対蝕食特殊能力学園・日本校
「でっ・・・・・・・か・・・・・。」
思わず漏れてしまったかのように、天音海斗は言葉を発した。
彼が今目にしているのは、校門である。
そして、そこに在るのは《対蝕食特殊能力学園・日本校》の文字。
さて、彼はその校門の大きさに驚いていた・・・・・・・訳ではない。彼が驚いていたのは、校門のその先に見える校舎の大きさだ。
なるほど確かに、数刻前までいた住居もとてつもない大きさを誇っていた。一体何者なのかと、ますます気になってくる自身の師の邸宅は、初めて見た者に絶大な衝撃を与えるほどの大きさを誇る。そしてそれが広大な敷地内の中にある建物の一つでしかないと言うのだから、驚くのも無理はなかった。
だが、違うのだ。
今彼が視界に収めている・・・・・・いや、収め切れてすらいないその校舎は、神楽第一邸と比べても尚大きい。大きすぎる。まさに天と地ほどの差。・・・・・・具体的に言うのであれば、神楽第一邸を「消しゴム」とすると、海斗の目に映る部分だけでもその校舎は「筆箱」だ。
規模が違いすぎる。海斗を圧倒したのは、そのただの一点のみだ。されど、その一点なのだ。
「ほらほら、何を突っ立っているの。早く中に入るよ。」
だが、彼の隣に立つ神楽楓は、何事もないかのように急かす。
まるで見慣れているとでも言うかのように。
「あの・・・・・・なんでこんなに大きいんですか?必要ですか、こんな大きさ。」
流石にこれはやりすぎだろう・・・とでも言いたげな表情の海斗はそう問うた。
誤解してはいけないのは、天音海斗という人物は戦闘面に関してはすでに常人の域を逸脱しているかもしれないが、日常面・・・生活面に関してはまだまだ常人の域にいる。と言うか常人そのものだ。
そのような者が、これだけの規模の大きさを見て圧倒されないはずが無く・・・
「んー・・・まあ、天力を扱うのにどうしても広い場所が必要だからね。他の人に迷惑かけることはできないし、傷つけるなんてもっての他だから。」
「・・・。」
そんな正論に何も言えなくなった一般人は、半ば引きずられるようにして学園へと踏み入ったのだった。
「・・・・・・。」
楓の後ろをコソコソとついていくように海斗は歩いていた。
(・・・こんなに広くて大きいのに、人の気配がほとんど無い。三月末だから、学校としては機能していないのか・・・?)
休校中の学校に忍び込んでいるような、一種の緊張を覚えながら海斗は疑問に思う。
「楓さん。俺たちって今どこに向かってるんです・・・?」
ともすれば適当に歩いているのではないか、とも思えてくるような楓の足取り。
「んー・・・?・・・・・・・・・・校長室。」
だが質問に対して返ってきた確固たる言葉は、海斗をまたもや驚かす。
・・・・・・いや、海斗は驚かなかった。というか諦めていた。
「ハァ・・・。・・・・・・・・・ん?」
ため息をついた海斗は、ふと進む先から人影が近寄ってくるのを見た。
「楓さん。」
「ああ、大丈夫大丈夫。そんな緊張しないで。」
しばらくの後、前から歩いてきた男性は二人に声をかけてきた。
「楓さま・・・・・・。随分とお久しぶりでは無いですか。」
見たところ、30代前半ぐらい。体格は細身ではあるが、筋肉もある程度ついているような、まさしく「成年男性」といった様子だ。
「久しぶりだね、朝霧先生。」
「・・・え、先生?」
教師ですらも、楓さんに「さま」付けをするのか・・・?と、困惑した様子の海斗に向かって、楓はその男性の正体を明かす。
「紹介しよう、この学園の教頭、朝霧大佑先生だ。」
またもや諦めの表情になった海斗を放っておいて、楓は朝霧へと向き直る。
「いや、紹介の流れで誤魔化そうとしても無駄ですよ?あなた、政府に無断で天力解放しましたよね?しかも何回も。・・・・・・・報告書しっかりと書いてもらいますから。」
とびきりのカウンターを食らって、楓は沈むのであった。
「それで・・・この子が例の?」
「そう。・・・・・・彼から話は聞いているよね?」
「ええ。職員一同、伺っておりますが・・・。なぜ高等部への編入なのです?順当に中等部へ入学させれば良かったのではありませんか?」
またよく分からない話が始まった。恐らく自分のことなのだろうが、ところどころ要点の抜け落ちた会話をするのはやめてほしい。
「中等部から始めさせるのは勿体無いと思っただけさ。才能の無駄遣いだ。」
「ですが・・・全員が全員、納得しないかと思われますよ?」
「だろうね。だけど、海斗は相応の実力をきちんと持ってる。納得しない人は実力で黙らせればいい。・・・・・・・・・・ね?海斗。」
「ええ・・・・・・。」
キラーパスだけは本当にやめてくれ。
「そうですか・・・。では私は仕事が残っているのでこれで。・・・・・・彼でしたら校長室で待っていらっしゃるかと。」
「ん、分かった。ありがとう。」
朝霧先生と別れた俺たちは、校長室へと向かった。幸い、そこから校長室へはすぐに着いた。
もう歩くの疲れた。びっくりしたのが、神楽総本家の敷地とこの学園の敷地は隣合わせだったことだ。・・・・・・あー、敷地的にはね。だけど、どっちも超広大な面積の敷地であるわけで・・・。神楽家を出てここに来るまでに実に30分も歩いたのだ。信じられるか?隣の敷地に行くだけで30分だぞ?
