戦う意味 伍
コツコツコツ・・・・・・
静かな廊下に軽快な足音を響かせ、男は歩いていた。
コツコツコツ・・・・・・
廊下に飾られた様々な肖像画の視線を感じながら、男は歩き続ける。
コツコツコツ・・・・・・
男は様々な思考を巡らしていた。
最近明らかに出現頻度が上がっている忌々しい蟲共のこと。
自身の大切な者を奪い去った奴らを、男は許しはしないだろう。
故に、ここにいるのだから。
————————————対蝕食特殊能力学園・日本校・高等部————————————
男が通り過ぎた廊下には、大きくその文字が彫られている。
様々な思考を巡らしていた男は、ふといくつかの報告を思い出す。
「市街地にCランク蝕食が一体出現。数十軒の建物に被害を出しつつ侵攻。被害者は三名確認。二名は成人男性及び成人女性。一名は、二人の子供と考えられる男子。成人男性及び成人女性は死亡。その後、男子は逃走。路地裏に入ったところでカメラ外になってしまったため、その後の出来事は不明。しかし、監視カメラ映像に、炎のようなものが映っていたため、男子には能力発現の兆候ありと考えられている。」
およそ約一ヶ月前に報告された内容だ。自分にこれを報告した者は、続けてこう言った。
「もっとも、監視カメラには炎とは別に、二度緑の閃光が映っていることから、別人が助けた可能性も否定できない。だが路地裏に別人が入っていく様子などは確認されなかったため、状況は全く不明。事実として、調査班が現地に辿り着いた時にはすでにCランク蝕食は何者かに頭から尾までを貫かれて息絶えていた。男子はその後、行方不明となっている。」
Cランク蝕食の出現とそれに伴った被害。普段よくあることだ。だが、その報告を受けた時、男はなぜか引っかかるものがあった。そこで自身の権限を使い、学園にある能力検知器を作動させて独自に調査をしていた。
分かったことは、その場には二人の能力者がいたこと。一人は能力者のデータベースを探しても該当のデータが見つからなかったことから、未登録の能力者もしくはあの場で能力を発現させた者、と考えるのが妥当だ。・・・・・・つまり、恐らくは報告にあった「男子」であろう。
問題はもう一人にある。検知された能力の数値として導き出された結論が、「彼」を指していたことだ。今まで約7ヶ月間足取りが掴めなかったのに、ここにきて・・・?そんな疑問が男には溢れていた。
そして、程なくして続けて2回も「彼」の能力行使を示す記録があがったことに、男がまた驚いたのは言うまでもない。記録されたのはとある辺境の山。さらに、そこではBランク蝕食の波長も検知されていた。男はその山へ独自に「調査隊」を派遣したが、いい結果は得られなかった。・・・・・・それもそのはず。男が探していた者はすでに別の山へと移動していたのだから。だが男がそれを知る由もない。
そこから約1ヶ月経って、「彼」の痕跡が再びぱったりと途絶えてしまったことを皮切りに、男はそれまで纏めた調査内容を報告しようと、廊下を歩いているのだった。報告する先は、教師である自分すらも逆らうことはできない、学園の頂点。
コツコツコツ・・・・・・・・・・・コツ。
男の足が止まった。見上げた先にあるのは「生徒会室」の文字。ハァ、とため息をついて男は扉をノックする。
「・・・・・・・どなたですか?」
しばらくして誰かを問う返事が返ってきて、男は自身の名と目的を告げる。
「・・・・・・教頭の朝霧です。1ヶ月の定期報告に参りました。」
「・・・どうぞ。」
「失礼致します。」
入室許可の声が告げられ、扉を開けた男・・・もとい、学園教頭の朝霧は、何回見ても見慣れない景色を見る。たった9人が使う部屋にしては広すぎて、装飾も豪華な部屋。どこかの貴族でも住んでいるんじゃないか、と錯覚しそうになるこの部屋は、対蝕食において、最後の砦と言われる最強の9人のためだけに作られた部屋。
自分もいつかこんな部屋に住んでみたい。そんなことを考えながら、朝霧の目は奥の窓付近に座っている少女を捉えた。
「おはようございます、朝霧先生。」
「・・・・・・おはようございます。星降様。」
「先生、様はやめてくださいっていつも言ってるでしょう?先生は大人で、私は学生です。大人が学生に様をつけるなんて、おかしいですよ。」
「そういう訳にもいきません。星降様たちはこの学園で・・・いいえ、対蝕食においての最高位です。Sランク以上の人々は、そういう立ち位置なのです。ご理解ください。」
