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氷の貴婦人  作者:
第四章 マックスの学園生活
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事件の後始末

 侯爵家から学園に戻った頃には、真夜中をとっくに過ぎていた。


 今夜は皆休んで、明日の朝九時に集まって話し合おうということになり、キースとマックスは寮の自分の部屋に戻った。


 キースは薬の影響が少し残っていて、軽くくらっとする感じがあったが、翌朝目が覚めると、頭がすっきりしていた。とても気分が良く、そしてすごくお腹が空いていた。

 昨夜は夕食を食べていない。


 食堂に行くと、ベスが居て、夕食を食べていないと言ったら、二人前くらいの量を盛ってくれた。ベスさんと呼ぶのを嫌がって、ベスと呼んでくれと言われているので、二人だけの時はベスと呼んでいる。


 ベスは、結婚以前の母と父の様子を時々話してくれた。母は父にぞっこん惚れこんでいたようだった。幸せそうな母の様子を聞く度に、キースは嬉しいような悲しいような気分になった。


 昨夜の母の言葉を聞いていて、以前は母も父を愛していたのだな、と漠然と感じた。それがこうなったのは、マーシャ伯母さんのちっぽけな嫌がらせ? 自己満足?

 何にしろ、大したものじゃない思いのせいだと考えると、やりきれない。


 朝食を済ませて、九時前に学園の貴賓室に行くと、他のメンバーは全員集まっていた。キースは一人で座っているマックスの横に座った。

 先生方は、清々しい表情だが、身内の面々は複雑な表情をしている。


 今日話し合うのは、今回の事件の報告内容についてだ。それによってミール侯爵とマーシャ伯母さんの処遇が決まるだろう。

 昨夜遅くの出来事のため、官憲に対しての届け出も、聴取もまだだ。


 今回の事件は学園も巻き込んでいるため、学園の上層部も話し合いに加わる。一番客観的な立ち位置の学園に取りまとめを頼んでいるようだ。


 進行を受け持った、舎監のクリーブ先生が第一声を発した。


「この犯罪行為を届け出たら、ミール侯爵家は跡取りがいないため断絶の可能性があり、ミール侯爵と夫人は爵位剥奪の上、追放か幽閉が考えられます。それを踏まえての話し合いになります。まずは、事実の確認から行おうと思います」


 全員の体に緊張が走った。

 はっきり言葉にされると、やはりきつい。


 キースがマックスを見ると、彼は下を向いて黙っていた。


 クリーブ先生が、まずはマックスの外泊の経緯から話してもらいましょうと言い、マックスを促した。


「学園祭で母は、僕に侯爵になりたくないかと言いました。話をしたいと言われ、次の日、会いに行きました。そこで出されたお茶を飲んだら眠ってしまい、気が付いたら夜で、あの部屋のベッドに寝かされていました。ミール侯爵がやって来て、すごく派手な服を渡されて、着替えさせられました。それが気に入ったようで、新しい服をもっと新調しようと言っていました」


 クリーブ先生が、母上はどうしていたんですか、と聞いた。


「夕食を運ぶ侍女と一緒にやって来て、ここで一緒に暮らそうと僕を説得しました。僕は学園で勉強しているから、ここで生活はできないし、帰りたいと突っぱねました。そうしたら、そんなもの何にもならない。ここで暮らして侯爵になるほうがずっと賢いと言いました」


 キースは、マックスが何も隠さず、そのままを話していると感じていた。


 彼は、昨日キースが言ったように、全てを大人達の判断にゆだねることに決めたのだろう。

 それは、とても勇気がいることだ。


 クリーブ先生が、ランス伯爵に向かい、ミール侯爵の監禁癖について、マーシャ夫人がどの程度知っていたかを尋ねた。


「マーシャをミール侯爵に縁付かせたのは、貴族社会から切り離すためです。彼の監禁癖と裕福さは、マーシャと相性が良いとも考えた。貴族社会と接点を持たない、郊外の屋敷内での豪勢な暮らし、それなら世間に迷惑を掛けないと思ったのですよ。勿論マーシャは、ミール侯爵の悪癖は承知の上で嫁ぎました。数人の嫁ぎ先候補の中から、彼女が選んだのです」


