月と星
「そういえば、……なぁ、これって」
ポケットから指輪を、取り出す。
リビングのテーブルに、顔を俯せていた彼女が起き上がる。
「おー、……何処で、見つけ、たの〜?」
「さっき助けた女の子が、持ってたんだ。危ないもの、と言って貰ったんだが」
「ふーん、これの……せいだね。あの子が、狙われたの……。………あ、……中々な、悪魔がふうじられてるよ」
指輪を、転がし遊びながら、彼女はそう話す。一瞬怪訝そうな顔をしていたが、すぐさまいつものダランとした顔に戻った。
「それで、これ、どうするの〜?」
「それを、利用して假名を作れるんじゃないかと思って」
「……あ〜、なるほど〜、…………やって、みましょっい」
彼女は、そう言った直後指輪を口に含んだ。バギ、ボキ、と石を砕く音が聞こえる。それを、飲み込んだ直後彼女は動かなくなってしまった。
「……大丈夫か?」
心配し、声をかけた瞬間、
魔力と祈力が織り交ぜながら吹き荒れた。
「うぉっ、!!」
家の物が、散乱し顔に椅子が飛んできてそれを、既で避ける。中心には、神々しい姿をした彼女がいる。
『必要な、条件を……満たした……[あれ]には届かず、……代用……取り戻せし。今は、…………これで』
『魔力、変換……sxえ4r4の名の元、……源生、構築、、再現、現象、集約。完成』
此方に向き直しながら、
『――――假名を、』
この嵐の中心である彼女が、そう呟く。いつもより低く、威厳を孕んだ声で。
「假名……?名付けろって、事だよな……」
名前を俺は知らない。彼女の元々の名を。
昔、彼女と出会った時に聞いたことはある、だが分からなかった。より正確に言えば、聞き取れなかった。あの時の言葉は、人間の言語じゃなかった。名を剥奪された天使は、全ての力を取られると同時に誰にも本名を伝える事が出来ない。
「名は…………」
未だ力が渦巻く彼女の方へと近づき、彼女の手を取り宣言する。
『ルナ』
そう彼女に、告げる。
彼女……ルナの方を向くと、穏やかな顔を覗かせていた。祈力の嵐も、次第に収まっている。
「…………ルナ。ふふっ……ルナ」
小さな声で、何度も反芻している。よほど嬉しいのだろう、ぴょこぴょこ飛んでるし。それに、もみあげ付近の毛が、パタパタしている。これは、ルナが喜んだ時のサインだ。多分今までも、そうだったし。
「星歌、…………ありが、とう!!」
ルナが、此方の胸に飛び込んできた。ガシッ、とホールドされてしまった。顔をグリグリしてくる。
「いやぁ、……そこまで喜ばれるとは、思ってなかったなぁ」
実際、もっと淡白に終わる想定をしていた。これまでのルナからは、あまり想像が出来ない姿だったから。
「それと、なんか少し変わった?前よりも、幾らか話しやすくなった、よね?」
「假名を、つけられたことで、本来の私に少〜〜し近づいたからね…………。今までは、ね……」
そういうものなのだろう、と勝手に納得してしまい、この事にはもう触れない。
「……ところで、いつまで抱きついてるの……そろそろ片付けたいんだけど……」
「ん?あぁ、これね……ちょっと待ってね。ん〜〜〜、ホイッ」
ルナが、指先に祈力を集中させると荒れまくっていた部屋がみるみる内に、元通りになっていく。まるで、時を遡っているような。
「これで、どう……?」
「…………」
部屋は、一瞬にして元通りになった。割れたガラスやビリビリに破けた本さえも、何もかも。
「これはね、時を戻す……そんな力なの……といっても出来るのは5分以内が、限度だけど」
「それも、假名をつけた影響……?」
「そう……私に、とって名はとても重要、あるかないかで、雲泥の差がでる……。なにせ私は……元、冠位位階神位第5位の天使だったから」
「…………マジ?」
「?……大マジー」
「えっ……どうして今まで、教えてくれなかったの?」
「?言ってたけど……多分……あなたには未知の言語で、聞こえてたんだと思う、けど…………」
とんでもない事を、平然と何事も無いように言ってくれた。ルナは、……今もずっと抱きついてる彼女は。
世界に、十二しかいない冠位を持つ天使の一人だった。