名もなき天使
「……い、おい!星歌、もどってこーい!!」
肩を、揺さぶられ、ハッと意識が、思考の海より回帰する。目の前で、強面の顔に、頭にぐるぐる巻きにしたタオルを着けた、如何にもな姿が、瞳に映る。
「……宮治さん?……すいません、考え事をしてました…。それで、どうされました?」
「いや、どうしたも、こうしたも、今日はもう店じまいだから、上がっていいぞって、さっきからずぅーと声かけてんだけど、反応がないからな」
壁に、掛けられた時計に、目をやる。時刻は、8時を指していた。周りを、見渡してみてもいくつかの店は、既にシャッターを下ろしていた。
「あぁ……、でも片付けが、まだ……」
「俺が、しておくからいいって。明日も学校だろ?早く、帰りな」
「分かりました。お疲れ様でした」
「おう!おつかれさん!」
手を、挙げ屈託の無い笑顔を、浮かべた宮治さんを、背にしバックヤードへと、向かう。
着ていた制服、というかエプロンを解き、カバンへとしまう。裏口の扉を開け、帰路へと着く。狭い通路を通り、商店街の大通りへとでる。どこもかしこも閉店作業に、取りかかっていた。
「うぅ…寒」
風が、冷気を織り交ぜながら吹いている。寒さに、身体を震わせ、歯が激しくかち合わせている。手が、少し痛くなってきたので、コートのポケットに手を入れ、寒さを逃れようとする。
「んっ……」
手に、振動が走る。ポケットに入れておいたスマホが、何かしらの通知を、届けたようだ。まぁ恐らく、彼女からの連絡だろうと、予測しスマホを取り出し、通知の内容を確認する。
「えぇ…と、『天臨注意警報……現在、天津市に第八位階の天使の、存在を確認。近隣住民の方は、外出を控えて、いただきますよう、お願い申し上げます。』……面倒くさいなぁ」
予想してた、連絡ではなく警報の通知だった。
兎に角、天使がいるというのなら、早く帰るに越したことはない。スマホを、ポケットに入れ、鞄のチャックをしっかりと閉めた事を、確認して、商店街を、後にした。
閑静な住宅街を、颯爽と駆け抜けていく。風が、顔に寒さを与えてくる。耳と鼻が、寒さで、痛くなってき、目も乾燥し涙が少し溢れ目の乾燥を、防ごうとしている。
家まで、あと一キロ位の所まで来た。もう少しの、辛抱だ。そう考えていると、突如激しい雄叫びのようなものが、聴こえてくる。それと、同時に少女の叫び声も。
「! 今の……この先か……?」
速度を緩め、声のした方へと足を運ぶ。十字路の曲がり角から、姿が見えないよう覗く。
「ひっ……! い、いたい、やめて、やめてよ、い、いや、おとうさん、おかあさん、おねえちゃんた、たすけて……!」
少女が、壁に追いやられうずくまっている。どうやら、足をやられて動けないらしい。今も、右足から血が流れ続けている。そんな少女の、眼前にいる、純白な獣『天使』が触手で、少女の身体を撫でる。カマキリのようなフォルムをした獣。それにより、少女の顔がより一層の絶望に染まる。
「……はぁ………」
そんな顔を、みてしまった。そうなれば、やることは決まっている。
鞄から、フード付きのローブを取り出し、羽織ってフードを深く被る。
「よし」
出ていこうとしたその時、「ギィヤヤヤァーー」という天使の痛みを、表す声が響き渡る。
「大丈夫か!!!」
「リーダー!」
「あぁ、分かっている!嘘虚!!この子を連れて」
「りょー、ささ、おねーさんと一緒に、はなれてよーねー。あ、もう結界はってからねー」
「そうか、佑磨、譲二、いくぞ!」
四人組の、集団が駆け付けて来た。
「!?………はぁ、万魔殿の連中か」
どうやら、俺が出ていく必要はなくなったらしい。一人の女が、少女を保護、残りの三人で天使を討伐する流れらしい。なんとなしに、覗き見を続ける。