「・・・・・・Sランクというのも疲れますね。」
「ところで・・・他の方々は・・・?」
「いらっしゃいませんよ。今日は私だけです。副会長二人は昨日から調査に行くと言って姿が見えません。風紀委員長、美化委員長のお二人は、次年度完成予定のアメリカ校の様子を見に行かれています。保健委員長、会計委員長はそれぞれの『調査』に。書記長は『彼』がいらっしゃらないので、同様にいらっしゃいません。『彼』に関しては・・・・・・いつも通りです。我々でも居場所を把握することは難しい。」
「それについてなのですが・・・・・・。恐らく『彼』の能力だと思われるデータがここ1ヶ月で三度、記録されていました。」
「本当ですか!?・・・・・・政府の許可は?」
「取っていらっしゃらないかと・・・。」
「『彼』らしいですね。・・・場所は?」
「岐阜県の市街地と、長野県の山中です。・・・双方ともに調査員を派遣しましたが、発見することはできなかったようです。」
「そうですか・・・。流石に、約2ヶ月後に迫っている高等部進学式にはご出席されることでしょう。それまで待ちましょう。」
「そう・・・ですね。」
「他に、何か報告等はありますか?」
「ああはい。一つだけ・・・気になることがあります。1ヶ月前、『彼』が能力を解放したと思われる岐阜県での市街地なのですが・・・。そこではどうやらCランク蝕食が出現していたそうで。」
「Cランク蝕食相手に能力を行使したのですか?政府の許可を得ずに?」
「ええ・・・。いや、問題はそこではないんです。元々、Cランク蝕食に追われていた少年がおりまして・・・。監視カメラ映像及び能力検知装置の反応を見ますに、どうやら能力発現の傾向がありそうなんです。ですが、向かった調査班が見たのは蝕食の死骸のみで、少年は未だ行方不明であると。中等部に確認しても、そのような者が訪れた記録は無いということです。・・・・・・もしかするとですが・・・」
「『彼』と共にいる可能性が高い・・・ということですか?」
「ええ・・・。」
「わかりました。引き続き、捜索を頼めますか?私は書記長に頼んで『観て』もらいたいと思います。」
「かしこまりました。それでは、失礼致します。」
「報告ありがとうございました、朝霧先生。」
生徒会室にて、報告を聞き終わった少女・・・・・・学園の最高権力である生徒会で監査委員長を務める、星降歌那は窓の外を眺めて小さくため息をつく。
「蝕食の侵攻が強まっています・・・。早く戻ってきてくださいよ・・・・・・。」
そのつぶやきは向けた人間へと届くことなく、虚空へと消えていくのであった。
そして、それから約1ヶ月後。高等部への進学式が1ヶ月後に迫った中・・・・・・
ザッザッザッ。
「まさか、また来ることになるなんて・・・・・・。」
「言ったじゃないか。『奴』を倒すのは、君だと。」
「グルルルルル・・・・・・・」
「・・・・・・なんか、一回りか二回りデカくなってません?」
「・・・・・・脱皮したのかな?」
楓と海斗は、再び長野県の山に足を踏み入れていた。そして、彼らと相対し低い唸り声をあげているのは、因縁のBランク蝕食・・・がさらに成長し大きくなったやつ。
「・・・・・・ふっ。お前にぶっ飛ばされてから2ヶ月。1ヶ月身体能力の向上に専念し、そこからさらに1ヶ月間Cランク以下とはいえ数多の蝕食共と死闘を重ねてきた。前までの俺じゃないぜ?」
「・・・・・・頑張ってね。」
成長したBランク蝕食と、強くなった天音海斗は再び向かい合い、睨み合う。
遠く離れた学園にて己の存在が感知されたことなど、一人と一匹の頭には毛頭ない。あるのはただ、目の前にいる生物を叩きのめすことのみ。
奇しくも、天音海斗が学園に入れるかどうかが決まる戦闘が今この場にて始まる。負ければ死。だが死など恐れず、天音海斗は笑って告げる。
「さあ・・・・・・・・・戦ろう。」
いよいよ出てきた、初の学園関係者!・・・・・・初の?
そして、登場した初のSランク生徒!生徒会役員!・・・・・・初の?
・・・・・・『彼』?
そして相対する因縁の相手!
まあ、何にせよ今後の展開が楽しみだ!
ちなみに、海斗は初めてCランク蝕食を討伐した前話から1ヶ月間、ひたすら蝕食の討伐を繰り返していました。さあ、どのくらい実力がついたのでしょうか?次回をお楽しみに!