堕天との戦い
あれから数日がたった。そして、今何をしているのかと言うと……
「……午前十一時、本屋に来店。2冊の本を、手に取りレジへ。タイトルは……」
スマホに、同じ内容を打ち込んでいく。スマホには、ここ数日分の行動が記されている。……上原先生のだが。
彼が堕天だという証拠。それを集めるために、ストーキン…………じゃない尾行を続けている。今の所、特にこれといった証拠は出てきていない。! 動いた。次は何処へ……。決定的な証拠が出るまで、諦めないぞ。
「お待たせ致しました。ウィンナーコーヒーでございます」カチャッ、と音が鳴り、目の前に立派なクリームの渦が現れる。軽く会釈し、店員さんが奥へ戻っていく。上原先生は、喫茶店に入った。なので俺も同じ喫茶店に入っている。ここの席から……良く見える位置に上原先生は居る。パソコンを、取り出し作業をしているのが目に入る。何か、動きがあるまで待機だな。
――――――2時間。この店に、来てから2時間もの時間が過ぎた頃、上原先生は席を立ち会計へと向かっている。すぐに、準備を整え俺もレジへと向かう。
会計を済まし、店を出て辺りを見回す。行き交う人々の波の中、上原を見つけた。そう遠くないが、信号を渡り対向の道を歩いている。
「うーん、今日はもう無理……かなぁ」
上原は、そのまま角を曲がり姿が見えなくなってしまった。一応、後を追いかけるも何処に行ったのか分からない。……これは、また別の日だな。そう思い、今日は家に帰ることにした。
学校でも、基本的には観察しているが、特にこれと言った事はない。
(……やっぱり、思い過ごしなんじゃないかなぁ)
そんなことを考えながら、窓の外を眺める先に、他クラスで体育の授業をしている上原がいる。生徒たちと一緒にサッカーをしているようだ。
(……どうしようか。…………そうだな、こっちから仕掛けてみるかぁ?)
もうそろそろ、尾行にも飽きてきた。こっちから、カマをかけてみたら、案外ポロッと漏らすかもしれない。そうと決まれば今日の放課後仕掛けてみるか。
一応、月城には連絡しておこう。
―――――――――――――――――――――
「先生、ちょっと相談したいことがあるんですが……」
「え、俺に?まぁ、良いか。何だ?」
「それが……ちょっと……ここでは。放課後、ここに来てもらっても構いませんか?」
「うーーん、………………分かった。華幻が、こんなこと言ってくるなんて珍しいしな」
「あ、……ありがとうございます。それでは、また放課後」
やけにあっさりと、受けてくれたな。普通、こういうのは「担任にまず相談するべきだ」みたいな事を、言われるかと思って色々想定していたんだが……。まぁ、いっか。呼び出しには成功した。後は待つだけだ。
放課後になり、生徒たちが帰宅している様子や部活動に励んでいる姿が、一望出来る。学校の屋上、ここなら誰にも邪魔はされないし、滅多に人も来ない場所だ。風が、肌を優しく撫で冷やす。頭が、冷えてより思考を巡らせられる。
後ろから、ガチャッとドアが開く音が聞こえる。
「……すまん。待たせてしまったな!」
上原先生の声だ。振り返り、彼に近づいていく。手を伸ばせば届く距離まで。
「それで、相談ってのは…………」
「えぇ、これのことで……ッス!」
袖から、対天使用の特殊なナイフを取り出し上原の、心臓めがけ刺しにいく。普通の人間では反応出来ない速度で、攻撃した。これを、防いでくるようなら……。
「……やっぱり、そうだったんですね……」
心臓に刺さっているはずのナイフは、虚空に留まっていた。上原の表情が、赤く血潮が昂って、怒りを顔に浮かべている。
「ッ……!! 貴様ァァ!!」
背中から異形の腕が、六本生えてそれは翼のようにも見えた。その内の二本が、こちらへと伸ばしてくる。
「フッ……! よっと……」
