完結 ふたりのダンス
最終回は、少し長いです。
事件の話は瞬く間に社交界中に広がった。
元々、ミール侯爵の評判は最低だ。
その男が嫡男の不幸で、特別に都内へ踏み入れることを許されたその期間に、とんでもない不埒な事件を起こした。
貴族界の中でもトップクラスに目立つ人々に対し、誘拐・監禁・脅迫を行ったというのだ。大騒ぎにならないわけがない。
誘拐監禁されたのは、キースとマックス。この国一番の美少年二人に手を出そうとしたことで、女性達が激怒した。
更に、キースを餌にソフィ夫人を脅迫したことで、男達の殺意が爆発した。
余りに抗議と極刑を求める意見書が多いため、王宮側がそれを抑えに回る始末だった。
大騒ぎが下火になった頃、彼らの処罰が決定した。
ミール侯爵家は断絶、領地とそれに関わる財産は王家が没収。ミール侯爵は爵位を剥奪され、平民として国から追放。
決定後、すぐに決行され、二人は国外に追放された。
個人保有の財産に関しては、ミール侯爵の判断に任せることになっていた。
彼らの主張が、マックスを後継者に迎えようと説得しただけで、キースのことは単なる手違いだと言っていること、誘拐が未遂だったことからの減刑だった。
結局、その財産を娘や孫達に分けることも無く、全部持って行ったと噂されている。
追放後の二人の動向については、しばらくは諜報員による追跡調査が行われる。
全てが片付き、貴族界がやっと落ち着いた頃、また新しい事件が持ち上がった。
ただし、今度の事件は未然に防がれ、事なきを得た。
隣国のバレドが、わが国に対して密かに陰謀を企てていたのだった。
具体的には、両国の国境の領地に対し、婚姻を介した乗っ取りが企てられた。
対象の二つの伯爵家に、巧妙に素性を捏造したバレドの女性を潜り込ませ、当主を籠絡していた。
気が付かずにいれば、そのまま2つの広大な領地が、バレドに寝返る所だった。
勘の良いグレッグが、運の良い事に変化を察知した。
フットワークが軽く、顔の広い彼には、色々な立場の人間から話が入ってくる。
それこそ高官、教会、街の商人まで雑多な人物から。それらの他愛のない話から、異変の輪郭が浮かび上がってきたのだ。
グレッグと一緒に阻止に動いたのはアトレーだった。
彼の人たらしの能力が大きく貢献した。
バレドに籠絡されていた、二つの領地の領主を正気に戻し、国への忠誠心を取り戻させたのだった。
アトレーいわく、必死に説得したら、わかってくれたそうだ。
もちろん、疑惑が持ち上がった時点で、王へ報告が挙げられ、対策が練られた。最悪の場合として、二つの伯爵家領地への、軍事行動も準備されていた。
それを、実害が発生する前に転向させられたのには、領地の有力者達がアトレーに付いたからだった。
商人ギルド、傭兵団、城の騎士団が目の曇った領主を取り囲んだ。
また、グレッグの推測だが、領主に取り入っていた女たちが、アトレーより見劣りがしたのも大きいのでは、と考えている。
これは公式文書には載せられないが、会議出席者は皆同意見だった。
害が発生する前だったこともあり、二つの伯爵家への咎めは、軽いもので済んだ。
かくして、一歩間違えれば領土が削られ、隣国との戦争に発展する事態を未然に防いだ二人に対し、褒賞として侯爵位が与えられた。
皮肉なことに、先に没収したミール侯爵領が、彼らに分割して与えられた。
この功労を称える祝賀パーティーに、キースとマックスも、功労者の身内として出席していた。
父はビシッとしたスーツ姿で、とても立派に見えた。美しくておまけに威厳があるので、近寄りにくかった。
だがキースは気にせず父に飛びついていく。ああ、綺麗な親子だなと見とれていたら、父に手招きされた。
「マックス。辛い思いをしたね。しばらくこの国を離れて、僕と一緒にレグノで生活するのはどうだい」
気遣わしげに、僕を見つめる父の目が、とても優しいのに、初めて気が付いた。
マックスはドキッとしてうろたえた。そのタイミングでキースに引っ張られ、そのまま父の胸に倒れ込んでしまった。
父に抱き締められるのは初めてかもしれない。
しばらくしてからマックスは父に告げた。
「学園で勉強したいです。馬術もうまくなりたいし、もうすぐフェンシングの授業が始まるんです。
それに次の体育祭はウエストに勝たないといけないし。あ、それからダンスの授業も始まるんだった」
キースがマックスを引っ張った。
「リベンジするのはこっちだよ。馬術大会、今度は僕がもらう」
そう言ってから、キースが父に尋ねた。
「男子校で男子しかいないのに、どうやってダンスを練習するんでしょうか?」
「はじめは男同士で練習するんだよ。少しうまくなった頃から、女子校との合同授業が始まる。だから必死でステップを覚えろよ。恥かくぞ」
女子校との合同授業!
