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11話 受験勉強

その夜から、本格的な勉強が始まった。

机の上には分厚い参考書とノートが山のように積まれ、見ているだけで気が遠くなりそうだ。


「ここは暗記ではなく、理屈を理解することが大切です。これを理解しない限り、魔力操作の練習には進めません」


レオンさんは落ち着いた声で、一つひとつを丁寧に解説してくれる。

私は必死にノートを取り、時々質問を挟みながら食らいついた。

最初は文字を追うだけで頭が痛くなったけれど、繰り返すうちに少しずつ仕組みが見えてくる。


私があまりにも初歩的な質問をしても、彼は嫌な顔ひとつせず、丁寧に答えてくれた。


「ミナはすごいです。天才ですね」


ほんの小さな問題が解けただけでも、まるで歴史に残る難題を解いたような反応をしてくれる。

私は褒められて伸びるタイプだから、俄然やる気が出た。





そんな日々が続いたある昼休み、カリナとお茶をしていた。


勉強の話をするのは少し照れくさかったけれど、思い切って口にした。


「カリナ、実は⋯⋯私、王立大学を受験することにしたんだ」


カリナは目を丸くして、ストローを止める。


「えっ!?ほんとに?すごいじゃん!でもどういうこと?推薦してくれる人を見つけたってこと?」


「うん。今、家に住まわせてもらってる人に」


「は?なにそれ、その人何者!?どういうこと!?一人暮らしじゃなかったっけ?」


「実は、次の家が見つかるまで住まわせてもらってて、その方が王立大学の卒業生らしいの。それで、推薦してくれることになったの」


「昨日の今日で?すごすぎでしょ。でも、そういう縁も運のうちだし、使えるものは使った方がいいと思う。なんか順調すぎて怖いくらいだね」


「たしかに。まだ受かるか分かんないけど、頑張ってみる。昨日も勉強してたけど、やっぱり筆記試験はかなり難しそう」


「そんな後ろ向きなこと言わないの。ミナなら絶対大丈夫!大学卒業して、いいところに就職して、なんか奢って」


「なにそれ」


カリナは楽しそうに笑った。









数日後の夜。


「では今日からは、魔力操作の練習を始めましょう」


レオンさんの声に、自然と背筋が伸びる。


「まず、魔法は何よりも理解が土台にあります。それについてはここ数日で学びましたね。そして、入学試験に実技はありませんが、魔力操作は魔法を扱う上での基礎の基礎です。練習が早すぎることなんてありません」


「はい!」


「魔法は六つの属性に分かれています。火、水、風、土、光、闇。これが基本です。これはもうご存じですね?」


「もちろんです」


「属性の適性は生まれつき決まっている部分が多い。ただし、それがすべてではありません。魔力の流れを理解すれば、複数の属性を扱うこともできます。

基礎魔法では、まず一つひとつの属性を習得し、操ることから始まります。それができれば、中級では性質や強度を自在に調整できる。

たとえば火を出すだけなら初級ですが、温度を制御したり、長く形を保ったりするには中級程度の技術が必要です」


「上級魔法と呼ばれるものは?」


「上級魔法は、複数の属性を同時に組み合わせ、自分自身で魔術式を構築する魔法を指します。今はまだ難しいでしょう」


「そこまで使える日が来るのでしょうか」


「理論と修練を積めば、誰でも習得できます。それにミナは、平均よりも魔力量が多いですから、可能性は大いにあります」


私は、魔力検査では平均よりやや上の値だった。異世界転移したのだから、チート級の魔力保有量を期待していたが、まあ平均以上なのでよしとする。


「レオンさんは、上級魔法を使えるんですか?」


「はい」


「使えるようになるまで、どのくらいかかりましたか?」


「私の場合はあまり練習をしたことがないので、参考にならないと思います。申し訳ございません」


「練習しとことが、ない⋯⋯?」


(やっぱり、生まれつきの才能ってあるんだな。そりゃそうか、総団長だもんね)


「まあ、まずはやってみましょう」





しかし、現実は甘くなかった。

次の日になっても進歩はほとんどなく、焦りばかりが募っていった。


レオンさんは叱らず、穏やかに何度も教えてくれた。

それがかえって苦しかった。


「魔力を感じるだけでは不十分です。操作しようとしてみてください」


「⋯⋯はい」


意識を集中させようとしても、魔力はすぐに霧のように散っていく。どうしても掴めない。

どうして、うまくいかないんだろう。





夜になっても机に向かい、魔法書を開いては同じ行を何度も読み返した。

けれど、理解できるようで、やっぱりできない。


「やっぱり、大人になってから習得するのって無理なのかな」


ため息をつき、机に額を預ける。

やがて、静かな眠りに落ちていった。






──見慣れた書斎。


机の向こうで、男の人が分厚いノートをめくっていた。


「ねぇ、魔力を操作するって、頭では分かってるのに、どうしたらいいのか分からない」


「魔力は正確な値で扱うものだと考えてください」


「値⋯⋯?」


「このくらいでは駄目です。意識の中で、明確に比率を決めるのです。まず、自分の最大魔力量を理解する。そして、そのうちの何割を使うかを決める。

七対三、六対四など、その意識を繰り返せば、できるようになります」


「それは分かってるんだけど、いまいちできなくてさ」


「肩の力を抜いてください」


男が手を伸ばし、私の手をそっと取る。


「そのまま、もう一度」


深く息を吸い、意識を集中させる。


「七割を右手に、三割を残す⋯⋯」


不思議と、今度は胸の奥に何かが通る感覚があった。


「そうです。あとは無意識にできるまで、繰り返すだけです」


机に置かれた男の人の手が、ほんのりと温かかった。










目を覚ますと、まだ夜明け前だった。


「⋯⋯あれ、夢⋯⋯だよね。あの男の人、だれ⋯⋯?なんで私、あんなに親しげだったんだろう」


声が静かな空気に溶ける。夢なのに、やけに現実感があった。それに、さっきの感覚がまだ指先に残っている。


「なんか、今なら⋯⋯できる気がする」


私は花瓶にそっと意識を向けた。


次の瞬間、花瓶がわずかに揺れ、机の端へと滑った。


「え⋯⋯本当に動いた」


布団の端を握る手が、かすかに震えた。










翌朝。


「では、昨日と同じく魔力操作から始めましょう」


レオンさんの穏やかな声が響く。


「⋯⋯はい!」


胸の奥に、昨日までとは違う確かな感覚があった。


全体の魔力のうち、七割を右手に、三割を残す。夢の中で教わった比率をそのまま意識する。


「その調子です。意識を一点に集中してください」


深く息を吸い、魔力を操作する。


「で、できた⋯⋯!」


驚くほど自然に、流れが指先へと集まった。


今までは散っていた魔力が、はっきりと掌に収まる。


「そのまま保ってください」


レオンさんの声に従い、何秒も集中を続けた。

胸の奥に、緊張と、自信のような温かさが混じる。


「解除していいですよ」


「は、はい!」


魔力を解放すると同時に、体の力が抜けた。


レオンさんは静かに微笑む。


「見事です。何か、掴めたようですね?」


「えっと⋯⋯ようやく少し、コツが分かりました」


夢のことは言えなかったが、レオンさんは追及せずに頷いた。


「素晴らしい進歩です。この状態なら、初級魔法の練習を試す価値があります」


「初級魔法ですか?」


「ええ。魔力操作が安定していれば、火や水を生み出す初級魔法を始めても問題ありません」

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