「何やら面白い顔をしてるけど、大丈夫かい?」
「・・・誰のせいだと。」
「ん?」
「なんでも無いです。」
「そう?まあ良いや。・・・じゃあ、入ろうか。」
そう言った楓さんが、《校長室》と書かれた扉を開けて入って行ったのに付いて、俺も入った。
中は想像通りすごい広くて豪華。もう驚かない。そんな部屋の奥に置かれた、これまた豪華そうな机で仕事をしてたのであろう、眼鏡をかけた男性がこちらを見た。
というか雰囲気的にこれインテリ・・・
「おやおや、誰かと思えば・・・。ノックもせずに入ってくるのは無礼だと散々言っているでしょう?楓さん。もう一度、言って聞かせましょうか?」
あ、めっちゃインテリ。喋り方めっちゃ頭良さそう。もう楓さんに対する「さん」付けから分かるよな。・・・・・俺の「さん」付けとは格が違う。
「ふふ・・・。僕らの仲でノックはいらないと散々言っているのはこっちだよ。久しぶりだね、彗。」
多分、主張する方間違ってると思いますよ、楓さん。
「ええ、随分と久方ぶりに顔を見ました・・・。それで、この子が・・・。」
「そう、前頼んでおいた天音海斗だ。海斗、彼は西本 彗。まあここにいる通りこの学園の校長であり・・・・・・春華と同じく、僕の小さい頃からの幼馴染だ。」
ええ・・・?もう今日は本当に考えるのをやめたい。
「よろしくお願いしますね、海斗さん。」
「よ、よろしくお願いします。」
急に話しかけられてびっくりしたのは置いといて、確かに若い。さっきの朝霧先生も教頭という立場にしては若いように思えたが、楓さんの幼馴染ってことは、それよりもさらに若いってことだろう。なんで校長なんて役職を・・・しかもこの学園の校長をやれているんだ?
「しかし・・・随分と久しぶりにその名を聞きましたね。彼女は元気ですか?」
「うん、今も美味しいスイーツを作ってるよ。彗も行けば良いのに。」
「ご冗談を。私が今行っても、お互い気まずいだけですよ。」
気まずい?どういうことだ?
俺のそんな疑問を察したのか、楓さんが笑って教えてくれた。
「彗と春華は昔付き合っていたんだ。紆余曲折あって別れたんだけどね。」
インテリ男子と男まさりな女子・・・・。どういう経緯で付き合ったのかめっちゃ知りたいんだけど。性格っていうかタイプが正反対だろ。
「当時は荒れましたね。」
「そりゃあそうでしょ。僕らの中の唯一のお姫様が取られたんだから。」
「あなたはそこまで荒れていなかったと記憶していますが。」
「僕は別に恋愛に興味無かったからね。あと単純に春華を女性として見れなかった、とか。」
さらっと酷いこと言うな、楓さん。・・・いや、多分友達以上にならなかったって意味だよな?
「さて・・・昔話もこのぐらいにしておきましょう。・・・天音海斗さん。」
おっと
「はい・・・なんですか?」
「楓さんから話は聞いています。何やら中等部を飛ばして、ここ高等部に進学したいのだとか。」
え・・・それってさ
「えと・・・俺の意思では無い、ですけど。決めたの楓さんなので。」
当の本人はニコニコと横で笑っているけど。
「ふむ・・・。ですがあなた自身も高等部に進学する意思はおありで?」
「中等部とか、高等部とかよく分かんないんですけど・・・。まあ、はい。」
楓さんに勧められた通りにしておくのがなんだかんだ一番良いんだよな。
そう言うと、西本さんはスッと目を細めた。
「そうですか・・・。では一つだけ、確認しておきたいことがあります。報告ではすでにあなたは蝕食との実践経験を経ているようなので理解できるかとは思いますが、蝕食と戦うというのは非常に大変で危険の伴うことです。」
いつの間にか報告されてるのはとても怖いが、置いておこう。
まあ確かに蝕食と戦うのは骨が折れる。普通に文字通り骨が折れることもあるし、ともすれば死んでしまうこともあるだろう。俺はたまたま楓さんがいてくれたから治療してもらってるだけで、この先楓さんがいない状態でBランク、Aランク、はたまたそれ以上の蝕食たちと戦うこともあるかもしれない。その時には当然、死の危険性は何倍にも膨れ上がるだろう。
「あなたはそんな危険な場所へと、この先一生踏み入って戦い続ける覚悟はありますか?」
故にこそ、その問いは必然のものなのであった・・・。




