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氷の貴婦人  作者:
第一章 最初から破綻した結婚
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毛虫とゴキブリ

 ミステリアスな魅力を放つソフィは、男達の注目の的だった。

 夫のアトレーとは会話どころか、向かい合う事さえなく、彼が誰と何をしていようと無関心な様子だ。

   

 だが、他の男とはごく普通に話し、そつなく振る舞い、ダンスにも応じてくれる。彼女の立ち居振る舞い、その全てが独特の魅力にあふれている。しかし態度は誰に対しても一定で、どこか上の空なところがあり、掴みところがない。それがまたもどかしく、惹かれる。


 社交界に積極的に出ては来ないので、たまに現れると、周りを取り囲む勢いで男達が群がった。

 そんな時、アトレーは怒りを抑えたような顔つきで、遠くからその様子を見ている。とは言え、彼自身も女性からのお誘いが多いので、ポツンとしていることは無い。

 ただ、ソフィと二人になることが無いだけなのだ。


 王太子殿下も、久しぶりにソフィと踊った。


「最近はアトレーとはどうですか?仲良くしていますか?」

「いいえ」


 ソフィは、特に何の感情も含めずにそう言う。


「それは、残念です。お子さんは二歳になって、かわいい盛りでしょう。アトレーにそっくりですね。先日会わせてもらいましたよ」


「まあ、そうなんですか? 見ていませんから知りませんが、それはよかったですわね」


 継ぐ言葉が無かった。王太子として、どんな会話でも拾って続けることが出来るよう鍛えられていたが、これには降参した。


 踊り終わって、ローラ妃の元に戻り、先ほどの会話を伝えた。


「やはり、アトレーの事が心底嫌なのね。自分が産んだ子供さえ拒絶するってよっぽどよ。絶対、アトレーが何かしたのだわ」


 サイラスは自分が叱られているような気分になった。

 しかし、そう考えるのが妥当なことはわかっていた。何をしたのか聞いても、アトレー本人も本当にわからないようだ。


 一応後継ぎが産まれているので、このままの状態を継続してもいいが、離婚も視野に入れたほうがいい状況といえる。


 ソフィはすぐに離婚に応じるだろう。つまり捨てられるのはアトレーの方だ。

 いまだに離婚の話が出ないのは、ソフィにそれだけの気力が無いだけよ、と妃は言っていた。きっとそれは正解だ。


 お互いに横を向いて立っているアトレー夫妻を見て、サイラスも気分が落ち込んだ。



 その後のある日、サイラスがソフィの兄のグレッグに、最近の二人の様子を聞いた。グレッグはアトレーの友人で、時々アトレーに会いに家を訪ねている。


「相変わらず別々に暮らしていますよ。家庭内別居というのでしょうか。アトレーは時々声を掛けているようですが、妹は全く取り合っていない様子です」


「この間の夜会で、僕が二人で踊るよういったら、途中でソフィ夫人が口をハンカチで押さえて抜けていったよね。本当に吐くのだね。悪いことをしてしまった」


 王太子妃のローラが唐突に、嫌いな虫は何かと聞いた。


 サイラスは、毛虫と答え、身を震わせた。

 グレッグはゴキブリだった。


「では、その虫と密着して一曲踊る様子を想像してみて」


 サイラスは想像した途端に指先がゾワゾワして、首筋に嫌な感覚が走った。


「それが、ソフィ夫人がアトレーに対する時の気分よ。わかったら余計なことをしないで」


 すぐに、わかった、悪かったと反省の言葉を述べてから、どうしてそこまで嫌うのか何か聞いてないのか、とグレッグに尋ねた。

 アトレーといえば、見目麗しく女性の憧れの的だ。どうにも毛虫と結び付かない。


 グレッグはソフィに理由を尋ねたが、何も言ってくれないのだと話した。


「先日、できれば離婚したいのだけど、理由がなくて困っているので、アトレー側から言い出すよう説得して欲しいと頼まれたのです。兄としては、理由はわからないながら、そんなに嫌なら自分が先々の面倒を見るから離婚して帰って来いと言っておきました」


 サイラスが驚いて聞いた。

「それで、離婚の話し合いは進んでいるのかい?」


「いいえ。それでアトレーに打診してみたのですが、すごい勢いで怒られましたよ。あいつは離婚なんて考えてもいませんね」

 そう話すと、ローラがため息をついた。


「理由はどうあれ、相手が毛虫なら横に立つのも苦痛よね。アトレーも諦めが悪いわ」


 そういえば、夜会で距離を開けて背中合わせに立つ二人を見かけた。毛虫なら、ゴキブリなら、俺だってそうする。


 二人はソフィにとってのアトレーが、それだということを心底理解した。




 そのままの状態でまた一年が経ち、子供の三歳の洗礼式の日がやって来た。

 子供たちは白いケープを着て白い靴を履く。そして教会で洗礼を受ける。

 皇都では、この日は神父様と国王、王太子が出席し、三歳になった子供たちに祝福を与え、祝うのだ。


 今年は、ソフィの姉のマーシャが自分の息子を連れて来ていた。ソフィの少し前に出産したので今年が洗礼の年だった。

 自分の息子にも、皇都の教会で洗礼式を受けさせたいと、夫の両親を引き連れてランス伯爵邸に泊まっていた。


 グレッグはマーシャとあまり仲が良くないので、ゲート伯爵家に避難して来ている。


「おはよう。ソフィ。支度は整った?」


「私は終わったわ。他の人達はまだかしらね」


「キースは三歳になって天使のように可愛くなったけど、やはり何の感情もわかない?」


「ええ、少しも繋がりを感じられないの。例えば友人の子供に対して感じる程度のものも無いわ。

 ただアトレーの子供だとは思うの。もっと似てきたら吐き気が起こりそうで不安だわ」


「そりゃあ笑えないね」


 みんなが不幸だ、これはそろそろ何とかしないといけないとグレッグは思った。

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― 新着の感想 ―
ローラさんが何が起こったのかは知らずとも、正確にソフィの心情を理解してくれているところがよかった。 味方がいてくれて安心しました。
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