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1.地上任務

※ルクシオンの継承者の0章をまだ読んでいない方はネタバレを含みますので本編を先に読むことをお勧めします



被検体00、通称ヌルの隠された2年間の地上任務。

師であるアハト共に久々の地上に出たのだが、かつての仲間や家族がいない世界にヌルは肩を落とす。任務内容は強化手術の成果を発揮するための試練を受けると聞いていたが、実際に行われたことは常軌を逸していて…。

施設の外へ出て地上任務が開始してから約半年。任務当初は久々に外の世界に出ることが出来て正直嬉しかった部分もあった。その反面逃げる算段を考えたりしもしたが、アハトの目からは何があっても逃れられないと判断し、断念。そもそもシロさんを置いて逃げるわけにはいかない。

地上任務の目的は1年を通して行われた強化手術の成果を発揮するため。つまり手術後の性能チェックが主な目的となっている。この目的を聞いて誰もが思い浮かべるチェックの方法は、恐らく魔術者の討伐だろう。だが、私に課せられた任務はそんなアクションミッションでは無かった。

「血液抽出開始からまもなく10時間が経過致します」

「そうか。なら今日はここまでだな」

しわがれた声に従い、彼の部下は手足についた装置を徐々に取り外した。私は台の上から落ちるように降りて、用意されたバケツに反吐を吐く。身体中の血液が吸い取られた後は低血圧を起こしていつもこうなる。これを2日に一回行う。本当に地獄でしかない。

「ドクター、ヌルのサンプルデータが出ました」

「結果は?」

「これまで投与された毒は全て分解されています」

その言葉にドクターは笑った。自分の思い通りに物事が進んでいることが余程面白いのだろう。ドクターと呼ばれるこの男の正体は私達が所属する組織、デミウルゴスの被検体の生みの親だ。つまり、この男がいることによってデミウルゴスは高い戦力と技術力を兼ね備えている。

復讐を遂げる際はこの男もターゲットの一人だ。必ずこの手でコイツの命を抹消する。


地上任務のメインは魔術による戦闘ではない。強化手術の延長を外で行っているだけだ。


こんなことをしてる場合ではない。早く力を手に入れてギルスへの復讐を果たさなければ。

「そこにいたのか、ヌル」

突如後方から聞こえた声にヌルは動きを止め、恐る恐る振り返る。すると視線の先には気配を影に溶け込ませた一人の男が自分を見下ろして静かに立っていた。

「アハト…様…」

「その様子を見る限り今日の任務は終わったようだな」

「…はい。なので今日はもう休ませて頂きます」

そう言ってその場から逃れようとするが、師は弟子の逃亡を逃そうとはしなかった。

「待て、今日は何のサンプルを採られた?」

「血液ですが…」

「またか。はぁ…ドクターの奴、貴様の血液に固執し過ぎだな」

「理由については存じ上げないので詳しいことは本人に聞いて下さい。私はゲンゾウ・トウゲンの元へ行きます」

「ここ最近ずっとゲンゾウの元を通っているようだが、行った先でお前達は一体何をしているんだ?」

「話を聞いてもらっているだけです…」

「師である私には言えない二人だけの隠し話か?」

しくじったな。二つ前の発言のところで会話を終わらせる常套句を言うべきだった。ただでさえ立っているだけでもキツイのに、これ以上話を伸ばされたら気を失いそうだ。おまけに真冬の寒さは、弱り果てた身体に効果抜群だ。既に手足の感覚が無い。口も上手く開かなくなってきた。対してアハトは私の返答を待ち続けている。

「っ…あの…」

「ヌル!そんなところで何しとる?」

別方向から聞こえた新たな声にアハトとヌルは同じ方向に目を向けた。すると防寒着をフルに着込んだ一人の老人が、やや眉間に皺を寄せてヌルの方へ近づく。

「顔が真っ青じゃないか!しかもこんなに震えて…!アハト、貴様コイツの師なら少しは弟子を気遣ってやらんか」

「強化人間ならこの程度の寒さで死んだりはしない」

「死ななければどうなってもいいという話ではない!全く貴様という奴は…」

ゲンゾウは自分が羽織っていた上着をヌルの方へ被せると、彼女を支えながらアハトから引き離す。アハトはゲンゾウに支えられたヌルに一瞥を与えると、それ以上何も言うことなく二人に背を向けてその場を去って行った。

そのことにゲンゾウは大きな溜息を吐く。


どの場所にでも自分を支えてくれる人が必ず一人は存在する。ゲンゾウ・トウゲンはその一人だった。任務後に彼のテントにお邪魔するようになったのは数ヶ月前のことだ。帰り道の途中に倒れていた私を偶然見つけ、そのままテントに連れ帰ったのがゲンさんとの出会いだった。ゲンさんは他の者達とは異なり、私のように外から来た人間のことをよく理解してくれるおじいちゃんのような存在だ。だからゲンさんと話す時間は心が穏やかになる。

