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7.再会と婚約

 私はデニス叔父様の養女にしてもらえた。バーナー子爵家はのどかな土地で辛いことから逃げるようにここに来た私にはとても居心地がいい。祖父母も叔父家族も私に優しくしてくれる。デニス叔父様には私が嫁ぐことで役に立つ縁談があればお願いしますと伝えたが笑い飛ばされた。

 私は感謝を伝え今は領地内の慈善活動の手伝いをさせてもらっている。領地経営で手伝いができればとも思ったが、それぞれの家のやり方もあるし私は養女にしてもらったとはいえ部外者だ。でしゃばらないことにした。

 穏やかな日々のおかげで私はすっかり元気になった。ある日デニス叔父様に執務室に呼ばれた。


「ブランカ。頼みがある。我が家のためになる縁談がブランカに来ている。どうか受けてくれないか?」


 デニス叔父様はニコニコと上機嫌だ。もちろん私に否やはない。叔父様が選んだ人なら酷い人ではないと信じている。


「はい。お受けします」


 デニス叔父様は途端に眉尻を下げた。不思議に思い首を傾げる。


「そう言ってくれるのは信頼してくれている証拠で嬉しいが、せめて相手くらい確認して欲しいな」

「ふふ。そうですね。ではどなたなのですか?」

「きっと驚くよ。申し込んできたのはブラウアー公爵子息ユリウス様だ」

「えっ?!」

「いずれブランカには幸せな結婚をして欲しいと思っていたが、相応しい男が見つからなかった。ユリウス様なら大丈夫だろう。悪い噂どころかいい話しか聞かない。家格差があることで苦労するかもしれないが、ブランカならやっていけると思う。それでも、もし無理だと思うなら取りやめることはできる。私たちに迷惑をかけることを気にせず、自分の心で決めなさい」

「……はい」


 最後にユリウス様に会ったのは植物園だ。私たちはそんな仲だっただろうか? 最初はユリウス様を私が慰めた。次の時は項垂れる私をユリウス様が励ましてくれた。回数を重ねると特に話をせずにただ座って過ごしていた。言葉はなくとも気まずくならなかった。むしろ無言の時間は穏やかで心地よかった。ユリウス様に悪い感情を抱くことはなかった。

 

 元伯爵令嬢で現子爵令嬢の私が公爵家に嫁ぐのは正直荷が重い。社交界からも逃げるように遠ざかってしまった。どんな顔をして戻ればいいのか。それにユリウス様は本当に私でいいのだろうか? ユリウス様は身分も容貌も能力も秀でている。きっと釣書が殺到している。もっと若い女性だって選べる。それを断って私を選ぶなんて正気なのか。


「もちろん正気だし、本気だよ」

「はあ……」


 翌日挨拶に来たユリウス様に直接問うと彼はカラカラと笑う。私はまだ半信半疑で間抜けな返事しかできない。


「私はなかなかいい物件だと思うのだが? 仕事もできるし何しろ次期ブラウアー公爵家当主だ」

「私にとって次期公爵様というのはウイークポイントなのですが」

「ははは。ブランカ嬢はそう言うと思ったよ。でもそれだと借りを返せないな」

「やはり借りを返すつもりで婚約を申し出たのですね」


 私はあえてかしこまらずに返事をした。でも借りを返すためとは義理堅すぎる。それもユリウス様らしいと納得してしまった。ところがすぐに否定されてしまった。


「まさか! 違うよ。私はブランカ嬢の優しさに救われた。これからの人生を共に過ごす相手はあなたがいいと思ったんだ」


 柔らかな表情と優しい声が私を包み込む。言葉に真剣さを感じる。


(ああ、本気で言っているのね)


「私は冷たい女だと振られた経験があります。ユリウス様にはその本性を隠していました。それでもいいのですか?」

「冷たい? そうは思わないけどなあ。それなら申し訳ないが私も本性を隠していた。女性に冷たい男だとなじられたことがある。ガッカリしたかい?」


 ユリウス様はおどけるように肩を竦めた。


「いいえ……」


 私は首をゆっくりと横に振る。そして背筋を伸ばしまっすぐにユリウス様を見た。


「本当に私でいいのですか?」

「あなたがいい。ブランカ嬢。どうか私と結婚してください。不甲斐ない男ではあるが全身全霊であなたを守る。でも無理強いしたいわけじゃない。たとえ断っても子爵家にもあなたにも不利益になる行動はとらないと約束する。だから私との結婚を考えて欲しい」


 一瞬だけ私の瞼にエーリクの笑みが浮かび、そして消えた。ユリウス様は身分的にこの婚約を強制できる力がある。それでも断る選択肢をくれた。私にもう、迷いはない。


「はい。お受けします。よろしくお願いします」

「えっ? 考える時間は必要だろう? 今すぐに返事をしなくてもいいのだが」

「今お返事をしては駄目でしたか? 私、ユリウス様となら良い関係を築いていけると思ったのです」

「そうか」

 

 ユリウス様は少し頬を赤くした。私は穏やかな気持ちで彼の顔を見つめた。

 ユリウス様は数日ほどバーナー子爵家に宿泊し叔父家族と交流を深めた。公爵子息であることを鼻にかけず気さくに会話をする。家族で囲む食事の輪にすっかりと溶け込んでいた。その様子に彼の人柄がよくわかる。


 デニス叔父様と目が合うと優しい表情で私に小さく頷いた。この婚約を家のためといったのはただの建前で私の幸せを願ってくれている。バーナー子爵家はブラウアー公爵家の後ろ盾を必要としていない。それだけの盤石な財力がある。もっともせっかくだから公爵家と繋がりがあってもまあいいか、くらいには思っているだろう。

 私も感謝を込めて小さく頷いた。

 ユリウス様が王都に戻った後、私はすぐに荷物をまとめた。ブラウアー公爵家に嫁ぐための勉強をするために公爵家に移動するのだ。結婚式にはみんなが王都に来てくれると約束してくれた。今から楽しみだ。


「ところでデニス叔父様。ユリウス様からの婚約の申し込みはいつ来たのですか?」

「ブランカが領地に来てすぐだ」

「えっ? そんなに早くから……」


 ニヤリと口角を上げたデニス叔父様に私は両手を上げ降参のポーズを取った。私が受け入れるだけの心の状態になるまでユリウス様を待たせていたようだ。叔父様には一生敵わない。


「もうブランカの心は前を向ける。そうだろう?」

「はい。大丈夫です」


 私は叔父様に深く頭を下げた。叔父様は私の背中を優しくポンポンと叩くと顔を上げさせる。お母様によく似ているデニス叔父様が微笑むと、お母様も微笑んでいるような気がした。


「ブランカ。幸せにおなり。私は姉さんにブランカを守ると約束していた。その約束を守っただけだ。姉さんが喜ぶ顔が浮かぶよ」

「はい!」


 私がお母様と過ごした懐かしいアルホフ伯爵家に戻ることは二度とない。でもそれを寂しいと思わない。だって私の故郷はバーナー子爵家とその家族たち。そしてお母様の心もきっとここにいる。それを知っているから――――。





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