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氷の貴婦人  作者:
第四章 マックスの学園生活
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脱出

 窓枠に手をついて、キースは母を見つめていた。これは敵わないと感じた。

 この人と結婚しているんだから、ニコラス叔父さんも只者じゃないだろう。


 ふと気付くと、横にいたマックスが、俯いていた。

 どうした、とキースが小声で聞くと涙ぐんでいた。


「お前、ずるいよ。何であの人がお前の母親なんだよ。なんであの女が僕の母親なんだよ。何であんなに差があるんだよ。お前なんか嫌いだ」


 キースはマックスの事が気の毒になった。彼の気持ちはわかる。反対の立場だったら、きっとマックスを殴っていただろう。だから何も言わなかった。


 室内は静かだ。にっこりと微笑む母と、呆然とした様子の、その他三人。

 そのまま、時が止まったようだった。


 一番最初に我に返ったのはマーシャ伯母さんだった。


「馬鹿な事、言わないで。マックスは侯爵家の跡を継ぐのよ。ここに残らせるわ。キースだけ連れて帰りなさいよ」


「やはり、ここにいるのね」


 母が、ふっと緊張した顔に戻り、そう言った。その言葉に反応して、ミール侯爵が言葉を返した。


「ここに居るなんて誰が言いましたか? 居るならという仮定にすぎません。それに、もし居るとしたら、キースこそ返しませんよ。あなたとの縁を繋ぐ金の鎖だ」


 キースの背筋に悪寒が走った。気持ち悪いからやめて欲しい。


 マーシャ伯母さんが鬼のような形相でミール侯爵に迫った。


「マックスを侯爵にすると約束したじゃない。キースなんかどうでもいいわ。探って来るから、ついでに拉致しただけじゃないの」


 母が伯母に問いかけた。


「それなら、キースはどうするつもりだったの?」


「さあね。知らないわ」


 母は、疲れたような顔をし、横に座るニコラス叔父さんが、母の肩を抱き押せた。

「あなたはいつも、そう。何も考えずに、とんでもない事を気軽にしでかす。いつも、いつまでも変わらないのね」


 マーシャ伯母さんが、なぜか自慢そうな顔になった。


「なぜだろう。伯母さんの頭の中が理解できない。できたら、危ない奴だろうな」

 キースがそう言ったら、隣にいるマックスが横を向いた。


「アトレーを取られた事を今でも恨んでいるの? ざまあないわね」


「なぜ、そんなことをしたの? 一度聞いてみたかったのよ。アトレーのことを、少しも愛していないでしょ」


「ソフィは、誰もが憧れるアトレーに選ばれたと、有頂天だったじゃない。それに引き換え、私はパッとしない田舎の子爵。結婚式に出るのが腹立たしかったのよ。アトレーを寝取ったおかげで、結婚式は心から楽しめたわ」


 そんなことのために、今のこんな状況が起こっているのか。キースは吐き気を覚えた。

 隣に立つマックスは少し泣いている。

 母が、こめかみを押さえて言った。


「それでも侯爵位を与えたいと望む程度に、マックスの事は愛しているのでしょ。愛しているなら、こちらに渡しなさい。私達でちゃんと育てるわ」


「嫌よ。夫が彼を欲しがっているの。それが侯爵位を継ぐ条件ですもの。アトレーはマックスに興味が無かったから、ミール侯爵家で養子に迎えるわ」


 母が、きっとして顔を上げた。

「それがマックスにとって幸せなことだと思うの?」


「侯爵になるのは幸せになるってことよ。何を言っているの?」


 ニコラス叔父さんが割って入った。


「ソフィ。彼女には言葉が通じない。実力行使でいいと思うよ」


 母が立ち上がった。

「屋敷内を見て回っていいかしら。居ないと言い張るなら、見ても大丈夫でしょ」


 ミール侯爵が何か言い掛けるのを無視し、母とニコラス叔父が部屋を出て行った。そのまま門のところに行き、後ろから追いかけて来る侯爵を無視し、母は門番に開門するよう命じたようだ。

 なぜか、門番たちは素直に、それに従った。


 外で待機していた騎士達が一気に屋敷内に入り込み、屋敷中を探し回っているようだ。

 たくさんの人間が走り回る靴の音と、ドアを開ける音が屋敷内で響き渡っている。


 二人が隠れている真上の三階の部屋から、ドアが蹴破られたようなすごい音がし、ここだ、という声が上がった。


 それはそうだろう。開いた窓と、不自然に窓辺に移動したベッド。其処から地上に向かって垂らしたシーツのロープ。

 ザ・監禁現場。(脱出済み)