「魔装」
先程、リーダーと呼ばれた黒髪の男は、唱え武器、剣を構える。地を蹴り、素早く剣を、振り天使の足を切り落とす。天使は、一瞬の出来事のようで、理解が及んでいないらしい。その隙を、奴等は逃さず追撃をかけている。男は、そのまま倒れた顔面をメリケンサックで、乱打し、もう一人の男は上に天使の背に乗り何かを、呟いている。
「リーダー」
「了解、佑磨!」
「はいよ!」
三人は、天使から距離をとった。そして、
「爆ぜろ」
譲二?らしき男が、天使に手を向けその手を握った。瞬間天使の、腹部が破裂し、活動を停止した。
「……今の、奴の能力か?なら……彼奴等は」
男達は、緊張を解き、離れていた少女たちの方へと向かう。
「大丈夫?もう安心していいよ。天使は見ての通りおじさんたちが、やっつけたから」
「………、ほ、ほんとに?」
「ああ、本当だよ」
「……よく頑張ったね。傷は?」
リーダーが、仲間に確認を取る。
「なおしといたよーー、貫かれただけだったから、なんとかなったよーーも~~疲れたーー」
「まぁ、確かに、あのハードな任務のあとだもんなー、まっ、けどいいじゃねーか、俺たちの仕事に変わりはねぇしな」
「……同意」
「……この子を家まで、送るぞ」
「えー、あたしもー?」
一人の女が、面倒くさがっている。ポケットから飴を取り出し口に含む。
「当たり前だ」
どうやら、彼等は、送り届けるらしい。少々、長居しすぎた。はぁ、ついつい好奇心を抑えられず、ここまで、覗き見をしてしまった。スマホを、取り時刻を確認する。三十分間も、ここにいたらしい。
「……、うげっ、凄い連絡かかってきてる。……早く帰ろう」
踵を返し、静かに立ち去ろうとした時、嫌な気配を感じ取る。心臓が、激しく活動し、脈が活性化する。それで、ようやくその正体に、辿り着く。あの天使は。
「………遅かった」
飛びだし目に、入った景色は、無惨にも蹂躙された屍が転がっており、その上にスリムな白い人型の、天使がそこに佇んでいた。
「……寄生型。っん……」
天使は、一点を向いている。その先には、血に塗れた少女がいた。恐らく、咄嗟に庇ったと思われる彼女の血だろう。
「少なくとも、第二位階位か……」
手練れの、彼等でさえ反応できず、一瞬で殺された。それは、警戒を解いたから、油断していたからだろう。誰だって、あれには油断してしまう。そう、デザインされてるからだ。
「天奏」
空間から、白い羽のようなものが、現れると同時に手には斧が出現した。それで、ようやく此方に気づいたのか、首を90度傾ける。ふぅーっと、息を、吐き、目標へと向かい飛びかかった。
向かい側からも、敵と認識した天使が、くるがそれを、無視し、目標少女の保護を、優先する。
「……息は、ある。意識は、ないか」
あまりにも、ショッキング過ぎるものを間近で見たのだ、無理もない。
「……すぐに、片付けるから」
ビチャ、と血のカーペットの上を、通り天使の眼前まで飛び込む。身体を捻り、斧を振る。それは、虚空を掠めただけだった。天使は、上に飛び、光弾を放ってきた。それを、回避するため、横の壁へと飛び、その壁を地に見立て、脚に力を込め天使へと飛びかかる。
天使が、此方の方を向く。口が裂け、突起状の物体が出現。先端に祈力が集中していく。限界に、達した祈力が光線となり、星歌へと放たれる。
それが、目前へと迫り「……」爆風が吹き煙が上がる。
着弾したのを感じ取った天使は、興味を無くし少女の方へと行こうとする。その隙を、逃さず背後を取る。
「?!」
天使に、知性や感情は薄いが驚いたような、動きをしていた。
斧を、構える。天使が反応するよりも速く、振り下ろす、袈裟斬りのように。天使の身体が2つに分断、地面に叩きつけられ肉塊と化する。
