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氷の貴婦人  作者:
第四章 マックスの学園生活
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ミール侯爵との交渉

 そのころ、ミール侯爵邸の三階の一室で、キースが目を覚ました。

 ベッドに起き上がり、う~んと伸びをする。

 少し頭が重い感じで、ゆっくり揺れているような感覚があり、まだ考えがまとまらない状態だ。


「おい、起きたのか? 大丈夫か?」


 目の前にマックスの顔があった。

 あれ、なんでマックスがいるのかとキースは疑問に思った。


 ぼーっとしていると、マックスが水の入ったグラスをキースの口元に突き出した。


「飲め」


 うん。と言って、こくこく飲んで、一息吐いた。

 そして喉がすごく乾いているのに気が付き、残りの水をがぶがぶ飲んで、グラスを空にすると、マックスがまた継ぎ足してくれたので、もう一杯分飲んだ。やっと乾きが収まり、キースはほっとした。


 辺りを見回すと、見慣れない部屋だ。ここはどこだろう。

 確か、ミール侯爵邸にマックスを見舞いにやって来て、彼を連れて帰ろうと考えたところから記憶が無かった。


 マックスを見上げる。彼は全く体調不良には見えない。


「お前は、睡眠薬で眠らされて、ここに連れてこられたんだ。僕と同じだよ」


 どういうことだろう。僕たちをどうする気なんだろうと、キースはぼんやりと考えた。


 そしてふとマックスの衣装に目が行った。服というより衣装だった。フリルがいっぱいの白いシャツに、飾り立てられたベストとジャケットとボウタイ。靴はコンビのハーフブーツで、キラキラした飾りボタンが付いている。

 舞台役者といったところか。


 思わず、プッと吹きだすと、マックスが嫌な顔をした。


「今は笑っているけど、その内お前にも、こういったド派手な服が渡されるんだぞ。他人事だと思うなよ」


「え~と。それで、ここで、何をやっているんだい?」


 のんびりした物言いに腹がたったのか、マックスが思わずという感じで毒付いた。


「多分、監禁されているんだよ。お前もな。間抜け」


 はあ~。それは、まいったなあとつぶやき、キースはベッドから起き上がった。

 服は着てきた物のままだった。ジャケットだけハンガーに掛けてある。


 外は暗くなっている。マックスに今何時なんだ、と聞くとわからないと言われた。

 そういえば、体育祭で貰った銀時計を、ジャケットのポケットに入れていたなと思い出し、それを引っ張り出した。


 時計を見ると、もう十時近かった。ここから逃げ出す方法を探さなくては。

 学園にはここに来る事を言ってあるし、すぐに問い合わせが来るはずだ。

 マックスに聞くと、思いがけない答えが返って来た。


「祖父たちならもう来たけど、戻って行ったよ。門前で追い返されたようだ」


「なんでだ? ここにいるに決まっているのに」


「もう帰ったとでも言ったんじゃないか? そうしたら、後のことは知らない、で通せる。ここは侯爵邸だから、祖父達では証拠も無しに乗り込めないよ」


「はあ~。やっぱり自力で逃げ出すしかないか。君、逃げ道は探したんでしょ。どこか、うまいルートはないの?」


「ここは三階だよ。窓からは無理だ。廊下に出るドアは外からカギがかかっていて開かない。後は、誰か入って来た時に、そいつを倒して逃げるしかないね」


「シーツで紐を作って、下に降りられないかな」


 おお、という感じの顔をして、マックスがシーツを引っ張り出した。丈夫そうだ。

 マックスの夕食のトレイに載っていたナイフを使い、それで何とかシーツに穴をあけて、裂いていった。シーツを割き終わり、それとカーテンタッセルをつなげてロープにすると、地面近くまで届きそうな長さになった。


