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3.不倶戴天

アハトを救出した後、黒魔術によって負傷したヌル。命を賭けた彼女の懸命な行動にこれまで塗り固められていた信念が揺さぶられ、アハトが今動き出す

これほどにも空は青く、広いのにずっと息が詰まったような感覚に悩まされていた。まるで常に狭い箱の中に閉じ込められているような感覚だ。周囲には冷静沈着、無愛想、冷酷だの仮面を貼り付けて青息吐息となってる自分の顔を隠してきた。だが運命の気まぐれかあるいは人生の悪戯か、かつて自分がいたこの場所でかつて共に過ごして来た者達と再会したことにより、私は限界を迎えた。過去の厭わしさに手足を掴まれ、自らへの嫌悪に首を絞められ、身動きが取れなくなってしまった。 



この世で最も恐ろしい存在は、自分自身だ。自身を無意識に操り、無感情に絞め殺し、私という存在全てを支配する自分。無力でありながら今の私を圧倒するかつての自分が酷く恐ろしい。 

他人ひとは言う。自分を愛せ、自分を信じろと。無力で何の価値もない子を愛してどうなる?信じて何が得られる?

シスターは言った。

弱き者が弱者強者関係なく全てを滅ぼしてしまう、と。私はその意見に賛成だ。弱者では強者に勝つことも守ることも叶わぬ夢だ。


だが…弱者であったはずの私の弟子は身一つで私を守り、悪魔を撃ち抜いた。あり得ないはずのことが今目の前で起きたのだ。

弱者が強者を打ち砕く瞬間に私は巡り会うことが出来た。


この者達と同じ世界にいることは実に不倶戴天極まりない。



「シスター!」

かつて共に時を過ごした男は崩れゆくシスターの亡骸を抱きしめ、涙と共に憤怒に燃えた目を私に向ける。

一目見ただけで分かった。奴はもう私に勝つことはないのだと。

「黒魔術、死者の咆哮」

アハトはヌルを抱き上げると魔術を発動することなく軽やかに攻撃を避け、射程外に辿り着いた所でヌルを横にさせる。

「ゼーレ・モデリガン」

魔鉱石を磨いて生み出されたようなモデリガンを手にすると魔術によって創成された風の矢を召喚し、弦に引っ掛ける。

「基礎属性、アロウオブザナイトストーム」

アハトの放った矢が悪魔の翼を貫き、攻撃を受けた本人は痛みに耐えきれずして泣き喚く。

「青黎、冥護の龍矛」

青き雷龍が光の速度で悪魔の頭部を打ち砕き、黒魔術師と悪魔は引き裂かれる。

「クソッ…!ゔッ…!」

刹那に距離を詰めたアハトに首を掴まれ、そのまま持ち上げられる。黒魔術師は息苦しさに何度もアハトを蹴りつけ腕を引っ掻いて逃れようとするが、枯れ枝のように細い腕は決して相手の首を離すことなく徐々に握りしめていった。

「クソッ…!放せッ…!!放せって…!!」

徐々に相手の動作が激しくなっていく。だがアハトは手の力を緩めることはしなかった。そして徐々に死に近付いていく相手に罵詈雑言や情けの言葉の一つもかけることはなかった。


