戦う意味 肆
天音海斗とは、感情を力にできる人間である。喜び、怒り、憎しみ、楽しみ、それらを力にして戦うことのできる人間である。感情は、人が無意識に自身に掛けている「全力へのリミット」を打ち破るものであり、全力を容易に出しやすいという利点がある。その一方で、哀しみなどの感情が増幅すると途端に戦意喪失し、戦いから身を引いてしまうこともるといった欠点も存在する。
だがしかし。天音海斗の精神力は通常のそれよりも遥かに強い域にある。ともすれば死ぬかもしれない戦場において、敵を明確に見定め如何なる時でも狙い続けることは常人には不可能だ。「死ぬ」という可能性が頭をよぎった時点で、常人には恐怖の感情が浮かび上がる。そして恐怖は、燃え上がる闘争心に水をかけて打ち消していく。故にこそ、如何なる時でも闘争心の炎が、恐怖に打ち勝つような精神力を誇る天音海斗にとって、感情が作り出す欠点は欠点になり得ない。
そして、そんな天音海斗には今、状況を傍観している師匠と目の前のしつこい敵に対する『怒り』がものすごい勢いで蓄積されていっている。・・・・・・当然、その怒りが全てのしかかって力を得た彼の拳が向かう先は、
「・・・っ!いい加減にっ!くたばれやぁぁぁっっっ!!!!!」
バゴォォォンンンン!!!!!!!
「ギィィィィィィ!!!!!!!!!!!」
・・・・・・目の前にいる『敵』である。
「ハァハァハァハァ・・・。」
一体、何発殴った?相当ダメージは与えているはずだが・・・・・・。いや、奴の苦しむ様子を見る限り、確実にダメージは通っている。絶対もう少しのはずだ。
「【拳魂武術】・・・【薙脚】!!」
ゴッッッッッ!!
「ギャッ!?」
・・・っち。やっぱり、蹴りは殴りに比べて威力が劣る。回転で威力を出す俺の蹴りは、全体重を乗せる殴りよりも圧倒的に弱い。蝕食の装甲も相まって、いいとこ怯ませる程度だ。・・・であれば、もう一度「個」の殴りを叩き込むしかない。狙い目は・・・・・・側面はダメだ。先刻の【壊弾】でも吹き飛ばせはしたものの、決定打にはならなかった。上部もダメだろう。側面よりも分厚い装甲に覆われているのだから。
内部?論外だ。なんかよくわざと食われて内から破壊する、みたいな漫画見るけど、ありゃ夢物語だ。口の中に入った時点で噛み砕かれて終わりだな。・・・・・・と考えると、もう一つしかない。他の面と比べて比較的平べったく、あまり重厚そうでない部分。蝕食の腹だ。問題はどうやって奴の腹に叩き込むか・・・。
奴は蛇のような、百足のような形をしているのはご存知の通りだ。想像してみてほしい。普段、蛇とか百足の腹は、どうなっている?・・・そう、地面についていて見えないのだ。蝕食も当然、その腹はしっかりと地面につけていて、見えない位置にある。かろうじて平べったいのが分かる程度だ。
つまり、だ。俺は一人で蝕食の腹が見えるように奴の体を持ち上げ、そこを穿ち抜く必要があるのだ。・・・・・・無理でしょ。
まあ、ごちゃごちゃ言っててもしょうがない。楓さん曰く、「Cランク程度軽く倒せるようでなければ、Aクラスに入るなんて夢のまた夢」らしいからな。・・・それ一応、能力を万全に使える奴の基準ですよね?まあいい。やるしかない。どっちにしろやんなきゃ、やられんのは俺だ。
「いい加減飽きてきたとこだ。そろそろ、終わらせようか。」
「ギャギギ・・・ギャ・・・ギャゲ・・・ギョガガ」
・・・ん!?
「ちょっ・・・!おいおい!ま、まさか・・・・・・!」
気合い入れて向き直った俺の目を、はたと睨みつけた蝕食の様子がおかしい。俺が見てる前で、そいつは何かグネグネと気持ち悪い動きをしていたかと思うと・・・・・・分身したかのように見えた。
・・・・・・いや、違う。正確には、同じ形をしたものが剥がれ落ちたのだ。
「・・・!!!だ・・・脱皮だとぉぉ!?!?!?!?」
ここにきて!脱皮!?なんか体一回りでっかくなってるし!!!牙・・・めっちゃ尖ってるぅぅぅぅ!!!触手も2倍・・・い、いや!3倍以上になってないか!?
「・・・・・・・・・・っ!まじかい・・・!」
「ゴアアアアアア!!!!!!」
「うおおおおお!?」
ドガァァンンン!!!
・・・知ってた。やっぱ体一回り大きくなってるから、突進の威力も上がってるよね。そりゃそうか。避けてなきゃ、体の中で様々な内臓がシェイクされていたことだろう。
「だぁぁあ!!こんちきしょう!!!!!そんなの聞いてねーぞ!!やっと全力解放ってか!?!?しょうがねー!!!やってやるわ!!こうなったら何がなんでも勝ってやるよ!!!」
「ゴアアアアアア!!!!」
右!左!上!下!右!右!左!上!左!上!!!!
キリがねぇあの触手!上下左右全部から攻撃してくんのほんとにウザすぎる!!!・・・とはいえ、相当めんどくさくなったのは事実だ。ただでさえ下に潜んなきゃいけないってのに、ここにきて攻撃手段が増えるってのはまずい。ここまで増やされちゃあ、「集」の武術だって効果はあまり期待できない。じゃあどうする?
