その後のある日・ダンスの合同練習初日
その後のキース達の様子を追加でアップします。楽しそうにやっています。
学園のダンス講習を担当しているエダム氏は、ワクワクしていた。
明日は毎年恒例の女学院との合同ダンス練習日なのだ。
毎年この日が近付くと胃が痛くなるのだが、今年は違う。自信をもって、我が学園の生徒たちを、女学院の生徒の前に出せる。
例年、男子生徒の仕上がりの悪さに、女子生徒たちは顔をしかめ、エダム氏は、向こうの担当教員のサリー女史から、冷たい嫌味を頂戴するのだった。
とにかく、パートナーの足を踏むな、それだけは避けろと前日に言い聞かせる。そのせいで、初日の男子生徒たちのダンスは、まるでへっぴり腰のサルだ。
それでも、足を踏まれた女子生徒たちの悲鳴と、非難の声を浴びるよりはましなのだ。全部で4回の合同授業は、毎年そんな風に始まる。
十四歳の少年たちが、ダンスに興味を持てないのも仕方がない。だが十六歳の社交デビュー直前に習い始めたら、デビューの夜会で恥をかくことになりかねないため、四年生から毎年ダンスの講習を行い、体に叩き込む。
しかし、彼らに大人達のその思いは伝わらず、かなりいい加減な態度で練習に臨む。そして、合同練習で女子生徒たちに完膚なきまでにののしられ、やっと五年生で本気を出すのだった。
だが今年は違う。目を覆わんばかりのひどいダンスを披露していた、我が愛すべきサル共が、驚くべき進化をとげた。
それは、ジョン王太子とキース・ゲート、マックス・ハリルがこの学年に居るおかげなのだ。授業の初めは大抵、ふざけるか嫌がるかのどちらかなのに、三人は全く真剣だった。
ジョン王太子は王族の教育として習得済みなので別枠だ。だが、キースとマックスの熱心さには驚いた。二人共運動神経もリズム感も良く、熱心に練習するので、すぐに平均レベルに達し、その後どんどん新しいステップや難しい曲を習得していった。
そうやって引っ張る人間がいるせいで、他の者達もつられて目覚ましく練習が進み、合同練習日の前日には、一応全員が平均以上に仕上がったのだ。
今年は例年の注意事項を言わずに、別の言葉を叫んだ。
「もしパートナーが足を踏んでも、絶対に声を上げるな。リードがうまくできなくて済まないと謝れ。紳士としてふるまえ」
今年の四年生はサルではない。紳士予備軍なのだ。そう思うと、瞼の裏がジンワリ熱くなるのを抑える事が出来なかった。
初日の午後二時に女学院から生徒たちがやって来た。いつもは男ばかりの学園に、女性がやって来る。それだけで、学園中がそわそわとし、華やぐ。
だが、5年生以上は、講習会がどんな様子か知っているので、昼食で四年生に会うと、憐みを含んだ目で彼らを見た。毎年上級生が、真面目にダンスの練習をしろと忠告するが、毎年四年生はそれを聞き流すのだ。
「よう、ハッピー。今日は合同練習だろ。調子はどうだ?」
上級生達がそう聞くと、キースが自信満々に言った。
「みんなすごく上手になって、先生も大喜びしていますよ。今日は紳士として振る舞えと忠告されました。足を踏まれても文句を言わないことって」
「え、絶対に足だけは踏むな、じゃないのか?」
声を掛けた上級生達は、後で少し覗きに行こうと決めた。
ダンス講習会の会場には、女子生徒がずらっと横一列に並んでいる。
その反対側に男子生徒が並ぶ。女子生徒の数は男子生徒に比べると少ないため、数人が女子側に移動した。ジョン、キース、マックスの三人だ。
彼らは男性パートを完璧に習得しているため、練習時に女子側の役を務めることが多くなっていた。そのため、女性パートもほぼ完璧に近く踊れる。だから、今回は女性側に回ることになった。
例年は、特にダンスが苦手な生徒を女性側に回し、被害を減らそうとしていたが、今年に限りそんな姑息な手段は不要だ。
横に並んだ女子生徒達は、そわそわと横目で彼らを見ながら、残念そうな顔をしている。
音楽の序章が鳴り始め、まずはパートナーに手を差し伸べるところから練習が始まった。各々、自分の前に並ぶ女子生徒に手を伸ばし、相手が手を重ねるのを待つ。
エダム氏の向かい側に立つサリー女史が目をみはっている。
男子生徒の立ち姿と態度が去年までとは段違いだった。にっこりと微笑み、礼儀正しく、忍耐強く女子生徒を待っている。
そしてダンスが始まった。
サリー女史が思わずという様子で声を出した。
「まあ、まともに踊っている」
サリー女史は驚いて会場の反対側に立つエダム氏の方を見た。
彼は余裕で微笑み返した。
いつもはダンス会場を走り回って忠告や叱責、仲裁をしていたが、今日は一人一人の様子を確認し、手に持ったボードにアドバイスを書き込んだ。
エダム氏は、全体を見回しているうちに、非常にきれいに踊っているカップルに目が留まった。男子生徒同士で踊る三組が、ずば抜けてうまい。
それは女性パートを踊る男子生徒が特別にうまいせいだった。そして非常に魅力的だ。彼らがいるだけでこの学年がこんなに変わるんだと、エダム氏は感心した。
練習の終わりにサリー女史がエダム氏の元にやって来た。
「今年の男子生徒たちは非常に立派でした。女子生徒の方が練習不足気味で申し訳ございません。ステップを間違えて女子生徒が足を踏んだ時も、男子生徒が文句も言わずにスマートに対応してくださって、私、去年までの態度を恥じております」
「いいえ、お気になさらず。去年までは本当にひどかったのですから。今年は学年のリーダー格の三人がダンスに熱心だったおかげです。これを本校の伝統に変えないといけませんね」
そう穏やかに答えながら、今日は祝杯を挙げるぞと心に決めた。心底うれしかった。
エダム氏は知らなかったが、この快挙の原因は三人が熱心だっただけではなかった。
ソフィに魅せられた面々は、キース達がソフィと踊るために練習すると言うので、自分もと張り切った。
また、アトレーとソフィの初めてのダンスの様子を親から聞いて、ダンスは大切だと思った者達も結構いた。なにせ、母がうっとりしている。容姿は無理としても、技術は磨ける。
この状況は、会場の入り口の隙間から中を覗いていた上級生たちをもやる気にさせた。下級生に負けるのは嫌だ。その一言だ。
エダム氏に関係ないところで、彼にとって、とても幸せな道が作られ始めていた。