こんな男に人類最大の魔法である言葉を与える必要なんて無い。言ったところでこの男に私の言葉が響くことは決して無い。

黒魔術師は両目から涙をこぼしながら大きく口を開け、息を吸おうとするがある時を超えた瞬間、突然動きを止め、ぶら下がった状態で静止した。

 黒魔術師は死んだ後、悪魔と契約を結んだことにより身体は崩壊を遂げこの世から完全に消える。彼の身体も悪魔との契約により徐々に崩壊し、跡形もなく消え去ってしまった。

これほど、黒魔術師がこの世から消えることを快く感じた日は無い。だが、まだ呼吸のし辛さは何故か変わらなかった。

アハトは掴むものを失った腕をゆっくりと下ろすと、視線をずらして左腕を失ったヌルの方へ目を向けた。

「五体満足で施設に戻ることは無理かもしれないな…」

そう言葉を吐くと横になったヌルの元へ歩み寄り彼女の身体を抱き上げる。そして集落の方へと身体を向け雪の中を歩き始めた。

まだこれで終わったわけでは無い。問題はこれからだ。


アハトが左腕を失ったヌルを抱えて戻って来たことに誰もが口を開き、彼の周囲に群がる。任務の責任者であるレオーネもその一人だ。

「一体何があったんだアハト!」

「黒魔術師との戦闘でヌルが負傷した。すまないが彼女の手当を頼む」

「だったら私が担当しよう」

そう答えたのはレオーネではなく回復魔術師を大勢引き連れたもう一人の責任者、ドクターだった。だがアハトは彼に見向きもせず、レオーネに対して口を開く。

「手当はお前に任せる。それからゲンゾウ・トウゲンも呼んでくれ。左腕の義手のことに関して話がしたい」

「聞こえないのかアハト!ヌルの手当は私がすると言っているのだ!」

「貴様こそ聞こえなかったのかドクター。お前の力は必要ないと言ってるんだ。それに今日は貴様の研究日では無いはずだが?」

「だが、お前達の力でその傷を明日までに治せる保証は無いだろう?だったら私に任せた方が効率が…」

「ああ、確かにこの怪我では明日までに復帰出来ないだろうな。そうなると貴様の研究に遅れが生じてしまい、任務に支障をきたすことになるな」

「なら、ヌルを引き渡してもらえるんだな?」

「一つ聞きたいんだが、明日の採取は何だ?何のデータを取る?」

「っ…血液だが…」

「そうか、なら引き渡す必要は無さそうだな」

「何を言ってるんだアハト!任務の主な目的は強化人間の性能を確かめることだ。誰の血液で調べても良いという話では無いのだぞ!」

「もちろん心得ている。だから、彼女の血液ではなく私の血液を提供してやる。それで研究を進めろ」

「な、何を言って…!」

「おっと、もう忘れてしまったか?ここにいる強化人間はヌルだけでは無い。私も数少ない強化人間の一人だ。たしか、私の記憶が正しければここ最近は調査用に血液を提供していなかったはずだ。最新型の強化人間の解毒性と旧強化人間の解毒性の比較をすれば多少の成果は得られるだろう」 

アハトの言葉にその場にいた全員が閉口した。ドクターも今回はアハトに勝てないと悟ったのかそれ以上何もいうことなく部下を引き連れてその場から去って行った。

ドクターが去るのと同時にアハトはレオーネとゲンゾウを引き連れ、自分のテントへと戻る。


「第四属性、ユグドラシルの慈愛」

回復魔術師であるレオーネの魔術により木々の根が左肩へと伸び、徐々に傷口を塞いでいく。そして左腕の再生を行うはずだったが、突如レオーネの魔術が不自然に消え去ってしまった。

「魔術が勝手に解除された…」

「黒魔術の呪いのせいか…。やはり腕の再生までは出来そうにないみたいだな」

「だったらやっぱり義手で腕を補うしか方法は無いみたいだね。ゲンさん、義手の創成にはどれくらいかかりますか」

レオーネの問いに対し、ゲンゾウはヌルの容態を見ながら脳内で軽く計算処理を行う。

「左腕だけなら1日もあれば作り出せるじゃろう。だがたとえ腕を治したとしてもこの子が生きれるのはせいぜい一年じゃろ」

黒魔術師の呪いは受けた者の魂を吸い尽くす呪いだ。つまり余命が発生するということだ。

それが1番の難題だ。黒魔術を解く方法はほとんど実現不可能なことばかりだ。例を挙げるならば、神に認められた者しか使うことが出来ない光属性を持つか、もしくは悪魔に認められた者だけが持つ闇属性を手にするが黒魔術を解く方法として挙げられる。だがいずれも禁忌属性であるため、許されない者が手にすることは出来ないいざ手にしようとすれば逆に命を落とすことになる。

「そういや、サカヅキは光属性を持っていただろ?奴に頼めばもしかすると呪いを解いてくれるかもしれんぞ」

「そうか、サカヅキに協力して貰えばヌルを救うことが出来る。いけるぞアハト!」

レオーネの満面の笑みに対してアハトは笑みの一つ浮かばない顔で深く考え込んでいた。

「サカヅキが快く応じてくれるとは思えない。まして、闇属性を手にしているギルスも私達の要求を呑むとも到底思えない」

「何故だアハト?ギルスはともかくヌルが生き永らえることはサカヅキの命令を果たすことにも繋がるだろう?」

「本来の被検体00(ヌル)ならこの程度のことで簡単に死ぬ奴では無い。もしこの状況を己の力で打開することが出来なければ、番号に相応しくないと判断し、ヌルは最終的に処分されるだろう。私としてはそれでも構わないがな。被検体00の代わりはいくらでもいる」

