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氷の貴婦人  作者:
第四章 マックスの学園生活
57/58

完結 ふたりのダンス

最終回は、少し長いです。


 事件の話は瞬く間に社交界中に広がった。


 元々、ミール侯爵の評判は最低だ。

 その男が嫡男の不幸で、特別に都内へ踏み入れることを許されたその期間に、とんでもない不埒な事件を起こした。


 貴族界の中でもトップクラスに目立つ人々に対し、誘拐・監禁・脅迫を行ったというのだ。大騒ぎにならないわけがない。


 誘拐監禁されたのは、キースとマックス。この国一番の美少年二人に手を出そうとしたことで、女性達が激怒した。

 更に、キースを餌にソフィ夫人を脅迫したことで、男達の殺意が爆発した。


 余りに抗議と極刑を求める意見書が多いため、王宮側がそれを抑えに回る始末だった。


 大騒ぎが下火になった頃、彼らの処罰が決定した。

 ミール侯爵家は断絶、領地とそれに関わる財産は王家が没収。ミール侯爵は爵位を剥奪され、平民として国から追放。



 決定後、すぐに決行され、二人は国外に追放された。

 個人保有の財産に関しては、ミール侯爵の判断に任せることになっていた。

 彼らの主張が、マックスを後継者に迎えようと説得しただけで、キースのことは単なる手違いだと言っていること、誘拐が未遂だったことからの減刑だった。


 結局、その財産を娘や孫達に分けることも無く、全部持って行ったと噂されている。

 追放後の二人の動向については、しばらくは諜報員による追跡調査が行われる。




 全てが片付き、貴族界がやっと落ち着いた頃、また新しい事件が持ち上がった。

 ただし、今度の事件は未然に防がれ、事なきを得た。


 隣国のバレドが、わが国に対して密かに陰謀を企てていたのだった。

 具体的には、両国の国境の領地に対し、婚姻を介した乗っ取りが企てられた。


 対象の二つの伯爵家に、巧妙に素性を捏造したバレドの女性を潜り込ませ、当主を籠絡していた。

 気が付かずにいれば、そのまま2つの広大な領地が、バレドに寝返る所だった。


 勘の良いグレッグが、運の良い事に変化を察知した。

 フットワークが軽く、顔の広い彼には、色々な立場の人間から話が入ってくる。

 それこそ高官、教会、街の商人まで雑多な人物から。それらの他愛のない話から、異変の輪郭が浮かび上がってきたのだ。


 グレッグと一緒に阻止に動いたのはアトレーだった。

 彼の人たらしの能力が大きく貢献した。

 バレドに籠絡されていた、二つの領地の領主を正気に戻し、国への忠誠心を取り戻させたのだった。


 アトレーいわく、必死に説得したら、わかってくれたそうだ。


 もちろん、疑惑が持ち上がった時点で、王へ報告が挙げられ、対策が練られた。最悪の場合として、二つの伯爵家領地への、軍事行動も準備されていた。


 それを、実害が発生する前に転向させられたのには、領地の有力者達がアトレーに付いたからだった。

 商人ギルド、傭兵団、城の騎士団が目の曇った領主を取り囲んだ。


 また、グレッグの推測だが、領主に取り入っていた女たちが、アトレーより見劣りがしたのも大きいのでは、と考えている。

 これは公式文書には載せられないが、会議出席者は皆同意見だった。


 害が発生する前だったこともあり、二つの伯爵家への咎めは、軽いもので済んだ。


 かくして、一歩間違えれば領土が削られ、隣国との戦争に発展する事態を未然に防いだ二人に対し、褒賞として侯爵位が与えられた。


 皮肉なことに、先に没収したミール侯爵領が、彼らに分割して与えられた。




 この功労を称える祝賀パーティーに、キースとマックスも、功労者の身内として出席していた。


 父はビシッとしたスーツ姿で、とても立派に見えた。美しくておまけに威厳があるので、近寄りにくかった。


 だがキースは気にせず父に飛びついていく。ああ、綺麗な親子だなと見とれていたら、父に手招きされた。


「マックス。辛い思いをしたね。しばらくこの国を離れて、僕と一緒にレグノで生活するのはどうだい」


 気遣わしげに、僕を見つめる父の目が、とても優しいのに、初めて気が付いた。

 マックスはドキッとしてうろたえた。そのタイミングでキースに引っ張られ、そのまま父の胸に倒れ込んでしまった。

 父に抱き締められるのは初めてかもしれない。

 しばらくしてからマックスは父に告げた。


「学園で勉強したいです。馬術もうまくなりたいし、もうすぐフェンシングの授業が始まるんです。

 それに次の体育祭はウエストに勝たないといけないし。あ、それからダンスの授業も始まるんだった」


 キースがマックスを引っ張った。


「リベンジするのはこっちだよ。馬術大会、今度は僕がもらう」


 そう言ってから、キースが父に尋ねた。


「男子校で男子しかいないのに、どうやってダンスを練習するんでしょうか?」


「はじめは男同士で練習するんだよ。少しうまくなった頃から、女子校との合同授業が始まる。だから必死でステップを覚えろよ。恥かくぞ」


 女子校との合同授業!