後ろへと飛び、ナイフを奴の手に当て軸とし、身体を左へと回避する。そのまま、その手の下を潜り、貯水槽へと向かう。そこに、月城から借りたある道具がある。
「よし、……後は時間を稼いで……月城に連絡を……」
「何を……しているッ!!」
「ヤベッ!!」
勢い良く飛び込んできた上原を、既で躱す。貯水槽から水が、勢い良く飛び出した。そのまま、居たら間違いなく死んでいた。貯水槽の中から、一本の腕が飛んでくる。月城から、借りた道具を手に持ち迎え撃つ。
「ふんっ!!」渾身の力を込めて、弾く。怯んだ隙に、下へ降りる。広いほうが、多分避けやすいように思えたから。
水浸しになった上原が、見下ろしている。
「何だ、それは……野球でもするつもりかぁ……?」
俺の手にあるもの、それは……バットだ。ちなみに、何故これなのかは全く分からん。
「なめ腐りやがって……テメェ、いつ気付きやがった俺が、堕天だということを」
「あの体育の時、かな……」
「そうか……そうなんだなァァァ。そうなのかァァァ。まぁこの姿をみた以上、お前を、ヲヲヲ殺す。けけっかかぃぃぃ」
段々顔も、人間として認識出来なくなってきている。話す言葉も、歪んできている。空が、赤く染め上げられる奴が結界を、張ったのだろう。
「ギビャャャァァァァ」奇声を上げながら、拳をふるってきた。避ける……って、まずッ!
「ッ………」腹から、痛みを感じ確認する。直撃はしてないただ掠っただけ。それだけなのに、血が少しずつ溢れている。
「いッ……、ふぅッー」
確かに避けたはず……だけどあの瞬間、加速した?奴の能力が何か分からない。もう一度、って……!!
そんな思考をしている暇なんて、与えぬかのように、今度は蹴りを、入れてきた。
「ばっ……と……で!!」
今度は、バットで防ぐ。防ぐも、俺はいとも容易く吹き飛ばされてしまった。屋上のドアの横の壁に、叩きつけられる。
「ぶぇっ……カヘッェ……」息、出来てる?視界も、狭まっている。いや違う、左目が開いてないだけ。口の中から鉄の味と臭いがする。骨も、何本折れてるんだろう。分からない、でも足は……立てる。手も動く……。ポケットから、スマホを覗く。
……あともう少し。
「よっ………と……」バットを支えに立ち上がる。
よろよろと……力なく歩く。
「あーはっはは、ギャハハハハハ!!!」
それが、面白いのか奴は高笑いをしている。そうだろうな、面白いだろうなお前の様な、クソ野郎にとって。
「ふふっ……」つい笑いが、溢れる。
「何が、…………なぁにぁがぁぁぁぁ笑っていやがる」
二度あることは三度あるのか、再び拳を振るう。恐らく、全霊の力を込めて。だけど、それはもう。
「くらうか、バーカ」
奴の拳は空を切り、そして奴の身体は吹き飛んでいった。
「?!?!な、何!!」
驚きが、隠せない様子だった。立ち上がることもせず、ただひたすらに、困惑している。その隙を、逃しはしない。間合いを詰めバットを大きく振り上げ、タコ殴りにする。手足を、動かさせないよう徹底的に。
「じゃ……きさっ……やめっ……ぢょうじ……」
背中の腕が、捕まえようとしてくるので、一旦離れる。奴は、立ち上がってしまったが……しょうがない。
「くそっ……!!!何故だ!!俺は、俺は!!」
奴の傷が、みるみる内に回復している。こっちは、その力使えないというのに。
「俺はァァァ!!同胞たちの中でも、最速をぉぉぉぉ極めたというのにぃぃぃ」
背中の腕が、激しくムチのように触手らしい動きで辺りを、傷つけていく。屋上のフェンスは、もうほとんど無い。落とされたら、そこでおしまいだ。
「加速。それが、あいつの能力なんだろう……。ってか、ぶぇっへッ……自分で最速って言ってるし」
まだか、まだなのか月城は……。もうそろそろ、限界なんだけど。
「まぁだまぁだぁぁぁぁ!!」
腕が、今度は全方位から襲いかかってくる。一つでも当たれば命は無い。深く、思考へと潜る。どうすれば、この状況を……。―――――あれが、あった……。