「本気で言ってるのかアハト…!彼女はお前を救ったんだぞ…!」

「救われたからには、それなりの恩を返すつもりだが被検体00として機能しなければ彼女に用は無い」

レオーネは勢いよく立ち上がるとアハトの胸倉を掴み、壁の方に強く押し当てる。

「君を信じた僕が馬鹿だった…!そこまで冷酷主義者になっていたとはな!」

「おいレオーネ…」

ゲンゾウが止めに入ろうとするがレオーネは蚊帳の外にいる者を無視し、アハトの首を強く押し当てる。だがそれに反してアハトはゆっくりと腕を持ち上げ、宥めるようにレオーネの腕を掴む。

「そう力むな。まだ他に方法が無いとは言ってない。これもかなりハードな方法だが、禁忌属性の一つである影属性をヌルに習得させるんだ」

「影属性?」

「ああ。影属性は他の二つの属性と異なり、神や悪魔に承諾されることによって得る属性ではない。儀式に召喚された影の力を決闘によって手にすることのできる属性だ。だが禁忌属性であるため、成功する確率はわずか2%だ。簡単な道では無いことは確かだが、このまま何もしなくても1年後に死ぬのであれば、この賭けに出るのも悪くないだろう」

アハトの言葉にレオーネは力を緩め、彼を徐々に解放する。

「影の儀式については聞いたことがある。たしかサカヅキの話によれば、時空の歪みから冥界に入り、そこで儀式を執り行うことが出来るらしい。だが問題はその場所だ」

「場所が明らかではないのか?」

ゲンゾウは片眉を上げ、レオーネに問いかけると彼は顎杖をついて深く考え込んだ。

「候補となっている場所は複数ある。そのうちの一つはこの地域からそう遠くない場所にあったはずだ」

「じゃあ早速その場所に向かおう。半年もすれば全ての箇所を回れるはずじゃ」

「いいや、場所の特定はレオーネ一人に行ってもらう。それからゲンゾウを含め、他の者達には中退してもらう」

「何故じゃアハト!他の者達だけでなくなぜわしまでこの任務から外す!?」

「二人も何となく勘づいているとは思うが、この任務に派遣されたほとんどの者が任務とは異なる動きをしている。ヌルの採血もその一つ。恐らく施設の中にもまだ残っているはずだ。ゲンさんには施設に戻った後裏切り者を炙り出してもらいたい」

アハトの言葉に二人が閉口し、唖然としてアハトをじっと見つめる。 

そのことにアハトは片眉を上げる。

「何だ二人とも。まさか気付いていなかったのか?」

その途端、レオーネとゲンゾウが同時に肩を落としてため息を吐く。そして次には二人一緒に腹を抱えて笑い出した。

「どおりでヌルにしつこく付き纏っていたわけだ。てっきりヌルのストーカーになったのかと思ったよ」

「流石のヌルも気味悪がっとったぞ?アハトの視線を常に感じるっていつも怯えながらココアを飲んで…」

「お前ら二人、私がヌルの側にいたことには気付いたくせに、裏切り者の存在には気付いていなかったのか…」

「側にいたんじゃなくて付き纏ってたんだろ?」

「はぁ…まあいい。とにかくドクターのことは私達が何とかする。ゲンさんは施設のことを頼む」

今後の方針が決まったところで、短時間の会議は終わりを迎えた。レオーネはヌルの看護のためアハトのテントに残ることになったため、ゲンゾウだけがテントの外に出ることになった。夕闇に覆われた外はちらちらと雪が降り始め、自分達の足跡を消し去ろうとしていた。

ゲンゾウは二、三歩足を進めた後、再び静止して振り返る。

「大きくなっても、中身はあの頃のまんまのようだの」

それだけを言い残してゲンゾウは自分のテントへと足を進めて行った。


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