 父が笑いながら、来年の体育祭は何とかこっちに来るよ。応援させてもらう、と言った。



 今回はグレッグ伯父さんの子供達も来ていたので、紹介してもらう事が出来た。

 基本的に大人だけのパーティーなので、キースとマックス以外の子供は、グレッグ伯父さんの子供二人と、王太子と王女だけだった。


 グレッグ伯父さんの子供は、十一歳のポールと九歳のジェインで、とても楽しい子達だ。二人ともすぐに打ち解け、一緒にパーティー会場を回った。


 ジョン王太子とリデル王女が近寄ってくるのを見て、ジェインはキースの袖を離し、ジョンに見惚れている。


「お兄様、さすが王族ですね。素敵だわ」


 マックスは、ホッとした。遠目でもリデル王女の目が怖いのが分かったからだ。

 鈍感キースは、やった、ジョンにも苦労してもらうぞ、と喜んでいる。


 ジョンが僕の前に立った。


「おめでとう、マックス。念願の侯爵位を手に入れたね。将来は君にも、外国での仕事を頼むとしようかな」


 その言葉にキースがうらやましそうな声を出した。


「いいなあ、マックス。君はもう将来の仕事が決まったね」


 それを聞いて、マックスはちょっと意地の悪い気分になった。


「うらやましいか?僕だけ侯爵になってしまって悪いね」


「え、それはどうでもいいよ。爵位が上がると、義務やら責務やらも重くなるだろ。僕は伯爵で十分だよ」


 ぐっと詰まった。そう言われたらそうかもしれない? さっきまでの、勝った気分が急速にしぼんでいく。


「僕、やっぱりキースが嫌いだ」


「なんでだよ。唐突に嫌うなよ」



 ジョンが笑いながらキースの肩に手を掛けた。


「キースは、妹をもらってくれるだけでいいよ」


「もう、そういう冗談はいいよ」


 鈍感キースは、やっぱり鈍感キースだった。



 その時、会場の入り口がざわついた。

 そちらを見ると、ソフィ叔母さんとニコラス叔父さんが会場に入って来た。


 ああ、素敵だ。

 ああ、素敵だ。

 その言葉だけが、マックスの頭の中でリピートしている。あの日から、一日に何回か、ソフィ叔母さんの事を思い出す。彼女が心のどこかに住み着いてしまったようだ。


 すぐ横でキースが喜んでいた。彼にとっては母だから、こんな気分にはならないのだろう。やっぱり彼はハッピーだ。やっぱり嫌いかもしれない。


 ソフィ叔母さんは、たくさんの人に挨拶しながら、引き留められながら、少しずつこちらに向かって来る。

 マックスの心臓のビートは、すごく激しくなっている。

 そして目の前で彼女が立ち止まった。


「今晩は、マックス」


 そう言って、また無造作に僕を抱き寄せた。温かくて柔らかくて、うっとりする。

 困ったことがあれば、言ってね。うちにいらっしゃいねと、耳元で言った。


 次にキースも同じように抱き寄せて、何かを言っていた。

 そして、少し離れた所に、所在無げに立っていた父の前に立った。


「久しぶりね、アトレー。一曲だけ踊っていただけない?」


 父はかなり驚いたようだったが、すぐに紳士らしく背筋を伸ばし、手を差し出した。

 ソフィ叔母さんが、手を重ねた。


 父がエスコートしてフロアの端まで歩き、踊り始めた。ゆっくりと回りながら、いつの間にか、踊りの輪の中心になっていた。他の人たちが二人を囲むように踊っている。


 ソフィ叔母さんは楽しそうで、少女の様に若く見えた。さっきまでと雰囲気が違う。

 父も楽しそうで、二人は幸せなカップルの様に見えた。


 周囲から、素敵ね、お似合いだわね、という声がいくつも聞こえてくる。

 本当に似合いの、美しく魅力的なカップルだった。似合いすぎて見ていると胸が痛くなる。