テントに戻るとゲンさんは私のために小型暖炉に火をつけ、暖かいココアを淹れてくれた。

「やれやれ、アハトにも困ったもんじゃな。お前さんのこと無視して、自己満足のために話を進めようとしよって」

「先程は本当にありがとうございました」

「なあに、当然のことをしただけじゃよ。それより体調の方は大丈夫か?」

「まだ眩暈がしますが暫くすれば、治ると思います。それよりゲンさん、私のワンドはいつ頃モデリガンに進化すると思いますか?」

魔術者はゼーレ・ワンドという杖を用いて魔術を生み出す。そして魔術者が一人前となった時、ワンドはゼーレ・モデリガンという道具、もしくは武器へと進化する。モデリガンの形は人それぞれだ。私のワンドがどんなモデリガンになるかはその時にならなければ分からない。

「お前さん、ワンドを手にしてからもう一年が経つじゃろ?」

「はい。アハト様はもうモデリガンを手にして良い時期と言っていましたが、その気配が全くなくて…」

「焦らなくても良い。お前さんのワンドは必ず立派なモデリガンへと進化する。わしはそう信じとる。だから今お前さんがすべきことは自分自身を信じることじゃ。ワンドはお前さんの魂の一部から出来とる。つまり、ワンドとはもう一人の自分じゃ。お前さんがお前さん自身を信じてやらなければ、ワンドは決して応えてくれん」

「だと良いんですけど…」

「いずれ時がくる。そう心配しなさんな。それよりお前さん今日も泊まっていくかい?」

「いいえ。今日はこれでお暇させて頂きます。アハト様の目も怖いですし、これ以上ゲンさんに迷惑をかける訳にもいきませんからね」

「わしはお前さんのことを迷惑とは思っとらんが、お前さんがそう言うのなら今日はこれでお開きとしようかの」

「はい、ココアご馳走様でした。ではおやすみなさい」

「ああ、ゆっくり休むんじゃぞ」

私はゲンさんに別れを告げ、テントを出ると真冬の夜空を背景にそのまま自分のテントへと向かっていった。

「イタッ…!」

突如正面からの衝撃に耐えきれず、力の向きに従ってフカフカの雪の上に尻餅をつく。

「すまない怪我は無かったか?…て、ヌルじゃないか!こんなところで何してる?」

声の主は夜空の青を溶かした髪色に二つの満月を瞳にはめた一人の男性だった。顔は目にしたことがある。確か地上任務の責任者の一人だ。

男はヌルの方に手を伸ばし、彼女を引き上げる。

「自分のテントに戻る途中でして…。ぶつかってすみません。前をよく見ていなかったもので」

「気にすることないよ。それより今は一人かい?アハトはどうした?」

「就寝時間が近いので、師なら自分のテントに戻っていると思いますよ」

「そうか。わざわざ教えてくれてありがとう」

「いいえ」

「くれぐれも足元には気をつけて帰りなさい。雪に慣れてないとすぐに足を滑らせてしまうからね」

「はい、では失礼します」

白い雪の中を一人歩いていくヌルの姿をレオーネ・コンバルトは静かに見送る。その後ろ姿が誰かに似ていたのか、コンバルトはヌルの背中を見て小さな笑みを浮かべた。

「こんな夜遅くに一人で散歩か?レオーネ」

先程まで存在していなかった人物が後方からレオーネに問いかける。だがそのことを見通していた回答者は驚きを見せることなく、平然と答える。

「ああ、今日は夜空がとても綺麗だからね。それより君も散歩とは随分と珍しいじゃないか」

「ここの夜空は、他に勝って一段と星が綺麗に見えるからな。出られずにはいられなかった」

「なるほど、それは良いことを聞いたな。ところで調査の方はどうだった?黒魔術師はこの地域にもいたか?」

「今のところ確認は出来ていない。だが奴らの居場所なら心当たりがある。明日その場所に行ってみるつもりだがその間、ヌルの面倒はお前に任せる」

「一人で行く気かい?」

「ああ。なにせ奴らは私にしか顔を見せないようだからな。全く面倒だ」


その言葉にレオーネは目を細める。この地上任務は強化手術の成果を確認するだけが目的では無い。ワンド無しに悪魔と契約を結んだ黒魔術師の討伐も任務の一つに含まれている。どうやら今回の相手は一筋縄では行きそうに無い相手らしい。それは長年彼と一緒にいるから分かる。この星空の中に隠された一等星。恐らく輝いて見えるのはアハトだけに違いない。


予定していたルクシオンの継承者の番外編です。0章を既に読んでいる方はヌルがこの後どのような人生を歩むのか予想が出来ていると思いますが、この番外編を読むことでこれまでと少し見方が変わってくると思います。 

もし良ければ番外編も是非読んでみて下さい!

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