2. 黒と白の闘諍
久々にサンプル採取もなければ訓練もない平和な1日を迎えたヌル。貴重な1日を楽しもうと集落を抜け出し、冬景色を楽しんでいる中、そこである光景を目にしてしまう…。
今日は昨日のような血液採取も無ければアハトとの訓練も無い。いつもと比べれば至って平和な1日になりそうだ。今日は一段と空が青々しく見える。
「ヌル、すまんがわしら鍛冶魔術師の手伝いをしてくれんか?」
「構いませんが、私には鍛冶魔術師としての経験が全くありませんよ?」
「お前さん炎が使えるんじゃろ?だったら未経験でも構わんよ。おもにわしの手伝いをしてくれれば良い」
「分かりました。何をすれば良いですか?」
「モデリガンの修理をしてる間、魔鉱石をお前さんの炎で熱しといてくれ」
魔術者には3種類ある。私やアハトのように魔術師と呼ばれている者達は主に攻撃系の魔術を使う魔術者を指す。次に怪我の回復を行う魔術者は回復魔術師と呼ばれており、ゲンさんのように武器の製作や修理を行う魔術者は鍛冶魔術師と呼ばれている。通常はそれぞれの魔術師によって魔術の発展の仕方が異なるため他の魔術師に干渉することは無いのだが、鍛冶魔術師は特定の属性、つまり炎や鉄の属性を持っていれば魔術師でも回復魔術師でも代役が可能であるため、こうして魔術師が鍛冶魔術師の手伝いをすることがある。
実際に鍛冶魔術師の手伝いをしたのは初めてなのだが、やはり誰もが出来ることでは無いのだと思い知らされる。鍛冶魔術師が作り出す道具や武器は魂の一部から創成したモデリガンに匹敵するほどの魔力と威力を持つ。そんな物は魔術者ならば簡単に作り出せそうな気がするが現実はそう甘くは無い。彼らが作り出す魔道具と呼ばれる物は対魔術者用に作られた物、つまり攻撃のプロである魔術師を殺すほどの複雑な魔術が練り込まれた物でないと役には立たない。そのような複雑な魔術は私達では簡単に創生することは出来ない。また彼らが作り出した物は衰えることなく永遠に残り続けるが私達が作り出す炎の化身は1日も持ちこたえることが出来ずに消え去ってしまう。これまで鍛冶魔術師のことを甘く見てきたが、どうやら私が愚かだったらしい。彼らの存在は偉大だ。彼らがいたからこそ私達魔術師や回復魔術師はこうして引き継がれてきたんだ。
作業から約2時間。太陽が最も天高くに昇った頃、ようやく一段落がついた。
「よし、ここで休憩にしよう。わしは道具を片付けて出るからお前さんは先に休憩しに行ってこい」
「はい。ではお先に失礼します」
頬を伝って首元まで流れ落ちた汗水を拭い、作業場の外へ出る。この地域では今が昼間でも最低気温を更新し続けているが、2時間近く炎を扱っていたせいか、凍える風がちょうど良く感じた。
「昼飯か…。けど今日は暇だし辺りを捜索しに行くか」
ついでに逃げ道を見つけたらラッキーだ。絶対にありえないが。
フカフカの白い布団が敷かれた草原が青空の下で永遠に続いている。外側を見れば冬の色に合わせて、木々達が枝や幹を白に染めて揺ら揺らと嬉しそうに揺れている。これが地上任務で無ければさぞかし最高の眺めだっただろう。
「シロさんにも見せたかったな…」
いや、見せるんだ。必ず助け出して今度は二人でここに戻って来る。そして新たな生活を始めるんだ。そのために私は今ここにいて、こうして生きている。
「…ん?」
ふと、視界の外で黒い影が動いた。敵襲か、あるいは黒魔術師なのだろうか。
「そろそろ戻るか…」
踵を返し、テントの方へ戻ろうとしたその瞬間、背筋をゾッとさせる何かを近くで感じた。「なんだ…この黒々しい魔力…」
これまで感じたことのない悍ましい魔力が一つの場所で膨れたかと思ったら一気に弾けたのを感じた。
恐らく魔力の持ち主は黒魔術師だ。間違いない。魔力の発生源もここから近い。丘の方角だ。
「待てよ…」
確か丘の向こうには小さな村があったはずだ。
悪魔は人が群がる場所を標的とする。
その瞬間、轟音が突風と共にヌルに襲いかかる。音も風も丘の方からだ。
このまま放っておけば何十人もの人が犠牲になる可能性がある。恐怖と不安が全てを支配し足を動かした。丘の方まで向かい、身を隠しながら黒魔術師がいると思われる地点が見える位置に目を向け、敵の動きを探る。