父が笑いながら、来年の体育祭は何とかこっちに来るよ。応援させてもらう、と言った。
今回はグレッグ伯父さんの子供達も来ていたので、紹介してもらう事が出来た。
基本的に大人だけのパーティーなので、キースとマックス以外の子供は、グレッグ伯父さんの子供二人と、王太子と王女だけだった。
グレッグ伯父さんの子供は、十一歳のポールと九歳のジェインで、とても楽しい子達だ。二人ともすぐに打ち解け、一緒にパーティー会場を回った。
ジョン王太子とリデル王女が近寄ってくるのを見て、ジェインはキースの袖を離し、ジョンに見惚れている。
「お兄様、さすが王族ですね。素敵だわ」
マックスは、ホッとした。遠目でもリデル王女の目が怖いのが分かったからだ。
鈍感キースは、やった、ジョンにも苦労してもらうぞ、と喜んでいる。
ジョンが僕の前に立った。
「おめでとう、マックス。念願の侯爵位を手に入れたね。将来は君にも、外国での仕事を頼むとしようかな」
その言葉にキースがうらやましそうな声を出した。
「いいなあ、マックス。君はもう将来の仕事が決まったね」
それを聞いて、マックスはちょっと意地の悪い気分になった。
「うらやましいか?僕だけ侯爵になってしまって悪いね」
「え、それはどうでもいいよ。爵位が上がると、義務やら責務やらも重くなるだろ。僕は伯爵で十分だよ」
ぐっと詰まった。そう言われたらそうかもしれない? さっきまでの、勝った気分が急速にしぼんでいく。
「僕、やっぱりキースが嫌いだ」
「なんでだよ。唐突に嫌うなよ」
ジョンが笑いながらキースの肩に手を掛けた。
「キースは、妹をもらってくれるだけでいいよ」
「もう、そういう冗談はいいよ」
鈍感キースは、やっぱり鈍感キースだった。
その時、会場の入り口がざわついた。
そちらを見ると、ソフィ叔母さんとニコラス叔父さんが会場に入って来た。
ああ、素敵だ。
ああ、素敵だ。
その言葉だけが、マックスの頭の中でリピートしている。あの日から、一日に何回か、ソフィ叔母さんの事を思い出す。彼女が心のどこかに住み着いてしまったようだ。
すぐ横でキースが喜んでいた。彼にとっては母だから、こんな気分にはならないのだろう。やっぱり彼はハッピーだ。やっぱり嫌いかもしれない。
ソフィ叔母さんは、たくさんの人に挨拶しながら、引き留められながら、少しずつこちらに向かって来る。
マックスの心臓のビートは、すごく激しくなっている。
そして目の前で彼女が立ち止まった。
「今晩は、マックス」
そう言って、また無造作に僕を抱き寄せた。温かくて柔らかくて、うっとりする。
困ったことがあれば、言ってね。うちにいらっしゃいねと、耳元で言った。
次にキースも同じように抱き寄せて、何かを言っていた。
そして、少し離れた所に、所在無げに立っていた父の前に立った。
「久しぶりね、アトレー。一曲だけ踊っていただけない?」
父はかなり驚いたようだったが、すぐに紳士らしく背筋を伸ばし、手を差し出した。
ソフィ叔母さんが、手を重ねた。
父がエスコートしてフロアの端まで歩き、踊り始めた。ゆっくりと回りながら、いつの間にか、踊りの輪の中心になっていた。他の人たちが二人を囲むように踊っている。
