万魔殿
「は? な、何どういうこと? 上原先生が、堕天って…………」
突如として、月城が俺に語りかけてきた。その内容に、目を丸くすることしかできなかった。
「……気づかなかった? ……あの人が、風薊さんの測定をするため水晶を持っていたでしょう? 皆、風薊さんの結果に、目が行ってしまっていたけれど、私は見逃さなかった。ほんの、微かな光だけど、青白くあの水晶は光っていた」
「……それで、そうだとしたら何で俺に? もっと、他の人それこそ、然るべきところに通報でもしたほうが……」
そこが、疑問だ。何故、この話を俺にしてくるのかよく、分からない。
「何故って、……私は、貴方の正体を知っている」
「…………は? 俺の、正体……?」
何故、一体何処からどうやって。今まで、完璧に証拠は消してきた。認識阻害だって、力を使う時に解いたこともない。なのに、どうやって。いや、それよりまず今、この状況をどうするか……。
思考が、ものすごい速さで巡る。
「そう、……貴方」
固唾を飲み、その言葉の続きを、待つ。俺が、予想する言葉ではないことを、祈りながら。
「天原の人間でしょう?」
「え……?」
予想していた最悪の、展開ではなかったが、また斜め上の答えが飛んできた。
「……そ、そうだけど……」
「やっぱり、そうなのね。だったら、貴方、私に協力して」
天原……。俺の父方の姓。今、名乗っている華幻というのは、母方の姓だ。
「な、何で?」
「天原の人間は、総じて才能や身体能力が、高いものが多いからよ。……私の、同僚にもその分家がいるの。その彼女が、いっていたの本家の人間は、更に凄いって」
「そうか。……ちなみに、何で俺が天原だと……? 俺は、一回も名乗った事はないんだけど……」
「調べ上げたからよ。まぁ、軽い職権濫用みたいなものだけれど」
「なぁ、月城。……お前は、一体……」
「…………そうね、協力してもらう立場なのに、隠すのは駄目よね。…………私は、万魔殿の――――」
後ろから足音が、すると同時「星歌ーー」という声が聞こえてくる。
「お、いたいた! って、あれツッキー? こんな所で何してんの?」
「マコト? どうしたんだ?」
「いやー、そういえばお前体調悪そうにしてたから、大丈夫かなぁーと思って。で、姿見えなかったから探してた訳」
「そ、そうか。悪いな、心配かけて」
「まぁ、ツッキーも一緒に居るなら大丈夫か!」
「花桐君!! そのツッキーっていうのやめて……ってもう居ない」
はぁ、と溜息をつき月城が、壁に背を預けしゃがみ込む。
「……話の腰が、折られましたね。……私は、万魔殿の幹部その一人です」
万魔殿の幹部。日常会話の、延長線の様に軽く告げられる。
「…………そっか。……凄いねぇ」
「それだけですか……。もっと、驚いてくれても良いんですよ?」
「あの、雰囲気からコレじゃあ、……ね」
「……言わんとしていることは、分かります。……それで、私に協力してくれますか?」
「良いけど、ただの一般人だけど……。大丈夫? 怪我したりしない」
「大丈夫よ。貴方の事は、絶対に守るから」
「そ、月城が、そう言うなら」
ふと横を見る。いつもの、鬼の委員長の形相は、鳴りを潜め、穏やかな昼下がりの顔を覗かせる。
「……キャラ、作ってんの?」
気になって、尋ねてみる。月城は、立ち上がり背伸びをし「……意外と、上手いでしょ。にひっ」
そう言葉を、残し下へと降りていった。最後に、見せたその顔は今までの、月城からは想像も出来ないくらい眩しかった。
『放課後、ここにきて』月城に、言われたとおりにその場所へときたのだが……。
「…………、本当にここで、あって……るんだよなぁ」
着いた場所は、寂れ、落書きだらけで、端を見ればネズミなどが走っているような裏路地だった。匂いも、中々キツイが、進むしかない。目的地は、この奥らしい。進んでいくと、一つの看板が目に入る。
「……喫茶アルバ。―――ここだ」
窓は黒く汚れがこびり付いて所々割れており、手前にある花壇からは雑草が生い茂っている。中の様子を、伺うことはかなわなかった。扉に、手をかけ少し引く。鍵は、かかっておらず中には、入れそうだった。
「入……るか」
中の、荒れ具合を想像しながら扉を開ける。外から、覗くと中は暗闇に、覆われており何も確認出来なかった。足を、踏み入れる。ジャリと、ガラス片を踏んだような音が鳴る。後ろの扉が、閉まり光がなくなる。
「スマホをっ……と」
スマホのライトを、付け先へと進む。辺りを、照らすとやはり想像通りの荒れていた。イスは、ボロボロに朽ち果て、テーブルには傷跡が沢山ついており、カウンターも破壊されている。かつてあったであろう喫茶店の影を、想像しながら歩く。
「うぁぁぁぁぉぁ!!!」
突然、大声を上げ現れたその人は、ここに呼び出した張本人月城だった。
「何、やってるの……」
「ちぇー、つまんないのもっと、驚くかと持ったんだけど」
「この、程度で驚かないよ」
月城は、腕を組みこちらをのぞいてくる。
「何か、顔についてるのか」
「いや、きみも結構、学校と違うから。心なしか、声も低いし」
「お前程じゃない」
「ま、それもそうだよね〜。私が、違い過ぎるだけだもんね〜」
やっぱり、いつもの優等生の月城を、見てると頭がこんがらがる。
「それで、……何でこんな所に……」
「あぁ、そうだった、そうだった」
手をぽんと叩き、「じゃあ! 着いてきて」そう言って奥へと消えていく。その背を、追いかけ進んだ先には――――――。
いきなり光が、差し込んできて目が眩む。徐々に、慣れてきて、視界に映ったのは「……え、は?」
―――――――――――――巨大な都市が、現れた。