丘の下にあるのは古い教会とその前に男女が二人。女の方は容姿から判断して恐らくシスターだ。もう一人は教会の管理者だろうか。見たところ神父では無いようだ。それから彼らの前にもう一人…。
ヌルはそこにいた人物に目を丸くした。
「ッ…!アハト…!」
「あらあらどうしたの?魔術師といっても大したことないわね」
シスターの言葉にアハトは睨みを効かせる。だが相手を睨みつけるだけでそれ以上のことをしようとせず、ただ相手に降伏するかのように殺意を抑えて睨みを解く。
相手は既に悪魔を召喚し終えている。このまま彼らの魂が消えるまで持ち堪えればアハトの勝ちだが、この状況ではアハトが勝利を手にするなんて無理な話だ。
黒魔術によって召喚した悪魔が低級でも奴らの強さはアハトと同等かそれ以上だ。モデリガンを召喚せずに勝とうなんて笑止千万な話だ。ましてアハトならなおさらだ。なぜ反撃しようとしない。一体何を考えている。
訓練をして来たから分かる。この後どんな展開になるかを。
すると、二つの感情が私の中で葛藤を始めた。
一方はアハトを助けに行くべきという感情。もう一つはその場に留まれという感情。
この状況が続けばアハトは確実に殺される。救出に向かわなければ…。
いや、アハトが負けるわけが無い。きっと何かしらの策があるはずだ。それに私が行ったところで黒魔術師なんかに勝てるわけが無い。間違いなく私まで殺される羽目になる。そうだ、ここは応援を呼びに行った方が両者の生存確率が上がる確実な方法だ。 だが、もし間に合わなかったら…?
だけどアイツはこれまで私を苦しめ、痛めつけて来た男だ。助ける価値なんてない。代わりはいくらだっている。それに奴がいない方が逃亡出来る確率が何倍にも上がる。
丘の下で黒い光が灯った。敵の攻撃だ。
どうする…どうする…!
凍える風が、なぜか熱く感じた。白い雪が赤い炎へと変化していった。同時に死体が焼ける臭いが鼻をツンと刺す。そして視線をさらに下ろしていけば丘の下にいるアハトが、何故か親友を失い、全てを奪われて泣き叫んでいる"あの時の自分"に見えてしまった。
「さようなら魔術師さん。あなたの来世に神のご加護があらんことを…。黒魔術、死の黎光!」
シスターの悪魔が放った漆黒の光はアハトに向かって真っ直ぐと伸び、その魂に食らいつく。
死を悟った瞬間、隣から強く押し倒され、光が消えた後には重い何かが自分の上に覆い被さった。
瞼を開き、目の前にあるものに視線を向けると、真っ白な雪が徐々に真紅へと染まっているのが見えた。最初、何故こんなところに赤が混じっているのかが分からなかった。だが自分に覆い被さっている人物を見た瞬間、全てを悟った。
「ッ…ヌル…!」
アハトは瞬時に起き上がり、左腕を失ったヌルを膝の上で横にさせる。彼女の瞼は固く閉じられており、傷口からは滝の如く血液が今も流れ続けている。止血しなければ強化人間であろうと数分で息絶えてしまう。
「第四属性、万象創造」
ヌルの傷口に機械が構築され、傷口を覆い尽くすと装置の中で止血を行い始めた。
シスター達にはこれらの一部始終がどのように見えていたのだろうか。 彼女は口を大きく開けて二人を嘲るように腹を抱えて笑い始めた。
「アンタ馬鹿だねえ。そんな奴を助けて命犠牲にするんだから」
「犠牲になるのはお前達だ…!」
「は?随分と大声上げてくれるじゃないの。昔は一言も喋らなかったくせに今更声上げるなんて、さぞ神父様もあの世で喜んでいることでしょうよッ…!」
「ッ…!」
ヌルが握りしめていたワンドが突然白い光を放ちながら白鋼を構築し、徐々に形を変え始める。ようやくゼーレ・モデリガンが目覚めの時を迎えた。ゼーレ・ワンドは白い大剣へと生まれ変わり、彼女の右手に静かに置かれた。
黒魔術を喰らった者は、生命力を吸収する根を植えつけられ、衰退しながら死んでいく。近い将来自分が死ぬのは目に見えている。どんなに抗ってもこの運命からは逃れることは出来ないだろう。
だから命ある限り、誰かのために生きよう。誰かを守るために戦おう。今回のように、私が魔術師となった理由を自らの行動で証明するために。
新たなモデリガンを構え、剣先を女に向ける。女はまた嘲笑った。
「フッ、そんな身体で何が…」
「基礎魔術、開闢の神槍…!!」
青い槍がモデリガンから放たれ、ヌルから放たれた白日光は女と悪魔の心臓を撃ち抜いた。




