受賞
諒太の目には輝かしい未来が見えたような気がしていた。
しかしそれは、本当にそうだったのだろうか。
徐々に自分の気持ちと、生み出された作品に乖離を覚え始める……
月影諒太の潤んだ瞳の奥まで、受賞ページから放たれる輝かしい光が注がれていた。
大賞受賞!!
『無能と追放された俺のスキル【鑑定】、実は世界唯一の【神眼】でした 〜今さら戻ってこいと泣きつかれても、もう遅い〜』
自分では見た事のないPV数とブックマーク数。
それを眺めているだけでも、時間はあっという間に過ぎていくかのようだ。
満足感。充足感。肯定感。
いや。
承認欲求という名の甘い、密が滴るような果実。
その豊潤たる、しびれるような薫りに酔いしれる。
それはどんな高い酒を飲んだことにも勝る、高揚感に満たされたもの。
「やってやったぞ! 俺はついに大賞を受賞したぞ!」
大賞をとれば、作家としての地位は確立される。
もちろん書籍化とコミカライズ化は、受賞と同時に確約済み。
KOMIYA出版社からのメールにも何度も目を通した。
『この度は大賞受賞おめでとうございます。月影先生のすばらしい作品、構想力、描写の力に、審査員一同、満場一致で大賞に推させていただきました』
満場一致! 推させていただく!
メールの文章に俺は小躍りする。
『特に、あれだけの重厚な世界観を、コンテスト期間中にすばらしい執筆速度で書き上げられた先生の圧倒的な筆力と小説に対する情熱には、脱帽の一言です』
ギクリとする。
心が軋むような音を立てたのが分かる。
速度や描写の力を褒められると、ふと我に返る自分がいる。
重厚な世界観は間違いない。
俺の世界感やキャラクターの設定資料は100ページ以上にも及ぶもの。
それはそこら辺に存在しているWeb作家に負けるつもりはない。
だが……描写力や筆力と言われてしまうと。
パソコンの前で委縮するように丸まった背中に、冷たい空気が流れる。
まるでホラー小説にでてくる、背を不自然にかがめた恭しい執事のようなその姿。
主人はいったい誰だというんだ……?
その考えを振り払うように頭を大きく、何度も空しく横に動かす。
『今回の大賞受賞に伴い、月影ワタル先生と、今後の弊社との出版契約についていくつか確認したく存じます。お時間を頂ければ幸いでございます』
出版契約。
現実的な言葉がずしりと重みを帯びて、頭の中で反芻される。
しかし。
ずっと俺を後ろから見ているような、怯える視線のようなもの。
このままでいいのかという自責の念。
これは『月影ワタル』本人が『書いた』小説ということで通していいのか。
葛藤。
冷や汗。
悪魔の囁き。
様々な想いが自分の中でせめぎ合い、思考の底で意識を叩きだす。
「バレるわけがない。しっかりと設定資料は練り上げているんだ。ここからの構想とか、キャラの方向性の確認など指摘されても、どうとでも返すことができるはず」
そう言いながらも、自分の目はパソコンから離れられずにいた。
さっきから気になっていた、大賞受賞の影響からか、前作である『魔王学園の落ちこぼれだった俺が、卒業試験で『世界を救え』とか無茶振りされた件 〜どうせなら伝説のパーティ(美少女オンリー)を再結成して、世界のついでに俺の評価も救ってみせる!』にも目を通してくれている読者が大勢いる。
PVやお気に入りも受賞発表と同時に一気に跳ね上がった。
初めはそんな状況を素直に楽しんでいたが、雲行きが段々と怪しくなってきていることに気付いた。
確かに絶賛コメントは多い。
面白いと素直な感想を述べてくれる読者もたくさんいる。
それは良かったんだ。
だが。
『新作と全然作風が違いますね』
俺の目が宙を泳ぐ。
『こっち(魔王学園)は正直面白くないです』
そういった辛辣な批評が少しずつ増えていった。
コメントを消してもいいだが、それをすると意見を肯定したかのようにとられるのが嫌で削除のボタンを押せずにいた。
するとそのコメント見たであろう人たちが、徐々にXでポストをし始めたのが、次は気になりだした。
『月影先生の文章ってどこかテンプレっぽいよね。敢えて、そうしているんだろうけどさ』
『全体的によく練られた話だし、面白いとは思うのだけど……なんだろう。月影先生の熱が伝わってこないというか』
『読みやすい話。でもなんだかそれだけって感じがして、わたしは好きじゃないな』
マイナスのポストばかりが気になりだし、積極的にエゴサーチもしてしまう。
批判的な意見も多くなってきているのがはっきりと分かり、俺は生唾を飲み込んだ。
読者はバカじゃない。
散々俺が、他の作家の作品を読みながら叫んでいたことだ。
『この作品をChat-JOKERに読み込ませたら、AI的中率85%だってよ。マジでヤバいんじゃない?』
そのポストが急速にいいねとリポスト数を稼いでいた。
足元から崩れ始めるような予兆。
諒太は答えが出せるのだろうか。
次話『転落』
お楽しみに!