地面へと、おりていく。上から、光の粒子が降り落ちている。見上げると結界が、解けていく様子だった。
惨状が、現実へと溶け込み始める。
少女へと、向かう。全身の服と頭部が、血に塗れている。
「……何とか、するしか……ない、かぁ……」
取り敢えず、顔と髪の毛についた血は、タオルで拭き取るも、あまり上手くは取れなかった。仕方がない、問題は服だ。うーん、どうすれば良いのだろうか。脱がせる訳には、いかない。捕まりたくはないのだ。頭を、悩ませながら考える。
「……しょうがない、天奏」
2つの光が、手のひらで漂う。その光に、少女の服を投影する。光は、変化し少女が今着ている服になる。
「さ、誰も来ないうちに……」
血まみれの服を、素早く剥ぎ人形に着せ替えるが如く、感覚を与えないよう。
「ん?……これか……」
少女の服の中から、指輪が出てきた。これを、何処かで、拾ったのだろう。だが、これが何なのかは知らなかったのだろう。と言うより知らないで当然か、これは……。まぁそれは、後で良い。そんなこんなしていると、
「ぅぅッ……」小さな声が聞こえる。少女が、意識を覚醒させたようだった。
「………う、ん、えっ………」
「見ないで」
少女が横を向かないよう、少女の左目を優しく覆う。覆った先の手から、祈力を脳に微量流し、微睡みを誘発させる。この出来事を、夢だと思わせる。
「えっ………?」
「大丈夫?……じゃないよね、お家どこか、分かる?」
「さっきの、おじさんたちは……?それに……なにか、くさい」
「安心して。おじさんたちはね、仕事があるっていて別の所へ行っちゃたの。代わりに、僕が君を家まで、送り届けるよう、頼まれたんだ」
こんな子供にあまり嘘は、つきたくないが、残酷な現実よりかは、甘美な嘘の方がいくらかマシだ。
「さ、帰ろう……」
「う、ん」
少女を、背中に背負う。絶対に、後ろは見せてはいけない。そのまま、少女に道案内を頼み、家へと送り届けた。
―――――――――――――
「おいおい、……何だこりゃ。ったく、めんどくせぇ」
ボサボサ頭の黒髪と無精髭を生やした男が、悪態をつきながら欠伸をする。
「えーっと、天使が……あーーもうッ!」
男は、苛立ちスマホで写真を、パシャリと3枚ほど撮る。
「よし、これで良いだろ。さっさと、帰ろ。後は、警察がやんだろ……」
そう言って、男は現場を去っていった。
―――――――――――
「……ただいまーー」
声が、虚空に溶ける。返事が、返ってこない恐らく、ゲームしているか、本でも読んで集中しているんだろう。
靴を脱いで、部屋に入る。まず、自室に荷物を置き。リビングへと向かうと、彼女はいた。
「……何やってるの?」
「うぉー、……おかえり……しらないの?I字ばらんすという、柔軟性を、高めるもの……らしいよ。ネットに、書いてあった」
「そう……取り敢えず、やめて」
「……?なんで?」
ジェスチャーで、下を指す。
「見えているから」
「見え……?何故、今更?……裸、見たこと、あるの……に?」
「普通、恥じらいを持つものなの」
「それ……は、人間……の常識、私は人間、じゃないから……つうようしない」
足を上に、上げたままくるくると、回り始めた。
「……せいか、が言うのなら……やめる。嫌われたく……ない」
足をストンと落とし、ソファーに寝そべる。そのまま、タブレットを弄り始めた。
地面に、着くほど長く、美しい白い髪に、朱と白の瞳を持つオッドアイ。どこか幼なさを感じさせる顔、子供と間違われる身長なのに、出るところはあまりない。だが、誰がみても見惚れるほどの、美しい彼女は、今俺の家に居候している名がなき、天使なのだ。