劇薬
反応は劇的。
俺は有頂天だった。
毎日うなぎ登りに増えていくPVとブックマーク数。
初めてPV三桁を見たと思ったら、それから五桁になるのはすぐだった。
「なんだよこれ、いったいどうなってるんだ」
俺は自分の作品ページを一日中眺めていても、全く飽きるということなかった。
それぐらい、目の前で起こっていることは現実感から逸脱していた。
「俺の作品がこんなに読まれるなんて! 今までやってきたことはいったいなんだったんだ……?」
感想もたくさん書かれている。
それをひとつひとつ読み、返信をするという行為も、満足感や自己肯定感を加速させていた。
90%は好評なものだ。
しかし中には「テンプレ的でどこかで見たような文章」「面白いが決定打に欠ける」「辻褄が合っていないような気がするが大丈夫か」といったものが書かれていた。
俺はそのマイナスな感想を、まるで自分を攻撃してくるモンスターであるかのように扱い、敵視し、さっさと頭の隅に追いやった。
後から考えれば、その感想こそが自分の糧になったことは自明の理。
俺が手を出したのは『AIに文章をそのまま出力させる』こと。
日本以外の国ではAIにそのまま出力させた小説を扱うサイトすら存在するというのは、Xのポストで後から知った。
だとしたら。
うまくプロンプトを練れば、大賞を狙えるような小説が俺にも書けるんじゃないか?
この『俺にも書ける』と思ったのが全ての勘違いであったのは言うまでもない。
書いているのは自分じゃなかったんだ。
でも有頂天になっていた時に、そんなことに想いを馳せることができるだろうか。
今まで味わった自分の自信の無さや絶望感。孤独感。
それがAIの使い方ひとつで、ここまで覆せるとは正直思わなかったんだ。
『#役割 あなたは日本で最も人気のあるWeb小説家です。特に『異世界もの』や『追放もの』、『ざまぁ系』ジャンルで、何度もヒット作を生み出していて、読者が「今すぐ、この話の続きが読みたい」と熱望するような文章を書く天才です』
『#目的 KOMIYAノベルズ総合Hotランキング1位を獲得するための、斬新なファンタジー小説の冒頭、3千文字程度を執筆してください。読者の読み進めるストレスを最小限にしつつ、期待感を最大に高める構成にしてください』
その後、自分が山のように作成していた、前作の設定資料の中からうまい具合に主人公や異能と呼ばれる特殊能力の設定だけを抜きだして、追放シーンや助けとなるヒロインの姿形だけの簡単な描写をプロンプトに追加していく。
もちろん思ったよりも簡単な作業ではなかった。
はじめこのプロンプトで出てきた文章は、まったく自分が書いてきた文章の形とは違い過ぎていた。また人称も文章中でかなりブレてしまい、よく分からないアラビア文字なども散見されたので、それを削ったりしながらの地道な作業。
そう、それは執筆などというものでは無かった。
編集者にでもなったような、そんな気がした。
何度も執筆指示や主人公設定、文体のプロンプトを工夫した。
出てくる小説本文が気に入らずに、何度も強い口調をChat-JOKERに投げて、推敲を促した。
「違う! なんだその描写は。もっとこう、感情に訴えかけるような文章にしろって言ったはずだろ。何度も言わせるな」
Don't explain, describe. と打ち込む。
つまりは、よく言われる【説明するな、描写せよ】ってやつだ。
その度に『すいません』という文字がチャット内に書き出され、次の文章があっという間に構築される。
自分だったら、二千文字を書くのに早くても一時間三十分程度。
一万文字はノリに乗っていたとしても、一日は掛かってしまう。しかも一万字を書き切った後はしばらく放心状態に陥り、次を書き出すのに時間が掛かってしまっていた。
その執筆速度をいとも簡単に打ち破るAI。
ぶっちゃけ、ものの一万字が五分も掛からない。
恐ろしい。
こんな速度で、作品が生み出されていったら、それこそ人間であることでは全く太刀打ちなんかできない。
しかも読んだ限りでは……悔しいが自分以上の執筆能力があるんだ。
悔しい!
初めはそう思って歯ぎしりもしていたが。
段々とそれすら慣れていき、気にならなくなってきた。
どんなに匂いが強くても、嗅ぎ続けたり、その場所に留まり続けることでほとんど気にならなくなってしまうかのように。
そしてそれ以上に、その執筆能力と一定レベル以上の描写力、そして速度と分量に俺は圧倒された。
10万文字の大作は、まさにあっという間だった。
『無能と追放された俺のスキル【鑑定】実は世界唯一の【神眼】でした 〜今さら戻ってこいと泣きつかれても、もう遅い〜』
気づけばAIプロンプトを独学で学び、やり方を模索していた時間の方が長かった気がする。そしてAI自体に本文を出力し始めれば……もう後は簡単だった。
そして俺は、十周年KOMIYA出版、新人賞コンテストの【大賞】を受賞することとなったんだ。