「・・・・・・ふっ。そういう時の戦い方も楓さんに教わっといてよかったぜ。」
絶対に一人では対処できない程の数の暴力。単純な数の暴力に対する対抗策は当然「集」。だがこれは、それすら超える圧倒的な数の暴力。それに対抗するにはどうするか。楓さんが教えてくれたのは、至極簡単な話だ。
「ゴアァァァ!!ギィィィィ!!・・・・・・ガァ・・・・・・ゴァ・・・・・・ギィ!?」
「おいおいどうした。・・・・・・ご自慢の触手が、木々に絡まっちゃったら使い物にならねぇよ?」
その場にあるものを味方につけろ。それが対処法だ。木でも、岩でも、瓦礫でも、建物でもなんだっていい。上手く周りにあるものを活用して、自身がどうしても対処しなければならない数を少なくするのだ。それだけで、格段に戦いやすくなる。そしたら後はいつも通り、「集」で対処すればいい。
「【拳魂武術】・・・・・・【乱武乱武】!!!」
「ゴアァァァァァァ!!!!!」
あーあ。怒らしちまった。どんでもなく怒り狂った眼光でこちらを睨みつけてくる。けど悪いが・・・勝つのは俺だ。
俺が木々に奴の触手を巻き付けるよう逃げ回っていたのには、二つの理由がある。一つはある程度の数を無効化し戦いやすくすること。そしてもう一つは、上に昇ること。触手が巻き付いたことで、木々に足場のようなものが生まれた。これを使って上へ昇る。
「おらっ!追ってこいよ、デカブツッッ!!いい加減決着つけようじゃねぇかっ!!!それともなんだ?触手が木々に絡まって動けませんってかぁ???」
「ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!」
ウヒョー。こりゃあすごい。メキメキバキボキと音を立てて絡まった木々を引っこ抜き薙ぎ倒しながらすごいスピードで追ってきた。・・・・・・上等!
「【拳魂武術】・・・・・・【飛脚】!!」
ドンッッッッ!!
足に力を込めて、木の枝を蹴って下へと飛んだ俺の体は、目論見通り蝕食をすり抜けその巨体の真下へと躍り出る。・・・・・・そう。俺を追って上を目指す蝕食の真下へだ。つまり俺が見ているのは、蝕食の腹。
「ゴアアア・・・?」
「へっ。流石に強かったが、勝つのは俺だって言ったろ。いい練習になった。お疲れさん。」
「【拳魂武術】・・・・・・奥義!!!【全世壊】!!!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!!!
「ゴァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・安らかに眠れ。」
ドサッという音と共に俺の横に崩れ落ちた蝕食の巨体は、しばらく苦しげにもがいていたが、やがてぴくりとも動かなくなった。
「・・・・・・・・・っふぅー。つっかれた〜〜。」
やっと、終わったよ。一体、何分戦ってたことやら。休みたい・・・。
「おめでとう、海斗。まさか能力も使わずに初戦でCランク蝕食を倒しちゃうなんて。すごいよ、君は。」
また音もなく現れる・・・・・・。一体どういうカラクリなんだか・・・。
「ありがとうございます。脱皮したときはちょっと死ぬかと思いましたけど、なんとかなって良かったです。」
「うん。そうだね。ああ、それと。4ポイント獲得おめでとう。このままいけばちゃんと一日のノルマ達成できそうだね。」
「・・・・・・はい?」
んん??ちょっと待って。今なんかとんでもないことが聞こえたような・・・・・・。4ポイント?ノルマ?・・・・・・ま、
「マジか。」
忘れてた。最短で終わらせるには、今のを後2回やんなきゃいけないんだった・・・・・・。
「おや、その様子だと忘れてたのかな?ふふふ。この程度でへばってちゃ駄目だよ、海斗。さぁ、次に行こう。次も期待しているよ。」
「・・・・・・っ!分かりましたよ!やればいいんでしょ、やれば!期待してるとか甘いこと言って!」
そうしてこの先の激闘を思い頭を痛めつつ、俺は次の獲物を探して歩き出すのだった。
「・・・・・・本当に期待してるんだよ。『百鬼夜行』は近い・・・。その時までに、君には・・・。」
終わったぞォォォ!!!!なんか最近書く気全然起きなくて四苦八苦してたのです。なんとかかんとか終わらせましたよ。
【薙脚】;海斗が使う拳魂武術の、足の武術。その名の通り、広範囲を蹴りで薙ぎ払う技。海斗の蹴りの威力も加わり、結構凶悪な技と化している。
【飛脚】;両足に力を込め、一点を蹴ることで高く飛ぶ技。今回海斗は下へ猛スピードで行くために使用したが、本来は上にジャンプして攻撃を避けたりするために使う技。
奥義【全世壊】;拳魂武術「個」の集大成。【壊弾】よりもさらに重く硬い技。その分のタメによる威力と、海斗の全体重を乗せたこの打撃は、腹で薄いとはいえ、蝕食の銃弾を弾く装甲を意図も容易く破壊し、内部にまでダメージを与える。
蝕食の脱皮;とぎどきする生理現象とも言うべき行動。脱皮をすることで体は一回り大きくなり、触手の数も増える。栄養を摂れば摂るほど(つまり人を食えば食うほど)脱皮のスピードは早くなっていく。
海斗、頑張った!だけど一日のノルマは10ポイントだから、最低でもCランク蝕食を後2体倒さなきゃいけないんだ!Bランク以上の蝕食とか滅多に出ないし・・・。
楓さん!!『百鬼夜行』って何!?!?!?!?