 ニコラス叔父さんの声がした。キース、マックスと叫んでいる。


「ここにキースの銀時計が落ちている。ここに居た証拠だ」


 その声で、銀時計を落としてきたんだと気付いた。ポケットを探ったがなかった。



 キースはマックスに向き直り、彼に聞いた。

「なあ、僕たちはどうしようか? 監禁が公にされたら、マーシャ伯母さんは罰を受ける事になる。君を監禁しているだけなら何とかなるけど、僕まで監禁しているから、言い逃れも情状酌量もできないと思う。どうする?」


 マックスは悩んでいるようだった。こんな厄介事ばかり起こす母親だ。関わりを断ちたいと思うだろうけど、だからといって自分の手で処刑台に送りたくはないだろう。

 この決断は、重すぎる。


 結論が出ないまま、時間が過ぎた。

 それで、仕方なしにキースが決めた。


「よし、大人達に任せよう。それでいいな?」


 そして、二人で揃って、庭で二人を探している大人達の前に出て行った。


 すぐさま伯爵達が走り寄って来て、キースはゲート家の祖母に抱きしめられた。


「無事なの。何もされていない。大丈夫だった?」


 薬を盛られて眠っていただけで、起きてすぐに二人で窓から脱出したと伝えると、両家の祖母たちが泣き出した。

 本当にひどく心配していたようだ。


 ミール侯爵は、使用人共々屋敷に軟禁したようで、騎士達が入り口で見張りに立っている。


 少し離れた所にニコラス叔父と母が立って、こちらを見ているのにキースは気付いた。

 お礼を言わなくてはいけない。二人のおかげで突破口が開けたのだ。


 キースとマックスは二人の前に立ち、助けに来てくれたお礼を述べた。


「お二人にお礼を申し上げます。ありがとうございました」


 ニコラス叔父さんはいつもの穏やかな顔に戻っていた。さっきの顔が、もう幻のようにしか思えない。


「よかったよ。無事で」


 ニコラス叔父さんはそう言ってキースを抱きしめた。広い胸と長い腕は固かった。実はすごく鍛えられた体だった。今になって気が付くなんて、人を見る目が全然ないな、とキースは反省した。


 母はその横で静かに立っていた。

 ニコラス叔父さんが、母の体を少し引っ張り、キースの近くに寄せた。


「ソフィ。キースを抱きしめてあげてもいいんじゃないかな」


 母はおずおずとキースに聞いた。


「あなたを抱きしめてもいいの?」


 キースはびっくりした。母から避けられていると思っていたので、そんなことを聞かれるなんて思いもよらなかった。

 そして、びっくりした挙句、小さい子供の様に、両腕を前に出していた。


 更にびっくりしたことに、母がキースを抱きしめた。温かい体と、フリージアの花のようないい香りがキースを包んだ。生まれて初めて母に抱きしめられたのだった。

 今まで一度も、手を取ることすら無かったのに。


 キースは伸ばした腕で、母の体を抱いていいのか迷い、結局伸ばしたままで、母のするがままに任せた。


 ニコラス叔父さんが、マックスも抱きしめてから、母のもとに連れてきた。

 マックスの顔が情けないほどしょげている。


「さっきはありがとうございました。僕のことも取り返すと言ってもらえたこと、感謝します」


 母は、彼の事も結構無造作に抱きしめた。

 その様子を見てキースは泣きそうになった。人生初めての抱擁をかみしめていたのに、そんなのありか、と頭の中が文句で一杯になる。

 そんなキースの気も知らず、母がマックスに言った。


「当たり前よ。あなたは私の大事な甥っ子よ。誰が手放すものですか」


 マックスが母の腕の中から顔を上げた。

 その顔が真っ赤に変わっていく。


 ニコラス叔父さんが、あれっと言って、頭を掻いた。


「刺激が強すぎるよね。君の母上は。彼、かわいそうに」



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― 新着の感想 ―
おおおお。マックスだけ変態公爵にやべぇことされるルート突入だけはしませんように……! とここ数話を祈る気分でハラハラしてたので、無事に助け出されて良かったあああああ! しかし兄弟とはいえ、互いの母…
ソフィの心のわだかまりもきちんと溶けたんですね、よかったー マックスとキースはお互いいいライバル関係になりそうな感じ まぁアレな人とアレな人はもう(4刑で)いいんじゃないかな マックスもこんな綺麗で…
ソフィが、かっこいい! 今日お話も、昨日のお話も。 子供たちのために爵位を利用して助けるなんて。素敵。
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