 窓に寄って、下の状態を見る。茂みになっていて、目立たない場所のようだ。これならこっそり逃げられる。


 ベッドを窓に寄せ、ベッドヘッド部分に紐を結び付けた。その時、外が少し騒がしくなった。

 窓の外を見ると、馬車と騎馬がたくさん来ている。

 マックスも身を乗り出した。


「さっきよりも、ずっと人数が多いよ。今度はどうかな。様子を見よう」


 門前で二人が前に出て話をしている。

 しばらくすると、二人が執事に案内され、屋敷内に入っていく。

 入口の明かりで、二人がニコラス叔父さんと母なのが分かった。なんで、母がここに居るのかとキースは驚いた。


 その情景に、このまま窓から脱出し、屋敷の外に逃げることは出来なかった。屋敷にやって来た母達の事が心配だった。

 何回かひもを引っ張り、強度を確かめてから、まずはキースが先に降りた。

 身が軽いので、壁のレンガに足を掛けながらロープを伝っていくと、思ったより簡単に降りていくことが出来た。


 マックスが続いて降りてきた。彼も軽々と降りて来る。

 背をかがめ、ゆっくりと屋敷の周囲を回り、母達の居場所を探した。

 応接室らしきところが明るくなっていて、カーテンの隙間から室内が見える。そこにはミール侯爵とマーシャ伯母さん、ニコラス叔父さんと母が向かい合って座っている。


「ここには二人はいませんよ。一緒に帰ったと伝えたはずですが」


 ミール侯爵がそう言いながら、母をじろじろと眺め回している。目つきがねちっこいので、嫌な感じだ。

 隣に座るマーシャ伯母さんは、そのミール侯爵を睨み付けてから、母に文句を言った。


「あなたは、キースの事には関与しなかったじゃない。今回は突然に何なの。急に興味でも湧いた?」


「あの子は私の子よ。安全に暮らしているなら近寄りませんけど、危険があれば助けるわ」


 ミール侯爵が、きっぱりと言う引き締まった表情の母を、うっとりと見つめる。

 向かいに座っているニコラス叔父さんの顔が、いつもと全然違い殺気立っている。

 まるで別人のようだ。


 マーシャ伯母さんも、怖い顔をしている。派手な服装で、派手な化粧をしているので、余計に怖く見える。


 そこに侍女が二人でお茶を運んできた。

 それを見て、思わず飲んだらまずいと思い、二人共腕に力が入った。

 でも、外に騎士達と伯爵達が待っている。ここで薬を盛るほど、理解不能な人たちではないだろう。多分だが。


 母達は手を付けない。さすがだ。相手の異常さをわかっている、のだろう。

 ミール侯爵とマーシャ伯母は、普通に茶を飲んでいる。


 カップをソーサーに戻し、ミール侯爵が母の首筋をじっと見ている。


「ソフィ。君は相変わらず魅力的だね。以前の天上の女神のような浮世離れた風情も素敵だったが、今の戦いの女神のような決然とした様子は刺激的だ。首筋から頬に掛けて血が上って、うっすらピンクに色付いているのが、実になまめかしい」


 キースの頭に血が上り、寒気とも怒りともつかない震えが走った。薄汚いこんな奴に、母が見つめられているのが許せない。

 ニコラス叔父さんも同感だったようで、歯ぎしりして、腰を浮かし掛けた。


 母が、その膝をそっと押さえ、目で制した。ニコラス叔父さんは、つばを飲み込み、少し頷いて、ソファに深く座りなおした。


 その様子を見ていたマーシャ伯母さんが、せせら笑うように言った。


「まあ、噂通り、上手に飼い慣らしているのね。近衛の副隊長さんを。あなたの忠実な犬かしら?」


 マーシャ伯母さんの顔が、ひどい事になっている。ゆがんでいると言ったほうがいいか。もともとの顔立ちは整っているので、ゆがむと怖さが際立つ。

 母は伯母さんを無視して、ミール侯爵の方に向いた。


「キースとマックスを返してください。私達みんなの大切な子供達です」


「どちらか一人だけ、返してあげましょう。そう言ったら、どうしますか?」


 嫌らしい質問だ。じゃあ、キースを、と言えばマックスを見捨てたことになる。

 たとえそう言ったとしても、返してくれるとは限らない。例え話をしただけだと言われたら、母がダメージを負うだけだ。


 答えたらだめだ。ニコラス叔父さん、助け船を出してとキースは強く念じた。


 その時母が、ミール侯爵を見て微笑んだ。なんて言うか、場違いな微笑みだった。

 怒りも、焦りも何もない、無垢な微笑み。

 赤ん坊のような真っ白い微笑み。


 室内の三人の、そして外で見ている二人の動きが一瞬止まった。驚いたのだ。


「嫌よ。二人共返して欲しいの。いいわね」


 きれいな声が、言い聞かすように、命令するように部屋に広がった。



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