8話 逃走
王都の陽射しはやわらかく、屋台と行商の声、香ばしい匂いが風に乗る。
紅茶屋と菓子店を回って包みを抱え、広場のほうから賑やかな音楽が響くのに気づいた。
(なんだろう?何かイベントでもしてるのかな?)
人波をかき分けて通りへ出ると、華やかなパレードが行われていた。
鮮やかな旗、磨かれた鎧の列。先頭には堂々たる騎士。
(わあ⋯⋯みんな背が高いなあ。鍛えられてるのがわかる。先頭のひとは多分騎士団長⋯⋯だよね?イケオジだ⋯⋯)
見惚れた瞬間、視線が交わった。
(ん?今何か言った⋯⋯?)
唇が、私の名を呼んだようにも見える。次の瞬間、彼が駆けてきた。
「お一人でおられるのですか!」
「え?あの──」
鎧の列が円を描くように私を囲む。
「また屋敷から逃げ出したのですか?喧嘩ですか?しかし、一人での外出は危険です」
「ちょ、ちょっと。何の話かよく⋯⋯」
「詰め所で伺いますので、とにかく今はこちらへ」
「あ、あの──」
「総団長を呼べ」
先頭の男が低く命じ、私は半ば強引に詰め所へ連れて行かれた。
「お怪我はありませんか?」
「ないですけど、あの、たぶん、どなたかと勘違いを──」
「いえ、それはございません。私どもは味方ですのでご安心を。総団長が到着されるまで、こちらでお待ちください」
(ダメだ、この人たち話が通じない)
味方だと言っているが、先ほどから何度問いかけても「総団長が来てから」としか答えない。
ただ、彼らが身につけている紋章は確かに本物で、国の所属であることは間違いない。とはいえ、最悪の事態を想定するなら、拘束される可能性だってある。
今は穏やかに接してきているが、後になって態度が変わるかもしれない。
(誰かと勘違いしているようだし、ここから逃げてレオンさんに助けを求めたほうがいいかも)
私は広い部屋の中央に椅子をあてがわれ、周囲には屈強な団員がいる。距離は保っているが、出入口と窓をさりげなく押さえる配置だ。
団長らしき人も含めて周囲に六人。突破は絶対不可能だ。扉は近いが、扉前に二人いる。外にも何十人もの騎士団員がいる。
窓は左奥にあるが、高さがある。よじ登る間に捕まるのがオチだろう。
こうなったら──
「あの⋯⋯お手洗いをお借りしたいのですが」
拘束されているわけではないから、単独移動の許可を引き出せれば、脱出できるかもしれない。
「かしこまりました。ご案内します」
団長と思わしき男が先導する。
「こちらです」
「ありがとうございます。自分で戻れますので、ここで大丈夫です」
「承知しました。先ほどの部屋でお待ちしております」
(よし、これで一人になれた)
扉を閉め、素早く見渡す。洗面台、木製の格子窓、換気用の小窓が二つ。
候補は格子窓。格子のピンは内側で外せる仕様。
(これはいけるかも。開口部は肩幅と手のひら一枚。ギリギリ通れる。地面まで2メートルくらいかな。これも多分大丈夫)
窓枠に指をかけ、蝶番のピンをねじる。軋む音を最小限に抑え、格子を外して床に寝かせる。
(なるほど⋯⋯詰め所の裏側に出る形になるのね。でも誰も配置してないなんて、セキュリティ的に大丈夫なのかな?まあ、私にとったら都合はいいんだけど)
便座に足をかけて腰を上げ、両肘で窓枠を押し広げるように体を通す。腹部が引っかかるが、息を吐き切って厚みを減らす。
両手で外側の縁をつかみ、体を倒し込み、踵を壁に当てて速度を殺しながら地面へ。
そして、そのまま走って逃げる──はずだった。
「こんな小さな窓から抜けるなんて見事ですね。でも、怪我をしたらどうするんですか。ミナに何かあったら、私は悲しいです」
「わ、わあっ!?え!?」
背後から聞きなれた声がした。
「え?!レオンさん!なんでここに!?さっき見た時は誰もいなかったのに!」
「ルークが教えてくれました」
「⋯⋯ルーク?」
振り向けば、先ほどの騎士団長らしき男が静かに立っている。
「ミナ様⋯⋯いくらなんでも危険です。ミナ様なら、もしかすると、と思いましたが」
(え⋯⋯行動を読まれてたってこと⋯⋯?それに、今の言い方、彼は私を知ってる⋯⋯の?)
「ひとまず中へ戻りましょう」
扉が開く。先ほどの団員たちが素早く整列した。
「全員、整列!」
鎧が触れ合う音。全員が片膝をつき、深々と頭を垂れる。
「レオンさん⋯⋯あの、これは一体⋯⋯まさか総団長って、レオンさんだとか言わないですよね⋯⋯」
「申し訳ありません。彼らが買い物の邪魔したようで」
彼は視線をルークと呼ばれる団長へ。
「外出は私が許可した。彼女の好きにさせろ」
「しかし、護衛なしでは何かあった時に──」
レオンは無言でルークを睨みつけた。室内の空気がきりりと締まる。
「御意。大変失礼いたしました」
レオンは私へ向き直り、表情を和らげる。
「では、気を取り直して、今から一緒に買い物に行きましょう」
私が慌てて首を振ると、レオンは困ったような表情をする。
「あの、私は買い物に行きたいわけではなくて──その、この方達とはどういうご関係で?それに総団長とはどなたのことを指しているんでしょうか?」
その一言で、室内の雰囲気が変わる気配を感じた。周囲からあり得ないほどの視線を感じる。
「私です」
「え⋯⋯?」
開いた口が塞がらないというのは、今使うのが最も適切だと思う。
「ただの肩書きですし、ミナは何も気にせず、好きに暮らしたらいいのです。今後このようなことがないように努めますので」
「気にせずってそんな──」
「さあ、買い物の続きに行きましょう」
そして、いつの間にか、レオンさんは私のことをミナと呼ぶようになっていた。
笑顔でミナと口にしながら、その奥には揺るがぬ圧が潜んでいる。喉元まで出かかった問いかけを、今は飲み込むしかなかった。




