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第4話 お茶会のお誘いと振り返り

 本物の聖女、いえ、聖女様と私は最初から出会っていた。

 まったく気づかなかったわけではない。それでもまさか違うだろうと思っていたし、アッフェル侯爵に言われてもどこかで何かの手違いではないかと疑念を抱いている。


 でも、目の前に立つ人物こそ本物の聖女様。


 しかし今はお茶を淹れて悠長に話す時間がない。たくさん聞きたいことがある。衝動を抑えられずに口を開いたが、一つ問うたらもう止まらないだろうと、己に言い聞かせてなんとか口を閉じた。

「心配せずとも、王宮内が落ち着いた頃にみんなでお茶でも飲みましょう」

 そんな私の様子を見たアッフェル侯爵の提案に、私は何度も頷いた。

 聖女様の方を見ると、いつもと同じように優しく微笑んでいた。変わらないな、この人は。聖女様だと知ってしまったら、あの人を見る目が変わってしまうかとも思ったけれど、そんなことはなかった。

 王族の血を引いる私だけど、アイツらとは違う。それを強く感じられて安心した。



 国葬を終え、王位継承権を第二王子に移し、第二王女としての私の立場も、貴族たちの立ち位置も落ち着いた頃には季節が二つも変わってしまった。忙しいとはいえ、早く聖女様とアッフェル侯爵に会いたい。日ごとに聞きたい事が増えているのだ。

 やっと最後の後処理を終えた頃に、アッフェル侯爵からお茶会のお誘いの手紙が届いた。

 私はすぐに返事を出し、お茶会の日まで指折り数えては胸が高鳴った。



 お茶会の前夜、私は明日が楽しみでなかなか寝付けなかった。どうせ眠れないのならと、真新しいベッドから出て、夜風に当たれるバルコニー側の椅子に座り、聖女として振る舞った日々を思い返してみた。


 私を聖女として、先代の聖女の癒しの力の残滓を貸してくれた神父と孤児院の少女たち。

 筆頭侯爵家当主の立場を利用して、貴族相手に上手く立ち回ってくれたアッフェル侯爵。

 直接顔を合わせて協力してくれたのは彼らだけ。けれど聖女の力を信じて動いてくれた各領地の貴族や市民たちにも感謝を忘れてはいけない。


 我が国の食糧難の改善に、市井の雇用減少の対策。

 女性を政治の道具──それ以下に見ている国王と第一王子の排除と、第二王女()が政治に関われる地位の確立。


 これらをほぼ同時に取り掛かり、かつ私が偽物の聖女だと気づかれないように常に周囲を警戒する日々が続いた。

 まあ、全て上手くいったからこうしてゆっくり今までを振り返る時間ができたんだけどね。

 とにかく慌ただしかった。あと先代の聖女の事もあって国王と第一王子からの刺客の数も容赦なくて大変だった。

 神父が護衛兼聖女の件をうまく誤魔化すため、侍女として孤児院の少女を二人、私につけてくれてなければ色々な意味で危ない場面が多々あったのだ。本当にマーガレットとフローラには助けられたわ。


 そういえば、最初に聖女の力を宿したコルセットを着けてくれたのはマーガレットだったわね。

 アッフェル侯爵家の領地の中でも端にある、教会に併設された小さな孤児院の少女の一人。庶民とは思えないほどしっかりしていたから、もしかしたら──なんて思っていたけれど、とても聞けなかった。あの孤児院の少女たちは何かしらの事情があってあそこにいるような気がしたから。簡単に私が踏み込んでいいものではない。


 私の身の回りの世話だけでなく、旅芸人だった経験を活かして幾度と私を窮地から助けてくれたフローラは、今まで接したことの無い溌剌とした少女。

 機敏に動ける身体能力に加え、声真似が得意で変装も完成度が高かった。私と身長の差があったにも関わらず、彼女が私に変装しても誰も気づかなかったほど。

 第一王子の監視の目をくぐり抜けるため、何度も影武者になってくれたわ。

 なぜ孤児院にいるのか不思議なくらい、フローラは多くの技芸を身につけている。でもそこは触れてはいけない境界だと思い、ずっと聞かずにいる。


 聖女の力といっても、先代の聖女の力の残りを物に宿して使う仕組み上、力を使えば補充が必要になった。

 周囲にその仕組みを気づかれないように、必ず身につける物を用意する必要があったとはいえ、なぜコルセットや下着なのかと最初こそ疑問しかなかった。

 けれどすぐに身の回りの装飾品やドレスや靴などの盗難が相次ぎ、その意味を理解することとなったわ。

 聖女の力を宿した物があるのではと疑った、第二王子の母である側室の仕業だったが、予想が外れたと思ったのかすぐに盗難は止んだ。盗まれた物は戻ってこなかったけど、支障をきたすほどでもないから可愛いものだったわね。

 まさか毎日ランドリーメイドに扮したフローラが、私の下着やコルセットを教会に運んで聖女の力を込めていたなんてね。誰が想像できたかしら。普通は指輪や首飾り、髪飾りに宿すと思うじゃない。

 作戦のためとはいえ恥ずかしくてしばらく孤児院の少女たちの顔が見れなかったわ。

 しかも今となっては、聖女様が直接触れて力を込めていたってことがわかったわけで……いいえ、もう終わったことよ。深く考えないようにしましょう。

 マーガレットも孤児院ではみんなでお互いの洗濯をするから気にはしていないし、すぐに慣れると言っていたからあまり考えないようにしていたけど。やっぱり今にして思い返したら、コルセットはともかく下着である必要は本当にあったのかしら!?


 顔が熱い。これ以上考えるのは止めたいのに、聖女様があの人だと知った今、あの時のあれこれがそういう事だったとわかって、思考が止まらない。

 ああ、今すぐ孤児院の最年少のデイジーを抱きしめたい。純粋無垢なあの小さくてあたたかい手で頭をよしよししてほしいわ。明日のお茶会に来てくれるかしら?

 正直に言うと聖女様よりもデイジーの笑顔の方が癒しの力があると本気で思う時があるのよね。だって聖女様ったら頭を撫でるのが下手なんですもの。

 デイジーのことを考えていたら顔の熱も引いてきたみたい。聖女として振る舞う必要がなくなり、マーガレットとフローラも孤児院に帰ってもらった。

 だから明日のお茶会で久しぶりに会うのが楽しみ。

 以前ほどではないけれど、やっぱり王宮の空気は冷たい。孤児院のみんなといた時は、とてもあたたかくて心地が良かった。

 またお茶会であの優しいぬくもりに触れられるのだと、私は余計なことを思い出さないうちにベッドに寝転んで目を閉じた。

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