね。彼にもこの作品を批評してもらっているんですよ。彼が言うにはどこか違和感があると……そうですね。月影先生のとある噂がXを賑わせていると言えばいいのでしょうか」


 それは奈落の底に突き落とされたと同じ意味を示す言葉だった。

 既に、立花さんは分かっていたのだ。

 そうじゃなければ取締役が敢えて出てくるわけがないじゃないか。


 俺はうなだれ、深く頭を下げた。

4話目までお読みいただきありがとうございました。

次でこの短編は最後になります。


ぜひ諒太に最後までお付き合いくださり、今問題となっている事柄に皆様が、少しでも関心を持っていただけたらと願っております。

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― 新着の感想 ―
まさに「転落」。 得体の知れないイヤなものが背後からにじりにじにじって迫ってくる感じが伝わってきます。
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