第8話 王族と聖女
我が国の問題は食糧難だけではなかった。
隣国との外交でも問題視されているが、聖女を含めた全ての女性の扱いが酷い王族への不信感をどうにかしなければならない。
本来なら聖女は国を上げて保護し、敬うべき存在である。王族の奴隷など論外であるが、それを私のお祖父様はやらかしてしまった。
しかも平民だった先代聖女を男爵家に籍を無理やり入れさせて、有無を言わせず貴族社会に引っ張り出した。そして王命で現国王の側室として縛るまでの決して短くない間、王族と親しい貴族たちも交え、それはもうやりたい放題にやってしまったのだ。
神父から聞いた話では、先代聖女の最期は離宮の隅にある物置部屋。死因は敗血症と大量出血による多機能不全で、死体が発見された時には腐敗がかなり進んでいたとか。
呪い殺されてもおかしくない話だが、奇しくも十五年前にアッフェル侯爵家の手によって王家に対する横領などの汚職を暴かれ、先代聖女を死に追いやったお祖父様と現国王意外の、当時の貴族は処刑されている。
お祖父様とお祖母様は十年前に崖の崩落に巻きこまれて亡くなっているため、先代聖女を直接害したのは現国王だけとなる。
第一王子は先代聖女との子だと対外的には詐称しているが、本当は正妻との間に子供がなかなかできなかった現国王とお祖母様の間の子だ。
その九年後に第一王女と第二王子がそれぞれ別の側室から生まれ、さらにその二年後に正妻である王妃との子として第二王女が生まれた。
私と同い年の第三王女は側室付きのメイドとの子で、メイド見習いとして離宮にいたけれど、最近になって美人だと気づいた国王が認知して王女扱いになった。実の父とはいえ反吐が出るわ。
こんな王族、特に国王と第一王子は血が濃いからか、思想が似ているので危険極まりない。
第二王子は乳母と専属教師たちがまだまともな感性の方々で、かつ王位継承第二位とはいえ第一王子と比べられることがないほど静かに生きている。
あまり話したことはないけれど、必要以上の事はしない、第一王子のスペアである事を自覚している印象が強い。
王位継承権があって無いようなもので、事なかれ主義の第二王子に野心や現状打破の意思は見られない。そのため空っぽの傀儡に期待などできなかった。
だからこそ私が動くしかなかったのだけれど、本当に王族はどうしようもない血筋だわ。自分の力だけでは何もできず、他人の力を使うことでしか人を動かせない。
面倒な国王には毒で臥せってもらい、聖女の力で延命していることにしてからは、かなり行動しやすくなった。
そして次に面倒な第一王子から王位継承権を剥奪するためにしたのは、国王に毒を盛った罪を着せて、先代聖女の子だと詐称している事実を国内外含めて徹底的に周知させること。
第一王子も実の母親がお祖母様だとは知らなかったようで、国王に毒を盛った冤罪よりも、そちらの事実の方が衝撃的だったみたい。兵士が手が付けられないほど取り乱したらしい。
私の知る限り、第一王子が生まれた頃の肖像画のお祖母様は年齢の割には老けており、枯れ木のようだった。子犬のように可愛らしい貴族子女が大好きな好色家の第一王子には刺激が強すぎたのね。
お祖母様のことを『王族にあるまじき醜女、父上が似ていないのが救い』と言っていたけれど、似ていないけれど実母だったのよ。かわいそうに。
加えて今まで第一王子としてちやほやされて高待遇を受けていた分、貴族用とはいえ地下牢に幽閉されて気が触れたとか。元から重度の癇癪持ちだから私から見たら違いがわからないわね。
「第一王子をとりあげた医師はてっきり口封じに殺されていると思っていましたが……こうなることがアッフェル侯爵はわかっていたのですか?」
実際に第一王子が産まれた場に立ち会った人物がいなければ、第一王子派の貴族や本人に真実を叩きつけることはできなかった。
でっち上げる事も考えていたけれど、その前にアッフェル侯爵が医師本人を連れてきてくれたのだから驚いた。
さすがはアッフェル侯爵家当主というべきだろう。こうして聖女の件で関わらなかったら、彼の恐ろしいほどの人脈と手腕、その本性を知ることは生涯なかったかもしれない。
「それに関しては我が侯爵家の先代が『いつか役に立つかもしれないから』と言って暗殺を隠蔽して屋敷で保護していたから、感謝するなら俺の父親の機転に、だな」
筆頭侯爵といえど王命には背いているわけで、こんなにも平然と言ってのけるのはアッフェル侯爵だからだとしか言えない。
「我が侯爵家は代々王族の不利なモノを掃除する家門だが、王族の目に入らなければいいんだから方法はこっちで決めても問題ないだろうよ」
「それを王族の目の前で言うのはどうかと思いますけれど……」
「サリア様に対してアッフェル家が敵意が無いことと、仕事に真摯に励むことは此度の件でよくご理解いただけていると思いまして」
わざとらしく貴族らしい返しをしてくるが、面白がっている顔に腹がたつ。
「聖女様が絡めば仕事に真摯に励むことはよ〜く理解しました。宰相の弱みもアッフェル侯爵がいなければ握れませんでしたし、本当に貴方が味方になって助かりましたわ」
国王が不在でも宰相が国を動かすもの。さっさと第二王子に代替わりできるように、宰相には早めに隠居していただいた。もちろん代わりの宰相の人事はきちんとした家門を選出した。
私も第二王子の補佐にまわれるように、偽物でも聖女の立場を使って特別顧問という役職をこじ付けたのだ。
「筆頭侯爵の立場上、貴族のゴシップは毎日聞くからな。宰相の弱みくらいいくらでも」
「頼もしいけれど怖いわね、それ──」
そういえば夜会や茶会などの貴族の集まりにはアッフェル侯爵家の縁者が必ず一人はいると聞くけれど、一族で情報共有しているということかしら。
あまり深く踏みこまないように、私はクッキーを口にいれてアッフェル侯爵から視線を外した。