❀
―――――――華幻。それは、武術を習うものなら多分一度くらいは、聞いたことがある位の名家だ。歴史は、古く確か、飛鳥時代から続いていると、爺ちゃんに教えられたことがある。
華幻には、一家相伝の技がある。
「華想幻実」
それが、華幻の家に伝わる、武術の名。
[華やかな想いは、幻に飲まれず現へと実る]
❀
思考をやめ現実へと、戻る。全方位に対する技。
それは、本来刀で成す技。バットでいけるかどうか。
「ふぅッーー」深く息を吐く。神経を集中させ、目を瞑る。感じるのは、敵意、悪意、殺意。ただ、それだけで良い。
目を、ゆっくりと開き言の葉を紡ぐ。
『華踊』
花が、風に舞い踊るように縦横無尽に。こちらに、伸びてくる手を切り落とす。後ろから来たとしても、上からだろうと下からだろうと、向かってくる全てを斬り伏せる。それでいてありながら敵へと近づき……。
「がはっ………?!?!」
無数の剣筋で、相手を斬りつける。これを、やっていると気分が良い。温かい春のそよ風を纏うように。小鳥が、囀り春の報せを告げるように。
ただ、穏やかに……。だけど、それは何時までも続かない。
「ゔへぇっっ…………カッ……ハァッ……」
息を、するのを忘れてしまうくらい夢中になってしまった。ただでさえ、上手く息が吸えないってのに。
首を捕まれて、持ち上げられる。
「ハァ……ハァ……ようやっと、殺せるぅぅぅぅ!!ただの人間のくせにぃぃぃぃ!!」
首に込めた力が、段々と強くなっていき、息も苦しく意識も飛びそうだ。
【星歌!!大丈夫?!】
突然頭に声が響く。ルナの珍しい焦り声、中々レアだな。
【そんな、くだらないことどうでもいい。何で、私の力使わないの!?使えば、そんなヤツ簡単に倒せるよ?】
【今は、使えない。多分、どこからか見られている。使うわけにはいかない】
【でも、死んだら元も子も……】
【大丈夫……絶対に……――――待ってて】
【やばかったら、こっちから勝手に、……するから】
頭に響いた声が、無くなる。あらぬ心配を、かけてしまった。
「………………」奴の動きが止まり、鳩が豆鉄砲をくらった様な顔をしている。
「きさま、……もしや……」何か言いかけた、その時。
奴の身体を、無数の何かが貫いた。
「がはっ………ハァ……ハァ」酸素を、取り込む。意識も徐々に戻り、景色に色がついていく。
「なッ!!……誰だ!!」
上原が、上を向く。誰かなんて、俺には明白だった。
「あら、上原先生、私の顔を覚えて居ないのですか?」彼女は、空から降りて来てそう問いかける。
「!つ、月城!」
「はい、風紀委員会副委員長の、月城円香です」
ニコッと月城は笑っている。
「な、何故、お前がぁぁぁぁぁぁ!!この、離せ。ッ……ぐぁっっ」
「はぁー……、うるさい黙れ。お前に聞きたいことがある。……堕天共の集い『天下楽園』それは一体何処にある。お前が、そこの幹部だということは、調べがついている」
天下楽園……。最近、話題の集団だ。悪魔に、心酔した愚かな人類を救済するみたいな事を言っていたから、カルト宗教的なものと思っていた。
「……言ーうかよー。バーーーか!!ぺっっ!!」
唾を月城の顔面に、吐き捨てる。その瞬間、こいつの命は終わりを告げた。
「そうか……なら、死ね……」
顔を、ハンカチで拭きながら指をパチンッと鳴らす。
「……申し訳……」
天地から、無数の鎖が上原を串刺しにしていく。やがて、底に残ったのはおびただしい数の鎖だけだった。
月城が、こっちに近づいてきて肩を貸してくれる。
「ごめんね、助けるのが遅くなった……」
「ほ、ほんとに……。死ぬかと思った」
実際、死にかけなのだが。
「すぐに、病院へ連れて行く。……しっかりと掴まれる?」
「……ごめん、……限界」
「あ、ちょっ……大丈……」
意識が、ゆっくりと闇に落ちていき、それを手放した。