ソフィ叔母さんは楽しそうで、少女の様に若く見えた。さっきまでと雰囲気が違う。
父も楽しそうで、二人は幸せなカップルの様に見えた。
周囲から、素敵ね、お似合いだわね、という声がいくつも聞こえてくる。
本当に似合いの、美しく魅力的なカップルだった。似合いすぎて見ていると胸が痛くなる。
マックスの横でキースが二人を見つめていた。
頬を赤くして見入っている。嬉しそうな、悲しそうな、不安そうな、何とも言えない表情だ。
そこに横から声を掛けられた。僕とキースの間にニコラス叔父さんが立っていた。
「素敵なカップルだね。似合いすぎて、不安になってしまうよ」
キースがびくっとして叔父さんを見た。
「大丈夫。彼女から相談されたんだ。ここで全てを終わらせたい。だから一度彼と踊って来る、とね。僕も了解しているよ。
ああ、でも、あれは妬けるね」
キースの肩をニコラス叔父さんは抱き寄せ、一緒に踊る二人を見つめていた。
踊りながら、ソフィは微笑んでアトレーに言った。
「昔、こんな風に夜会で踊りたいと思っていたの。やっとかなったわ」
曲が終わり、父がソフィ叔母さんをエスコートして戻って来た。
ソフィ叔母さんがニコラス叔父さんの手を取ると、男同士軽く挨拶し、何もなかったようにそれぞれが別の方向に移動していった。
マックスとキースの二人だけが、その場に残された。
何かが胸に、喉につかえて、身動きできない。
その背中をバンと叩いたのはグレッグ伯父さんだった。
二人を見下ろし、肩を抱いた。
「考えるな。お前らにはまだ早い。ケーキでも食べろよ。俺はアトレーと朝まで飲むから。じゃあな」
伯父の背を目で追う。それがドアの向こうに消えた後、キースがポツリと言った。
「ケーキ、食べようか」
二人でテーブルに並ぶケーキの中から、僕はチョコレート、キースがラズベリームースを選び、もそもそと食べた。
甘味に少し気持ちが落ち着いた。
キースが、大人の言うことには従っておくべきだな、とつぶやいた。
マックスはさっきのダンスを思い返していた。
綺麗だった。
五年くらい経って大人の体になったら、あんなふうに叔母様と踊れるのだろうかと考えて、ふと、口に出してしまった。
「ダンスの授業頑張る」
次のケーキを選びながら、キースが怪訝そうにマックスを見た。
「そうだね。僕も母上とあんなふうに踊りたい。ステップをバッチリ叩き込んで、来年にはダンスを申し込むぞ」
思っていることをそのままキースに言われ、焦った。しかも来年とはどういうことだろう。デビューもしていないのに、どこで踊る気でいるのだろう。
マックスは嫌なことに気付いた。こいつは強力なライバルなんだ。
当面の目標が決まった。キースの倍、ダンスが上手くなって、キースより早く叔母様を誘う。
気がつけば気分が楽になっていた。
ソフィが完全に全てを吹っ切れて、終わりました。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
この先、少年たちの学生生活と恋の話を書くかもしれません。
その時は、また読んでくださいね。




