戦う意味 弐
「頑張って、海斗。あとちょっとだよ。」
「は、はい!」
静かな山奥を二人の人間が駆けていく。およそ約一ヶ月前に「山が動いた」という報告のあったとある山から、数十キロ離れた山の中に海斗と楓はいた。そこで二人が何をしているかというと———
「よし。ゴールだね。お疲れ様、海斗。」
「ハァハァ・・・・・・は、はいぃぃ・・・・・・。」
「さて、じゃあ次は腕立て伏せ50回いこうか。その次は腹筋ね。その後は前に言ったやつね。一ヶ月経ったし、今日から始めようか。」
「ヒュッ」
海斗の身体能力を高める修行をしていた。
俺は死ぬかもしれない。楓さんと一緒に走り終わった俺は、楓さんの次の言葉を聞いてそう思った。ていうか一ヶ月前にここに来てからほぼ毎日そう思ってるかもしれない。なんでこんなことをしてるのかは至極簡単な話だ。
———1ヶ月前———
「さ、じゃあ修行を始めていこうか。」
「え、何をやるんですか?」
「そうだね・・・。能力の解放はひとまず諦めよう。じきに解放しなきゃいけないけど、今の感じじゃ無理そうだね。」
「は、はい。」
「さて、じゃあここで質問です。蝕食と戦うために必要不可欠なものはなんでしょう。」
「え?えーと、それは・・・・・・能力、じゃないんですか?」
「そうだね。確かに能力は必要不可欠だ。能力がなければ奴らを倒すのは相当難しくなる。でも、それ以外にも必要なものは二つある。その内の一個は追々教えていくとして・・・。もう一つ、分かるかい?」
「分かんない、です。」
「正解は、『身体能力』だよ。」
「『身体能力』・・・・・・?」
「そう。奴らと戦うときは基本生身での戦闘になる。いくら能力が強くても、身体が弱ければすぐにやられてしまうし、体力が無ければ先にバテて食われるのがオチだ。打撃系の能力を持っている人はそもそもの基礎的な打撃力が強くなければ、能力は十分に発揮されない。移動系の能力を持っている人は同じように基礎的な瞬発力やスピードが無ければ、能力は十分に発揮されない。」
「つまり・・・能力が当たりでも、自身の基礎スペックが足りなければ・・・」
「その能力はハズレと化す。そういうこと。」
「・・・・・・なるほど。」
「だから、ここに来たんだよ。ここは天然の要塞とも言える山々だ。川、岩、木々、多くの自然が揃ってる。さらに極めつけは蝕食が発生しやすい場所ってことかな。ここで1ヶ月、海斗には身体能力を鍛える訓練をしつつ、生き延びてもらう。今回は僕の手助けはなし。食料も、寝床も、安全も、全部自分で確保してもらう。」
「それは・・・良いんですけど、ここって蝕食出るんですよね?」
「うん出るね。」
「・・・俺、死にません・・・・・・?」
「大丈夫」
「・・・・・・・・・。根拠とかって・・・?」
「大丈夫」
・・・・・・し、信用できねぇぇぇぇ・・・。
———現在———
そんなこんなで始まった修行では、楓さんからメニューが言い渡されていた。
・腕たせ伏せ50回を4セット(親指、人差し指、中指の三本指のみの状態で片腕。それを右腕・左腕で2セットずつ)
腕の筋肉と指先の筋肉を鍛え、ひいては対象を殴る際の威力の増強につながるトレーニング。
・腹筋50回を2セット
腹筋を鍛えることにより、胴体への攻撃に対して耐性を得るためのトレーニング。
・山中でのパルクール2時間を3セット
山中で障害物を避けながら走り続けるパルクール。止まることは許されない。戦闘面において最も重要な体力をつけるためのトレーニング。山に来たばかりの頃は10分を1セットぐらいのメニューだったが、海斗の慣れに応じて増えていった。
・岩にヒビを入れる(終わりなし)
打撃・蹴りなどの物理的威力を鍛えるトレーニング。海斗は、空いた時間は常に岩を殴り、蹴り続けているため、側から見たら割と異常者と化している。最近では特訓の成果もあり岩にヒビを入れることができるようになってきているものの、なぜかヒビを入れるたびに楓がより硬い岩を持ってくるため、海斗は内心「くそが〜〜!!!」と思ってる。
これらが身体能力を鍛えるために楓から言い渡されたメニューだ。一ヶ月これをやり続けてきたため、自分でも自身の身体能力は超向上していると実感する。そしてそれを確かめるための修行こそがこれらとは別の、最後の一つだ。それは・・・・・・
