5話 同居のお誘い
「ミナちゃん、いるかい?」
翌日、またフリーマーケットに行く準備をしていた時、誰かが扉の前から私の名前を呼んだ。
「は~い、今出ます」
玄関を開けると、家の隣に住む大家さんがいた。
「あ!大家さん、お久しぶりです」
「ミナちゃん、元気にしとったか?」
「はい、おかげさまで。どうかされましたか?」
「⋯⋯いきなりですまんのじゃが、ミナちゃん。悪いけど、この家、手放すことにしたんだわ」
「え⋯⋯どういうことですか?」
「いやな、こんな古い家を、貴族様がどうしても買いたいって言い出してな。今の家の価値の十倍出すって言うもんで⋯⋯もう、こっちも断りきれんかった」
「十倍⋯⋯?」
「ああ、だから申し訳ないんじゃが、どこか違うところへ引越しをお願いできんかの」
あまりにも突然すぎて、頭が追いつかない。
「⋯⋯いつまでに出ないといけないんですか?」
「悪いけど、今月いっぱいでな」
「こ、今月!?それってあと2週間しかないですよね?せめて、1ヶ月は時間をもらえませんか⋯⋯」
必死で探し回って、ようやく見つけた家。あのとき家の探し方すらわからなくて、騙されそうになりながら、ようやくたどり着いた場所。見つけるまでに数ヶ月はかかった。
それをまた一から繰り返さなければならないと思うと、気が重いどころではない。
「本当にすまないね。正確にはこの家じゃなくて、土地なんだと。どうやらこの辺り一帯でなにか始めるらしくてね。来月からここに工事が入るんだと」
「そんな⋯⋯」
それはつまり、この家自体が取り壊されるということだ。もう何を言っても無駄だと悟った。
────部屋に戻り、次の家のことを考えた途端、疲れがどっと押し寄せた。
以前、部屋を探したときは、外国人というだけで門前払いする大家がほとんどだった。いくら今はアストリア語を話せると言っても、信用を得るのは簡単ではない。
「今月中に見つけるなんてできるのかな────あ、待って、もうこんな時間⋯⋯!」
時計を確認すると、レオンさんとの約束の時間まで一時間しかなかった。
考えているうちに、時計の針が思った以上に進んでいたらしい。
「まずい。急がないと!」
慌てて鞄を掴み、髪を整える余裕もないまま、通りへ飛び出した。
「レオンさん⋯⋯!すみません、遅くなりました」
息を切らしながら頭を下げる。
「いえ、私も今来たところなので大丈夫ですよ」
「お気遣いありがとうございます⋯⋯」
「何かありましたか?ミナさんが遅刻するなんて珍しいですね」
「その⋯⋯実は、しばらく日本語のレッスンができなくなるかもしれないんです」
彼の顔から表情が消えた。
「どうしてですか?」
「急すぎる話なんですが、今月中には家を出なきゃいけなくなってしまって。まだ次の行き先も決まっていなくて、家探しに時間がかかりそうなんです⋯⋯」
言葉にすると、途端に惨めさが込み上げてきた。
レオンさんは視線を落とし、少し考えるように沈黙した。そして、ゆっくりと顔を上げる。
「それなら、私の家に住みませんか?」
「えっ⋯⋯?今なんと?」
「住む場所がないなら、一緒に暮らしましょう」
心臓が一瞬止まったように感じた。
「一緒に住む⋯⋯?いや、でも、それは、いくらなんでもご迷惑じゃ⋯⋯」
「いえ、空き部屋がいくつかあるので、使っていただいた方がむしろ助かります」
正直なところ、有り難すぎる申し出だった。
最近は近隣諸国からの移民も多く、ただでさえ住居が不足している。王都であればなおさらだ。そんな状況の中、部屋を貸し出しているオーナーたちも、自国の人間か外国人かでいえば、自国のアストリア人を優先して入居させるのが現状である。
「でも、私たち、知り合ってまだそんなに長くは⋯⋯」
(それに、交際もしていない男女が一緒に住むのは、ちょっと躊躇われる⋯⋯)
「関係ありません。一緒に住むといっても部屋は別です。私、一人暮らしには少々広い家に住んでいまして、使っていない部屋も多いんです。それに、アストリア人ではないミナさんが、この月末までに家を見つけられますか?」
(レオンさんの言う通りだ。お金があれば外国人でもすぐ見つけられるんだろうけど⋯⋯やっぱり、今は頼るしかないのかもしれない)
「ほ、本当にいいんですか⋯⋯?」
「はい」
「な、なら⋯⋯次の家が見つかるまで、住まわせていただいてもよろしいでしょうか⋯⋯」
「もちろんです。では、荷物がまとまりましたら、いつでも連絡してください」
こうして、二度目の異世界での家探しは、一日で終わった。