 皆ががっくりとしている。全く情状酌量の余地がない。

 マックスをミール侯爵の監禁対象として差し出したと言うことだ。


 クリーブ先生がその後の事を話して、とマックスを促した。


「先生方が何度か尋ねて来られたのは、窓から見ていました。部屋にはずっと鍵が掛かっていたので、出ることは出来ず、どうしようかと考えていたら、キースが同じ様に眠らされて運ばれて来ました」


 ここで、皆がキースの方を向いた。

 キースの体験を話して、と言われ、今度はキースが見た事を話した。


「僕は、マーシャ伯母さんが接近禁止の誓約を立てたのを知っていたので、一日目からおかしいと思いました。でも、先生方は知らないようだし、言っていいかわからなかったので、次の日に様子を見に行きました。

 お茶をごちそうになって、この後ランス邸に相談に行こうと考えたところまでは覚えています。次に目が覚めたのは、監禁されていたあの部屋で、ぼんやりしていた僕に、マックスが水を飲ませてくれました」


 二人共体調はどう?とクリーブ先生が尋ねる。

 それに対し、二人共、何ともありませんと答えた。


「部屋から脱出して、ミール侯爵と母達が対面している部屋を探し、外からのぞいていました。心配だったので。モートン侯爵家の騎士が入り込んで家探ししている間に、どうしようか相談しましたが、結論が出なかったので、大人に任せる事にして、皆さんの前に出て行きました」


 クリーブ先生が、そうだな、大人が責任を負わなくてはな、と一人言の様に言った。


「これは十三歳の子供に、しかも実の息子に決断させることではないよ。君たちはよくやった。とても冷静に賢い判断をし、果敢な行動をとった」


 先生からの誉め言葉に、マックスは嬉しそうだった。もちろんキースもだ。

 やはり、親から褒められるのと、先生から褒められるのは別物なのだ。


 クリーブ先生は、次にモートン侯爵夫妻に、ミール侯爵との話の内容を聞いた。

 これには母が答えた。


「ミール侯爵は、二人が一緒に帰ったと言い、ここには居ないと断言しました。ですが、もし居るのなら、キースは返さないと言い、それに関してマーシャ夫人と口論になりました。夫人はマックスを侯爵にするために留めているが、キースは邪魔だったから、ついでに拉致しただけだと言いました。それで、ここに監禁されていると確信し、騎士を呼び込みました」


 ニコラス叔父さんが、これが監禁されていたらしき部屋に落ちていたと、僕の銀の時計を皆の前に差し出した。

 時計には、日付けと競技名が彫られていて、間違いようがなかった。


「これで、あらましがお分かりになったと思います。ここからは、この話をどう官憲に伝えるか、です」


 一番初めに口火を切ったのはランス伯爵だった。


「私達は、ありのまま報告することを選びます。わが娘ではありますが、孫に害が及ぶなら仕方がありません。初めからその覚悟で、人目をはばからずに行動しました」


 ゲート伯爵が続いた。マックスを前にして話しにくい事だが、はっきりと言った。


「我が家では、キースにマーシャ夫人絡みの厄介事が降りかからないよう、アトレーとマックスを家門から切り離しました。私達もそのまま全てを報告することを選びます」


 学園の先生方は事情を知らないながらも、マックスの母親はよっぽどの難物なのだと理解した。

 今回の事件自体も尋常なことではない。


 ニコラス叔父さんは相変わらず穏やかだ。そしてその穏やかな表情のまま言った。


「ミール侯爵はキースを餌に妻を手に入れたがりました。だから貴族籍の剥奪を望みます。奥方の事はあまり知りませんので、お任せします」


 とてもシンプルで、わかりやすい。騎士らしいなあとキースは感心した。


 大人達が揃って、二人の方を見た。

 キースは困って下を向いてしまった。大人達が問いかけたのは、キースにではなくマックスにだとわかっていたからだ。

 マックスが、前を向いてゆっくり言った。


「皆さんの判断にお任せします」


 これで会議は終了した。



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