「うん。腕立て伏せも腹筋も、だいぶ早くできるようになってきたね。いい感じだよ。そしたら、今日も頑張ってね。」
「ほんとに今日からやるんですか?俺、まだあいつらに勝てる気しないんですけど・・・。」
「大丈夫大丈夫。今まで一ヶ月やってきたトレーニングを信じて。それに、海斗がボコボコにされたBランク蝕食は滅多に出現しないからさ。」
「了解です・・・・・・。」
そう。楓さんから言い渡された最後のメニューは、蝕食を毎日倒すこと。具体的にはノルマがきちんと決められていて、Eランク蝕食だったら1ポイント、Dランク蝕食は2ポイント、Cランク蝕食は4ポイント、Bランク以上の蝕食は10ポイント、という感じで、一日に10ポイント以上稼げばノルマ達成だ。この山は楓さんが言っていたように蝕食が湧きやすい場所で、Cランク以下の蝕食はよく出現する。それらを狩ってポイントを稼げと言うのだ。
しかし、である。海斗は蝕食にとって最有効打とも言える能力を未だ扱うことができない。つまり、鍛えた身体能力のみで蝕食を倒せと、楓は言っているのだ。蝕食も人と同じ生物であり、体内には大事な器官や骨格などがある。つまり能力を使わずとも倒すことは可能ではある。が、蝕食の身体を覆う装甲は、成長すれば銃弾すらも弾くほどの強度誇るようになる代物である。Eランク蝕食程度ならまだしも、常人がCランク蝕食を殴ったところで、我々にとって綿で出来たバットで殴られている程度の損傷だ。
ところがそれに対しても、もう一度「しかし」という言葉が出てくる。確かに蝕食の装甲は常人には到底破れぬほど強固なものだ。・・・・・・そう、常人には。今、楓が海斗に課しているトレーニングは、海斗の身体能力を常人の域から大きく逸脱させるためのものであり、言い換えれば能力無しでも蝕食を討伐できるためのトレーニングなのだ。
「グルルルルル・・・・・・・・・!」
「さて・・・と。」
拠点としている場所から楓さんとやってきたところには、10mは超えるであろう蝕食がこちらを睨んで鎮座している。
「楓さん。別にEランク蝕食を10体倒さなきゃいけないなんてルールないんですよね?」
「それはないけど・・・。Bランク蝕食にボコボコにされた後によくそんな強気な姿勢でいけるね。まさか初っ端からCランク蝕食を狙うとは・・・・・・。」
「本当はBランク蝕食にいきたかったですよ。でもいないから。自分が強くなるにはより強者と戦りあった方が良い、ですよね?」
「・・・うん。確かにその通りだよ。頑張って、海斗!」
「了解!」
楓さんが少し微笑んで励ましの言葉をかけてくれた後にフッと消えてしまったのを見送って、俺はCランク蝕食へと向き合った。え?楓さん?まあ、多分近くの木の上とかから見てるんだろう。一ヶ月もの付き合いだ。大体そんな感じなのは分かる。・・・・・・怖いのは目が光ってなかったから能力を使ってなさそうだったことだが。まあ、そんなことは今はどうでもいい。
「よう、Cランク。悪いがEランク如きをちまちまと狩っていくのは面倒くさいからな。お前ぐらいのを三発倒せばクリアだ。」
「グギャァァァァァァ!!!!」
自分に向かってくる餌だと思ったのか、はたまた自分を害する敵だと思ったのか。Cランク蝕食が大口開けて俺に襲いかかってくる。
「さぁ始めようか・・・。見してやるぜ、楓さんの無茶に散々耐えてきた俺のトレーニングの成果をよぉ!!!!!!」
「・・・・・・海斗。聞こえてるよ。」
「あっ・・・。」
———死闘が始まる。
とある山っていうのは、もちろん前話でBランク蝕食が潜んでいた山です。そして、海斗たちが修行している山はそこから結構遠く離れた山。
今更だけど、海斗は俺が一人称の結構荒っぽい男子です。そのため、蝕食などを前にすると口調が荒くなりがちです。ですが、楓などの尊敬している人に対してはきちんとした言葉遣いができる人間でもあります。
皆さんも蝕食と戦いたかったらトレーニングをしましょう!ただし、海斗には楓というちゃんとした教師がついていたから死なずに続けられましたが、皆さんが一人でこのメニューをやった場合、命の保証はしません。