 マックスの横でキースが二人を見つめていた。

 頬を赤くして見入っている。嬉しそうな、悲しそうな、不安そうな、何とも言えない表情だ。


 そこに横から声を掛けられた。僕とキースの間にニコラス叔父さんが立っていた。


「素敵なカップルだね。似合いすぎて、不安になってしまうよ」

 

 キースがびくっとして叔父さんを見た。


「大丈夫。彼女から相談されたんだ。ここで全てを終わらせたい。だから一度彼と踊って来る、とね。僕も了解しているよ。

 ああ、でも、あれは妬けるね」


 キースの肩をニコラス叔父さんは抱き寄せ、一緒に踊る二人を見つめていた。





 踊りながら、ソフィは微笑んでアトレーに言った。


「昔、こんな風に夜会で踊りたいと思っていたの。やっとかなったわ」



 


 曲が終わり、父がソフィ叔母さんをエスコートして戻って来た。

 ソフィ叔母さんがニコラス叔父さんの手を取ると、男同士軽く挨拶し、何もなかったようにそれぞれが別の方向に移動していった。



 マックスとキースの二人だけが、その場に残された。

 何かが胸に、喉につかえて、身動きできない。


 その背中をバンと叩いたのはグレッグ伯父さんだった。

 二人を見下ろし、肩を抱いた。


「考えるな。お前らにはまだ早い。ケーキでも食べろよ。俺はアトレーと朝まで飲むから。じゃあな」


 伯父の背を目で追う。それがドアの向こうに消えた後、キースがポツリと言った。


「ケーキ、食べようか」


 二人でテーブルに並ぶケーキの中から、僕はチョコレート、キースがラズベリームースを選び、もそもそと食べた。


 甘味に少し気持ちが落ち着いた。

 キースが、大人の言うことには従っておくべきだな、とつぶやいた。


 マックスはさっきのダンスを思い返していた。

 綺麗だった。

 五年くらい経って大人の体になったら、あんなふうに叔母様と踊れるのだろうかと考えて、ふと、口に出してしまった。


「ダンスの授業頑張る」


 次のケーキを選びながら、キースが怪訝そうにマックスを見た。


「そうだね。僕も母上とあんなふうに踊りたい。ステップをバッチリ叩き込んで、来年にはダンスを申し込むぞ」


 思っていることをそのままキースに言われ、焦った。しかも来年とはどういうことだろう。デビューもしていないのに、どこで踊る気でいるのだろう。


 マックスは嫌なことに気付いた。こいつは強力なライバルなんだ。

 当面の目標が決まった。キースの倍、ダンスが上手くなって、キースより早く叔母様を誘う。

 気がつけば気分が楽になっていた。



ソフィが完全に全てを吹っ切れて、終わりました。

ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。


この先、少年たちの学生生活と恋の話を書くかもしれません。

その時は、また読んでくださいね。





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― 新着の感想 ―
親子の代に渡っての物語がソフィにとってとても辛いことから始まり、その後も登場人物にやきもきしながらもキースの代になって風向きが穏やかに変わって、最後はソフィが微笑みをアトレーへ向けながらダンスを踊れた…
ソフィが幸せになって、良かった
よかった。色んな意味で。 物語は勧善懲悪が尊ばれるけど、そんなもんじゃないよね。善人が報われるとは決まって無いのとは逆に、やらかした人や関係者が問答無用で世間から弾かれるとは限らないというのを思い出…
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