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14話 不審者

エラさんに案内されて玄関へ向かうと、そこにはすでにレオンさんが待っていた。


白い大理石の床に灯りが映り込み、夜会用の外套をまとった彼の姿は、まるで絵画の中から抜け出した人物のようだった。


私の足音に気づくと、彼はゆっくりと振り向いた。

その視線が私に止まった瞬間、ほんの一拍、空気が張りつめる。


「ミナ、綺麗です。よく似合っています」


低く穏やかな声が、静かな玄関に柔らかく響く。


私は思わずスカートの裾をつまんで、慌てて会釈した。


「ありがとうございます⋯⋯!」


(なんか今日のレオンさん、いつもよりかっこよく見える⋯⋯!)


レオンさんは小さく笑みを浮かべ、「寒くないですか?」とだけ尋ねた。


私が首を横に振ると、彼は玄関扉の方へ視線を向ける。


「では、まいりましょう。馬車が待っています」


「は、はい」


外に出ると、夜の空気がひんやりと頬を撫でた。


玄関前には馬車が止まり、ランプの光が車体を柔らかく照らしている。


レオンさんが自然な仕草で手を差し伸べる。


私は戸惑いながらもその手に触れ、馬車へと乗り込んだ。


ほんの一瞬、指先が触れただけなのに、胸の奥が熱くなる。


(これからレストランに行くだけなのに、なんでこんなに緊張してるんだろう。普通ってどんな感じだったっけ。今までどう接してたっけ。考えれば考えるほど分からなくなる)


馬車のドアが静かに閉まり、車輪が石畳を踏む音が夜の街に溶けていった。







店内は落ち着いた灯りと柔らかな音楽に包まれていて、ルミエールは私の想像以上に上品だった。


「わあ、綺麗!お城みたい!でも、お客さん、私たち以外に誰もいませんね?」


「ええ、今夜は私たちだけのようです」


「ソレハワタシタチ、ウンガイイデスネ」


正直、少し予想はしていた。レオンさんなら貸し切るかもしれないと。


(仕方ない、これはセキュリティの都合だ)


席に座ると、程なくして料理が運ばれてきた。


「いい匂い!いただきます」


前菜、スープ、香り豊かなパン。


次々に運ばれてくる料理はどれも驚くほど美味しく、口に含むたびに思わず小声がもれる。


レオンさんは私の食べるのを静かに見守り、ときどき料理の説明をしてくれる。


その落ち着いた声が、耳に心地よく響いた。


「本当に、レオンさんと知り合っていなかったら、こんな素敵な体験、一生できな────」


「お話の途中で失礼いたします」


突然、彼の側にいた給仕がそっと近づき、耳元で何かを短く囁いた。


レオンさんは一瞬だけ眉を寄せ、すぐに「無視しろ」とだけ低く言い、給仕を静かに下がらせた。


「あの、大丈夫ですか?急用とかなら────」


その直後だった。


扉の向こうで、鈍い衝撃音とともに空気が一瞬ざらついた。


次の瞬間、扉の隙間から淡い光が漏れ出し、波紋のように床を照らして消えていく。


「え?今の⋯⋯魔法?」


「私がいます。心配いりません」


店内の燭台の炎が一斉に小さく揺らぎ、音楽がぴたりと止まった。


何が起きたのかは分からない。


けれど、外で誰かが魔法を使った────それだけは、肌でわかる。


空気の密度が変わり、胸の奥に微かな緊張が走った。


扉の隙間に青白い紋様が浮かび、そのまま一人の男が滑り込むようにして現れた。


周囲の空気がさらに引き締まる。


「お久しぶりです、あに──レオン様!」


(誰⋯⋯この人?)


レオンさんは無言で、私を抱き寄せるようにして、体を前に出した。


「何の用だ」


低く冷静な声。だが、その奥に警戒の色が潜んでいる。


「驚かせてすみません。だって、レオン様が全く会ってくれなくて。せっかく、ミナ様も帰ってきたというのに」


レオンさんと同じ色の白銀の髪が、動きに合わせてさらりと揺れる。


切れ長の瞳は澄んだグリーンで、そこに映る光はどこかいたずらっぽいのに、不思議と品を感じさせた。


整った顔立ちは絵画のようで、笑みを浮かべた瞬間に場の空気がやわらぐ。


「アレクシオ、お前は礼儀というものを忘れたのか?」


レオンさんは、呆れたように小さくため息をつく。


アレクシオと呼ばれた男は軽く会釈し、私に向かって穏やかに微笑んだ。


「あ、そうでした。ミナ様!お久しぶ──そっか、初対面ですね。俺はアレクシオです。どうかアレクとお呼びください」


その軽やかな自己紹介に、私は思わず固まった。


「ミナです⋯⋯こちらこそ、よろしくお願いします」


(この方は、レオンさんのお友達なのかな?)


「では、挨拶もできたので、俺はこれで。レオン様とミナ様の幸せそうなお姿が見れて安心しました!では!」


そう言って、アレクは一言だけ残し、風のように去っていった。


扉が閉まると、店内は再び静寂を取り戻した。

けれど私の胸の鼓動はまだ早い。


「大丈夫ですよ。落ち着いて」


「は、はい」


レオンさんは静かに私の前に戻り、椅子を勧めるように手を示した。


「あの⋯⋯今の方は?」


「あれはこの国の第二王子です」


「お、お、王子?!?!」


「はい」


「え、えっと⋯⋯王子様とお知り合いで?」


「そうですね」


レオンさんは軽く微笑んだ。けれど、その笑顔はどこか硬かった。


(なんか、これ以上は聞けない雰囲気だ⋯⋯。でも、普通に考えれば公爵家なんだから、王族と関わりがあるのは当然だよね)

 

「え、えーと⋯⋯やっぱり王子様だからですかね?上品で美しい方でしたね!それよりも、料理が冷えちゃいますし、はやく食べ──」


レオンさんは真剣な眼差しでこちらを見た。


「⋯⋯私より、あいつのほうがいいと?」


「いえ!そういうつもりではなくてですね⋯⋯その、レオンさんももちろんかっこよくて──」


「『も』とは?あいつが1番で、私が2番だと?」


「いや、そんなこと全く言ってな──」


「あいつを消せば、私が一番になり得ますか?」


私は心の中で凍りついた。


(じょ、冗談だよね⋯⋯?)


「レオンさん、冗談に聞こえる冗談を言ってください⋯⋯はは」


私は必死に笑いを作る。


だが、彼は真顔のまま少し間を置き、低くつぶやいた。


「冗談じゃありません。奴の方が好きと言うなら、いつでも消しますよ。まあ、婚約している男を好きになるのはおすすめしませんが」


「婚約⋯⋯?」


「ええ。あの男には婚約者がいます」


(レオンさんより少し若く見えたけれど、もう婚約しているんだ)


「まあ、また近いうちに会うことになるでしょう。信頼はできる男です」


「⋯⋯?」


(なんか、レオンさんが他人を褒めるのは珍しい気がする)


その言葉を残して、レオンさんは再びフォークを手に取った。


静かに食事を続ける彼を前に、私は頭の中で疑問符をいくつも並べながら、ひと口、冷めかけたスープをすするしかなかった。

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