平和な日々
体育祭の大騒ぎが終わり、学園は静かになった。
あれからキースとも普通に話すようになった。彼は、マックスが考えていたような、手の届かない天使ではないようだ。
実はすごく狡猾なのかと疑っていたが、それも違う。
良くも悪くも、キースを買いかぶりすぎていたようだ。
モートン侯爵家の子供達の話をした時、リデル王女の話になったので、皮肉を言ってやったら、逆に驚かれてしまった。
「子供の王子様ごっこに付き合っているだけだよ。君は8歳の女の子を、自分のガールフレンドにできるの?」
「え? そりゃあ無理だ。子供じゃないか」
「六歳の頃はまだ軽かったけど、今は全員いっぺんにだと体がきついよ。君、二人程引き受けてくれないかなあ」
キースがじっとマックスの顔を見る。
「いや、無理だよ。僕は君じゃないからね。顔が一緒だからって、ありえないでしょ」
「僕だって、ジョンにリデル王女を押し付けられたんだ。まさか、それに双子が合流するとは思わなかったけど。早く大人になって、ごっこ遊びから解放してくれないかな」
マックスが思っていたのと全然違う返答だ。
やっかみで言った言葉に、代わってくれと返されたら、途端に遠慮したくなる。だって面倒くさい。
そしてジョンに押し付けられたというのは、いかにもありそうでマックスは深く納得した。
でもなあと思い、もう少し聞いてみた。
「もし、このままずっと王女が君を好きだったらどうなの? もう三年したら、僕達は社交界デビューだろ。その頃王女は……まだ十一歳か」
マックスは自分で言っておきながら、ないかな? と思ってしまい、ちょっと口ごもった。
「その頃には、そろそろ婚約者選びが始まるから、大丈夫じゃないかな。外国の王族や、国内の有力貴族から選ばれるから、その前に周囲から男は排除されると思うよ」
キースは意外と大人で貴族的な考え方をしている。
「なんだい?」
「キースが候補だと思っていたんで驚いた。だって、王達も公認だし」
キースは、まじまじとマックスを見つめた。
「今は、変な虫がつかないように、僕におもりを任せているだけだよ。ジョンが放棄したから。マックスって意外とロマンチストなんだね」
マックスは恥ずかしくなって、目を逸らした。自分だけ子供みたいじゃないかと、同じことを言った寮の奴に、心の中で悪態をついた。
次の週末、キースに誘われ、侯爵家に一緒に遊びに行くことになった。
一旦は断ったが、紹介されたのだから大丈夫と言われ、なんとなく決まってしまった。
今日はゲート家からの馬車に相乗りして、モートン侯爵家に向かう予定だった。
マックスを拾うだけのはずが、ランス伯爵家でキースが歓待されたせいで、約束の時間に少し遅れてしまった。粘るランス伯爵夫妻には、帰りに寄ると伝え、急いで侯爵家に向かった。
到着すると、歓待されると共に、遅いと怒られた。従妹達の舌鋒は鋭い。それは全てマックスに向けられ、初対面時の遠慮はすっ飛んでいた。
「キースお兄様は、今まで遅れたことなんて一度もありません。マックスお兄様のせいに決まっています」
オロオロしていたら、ジョン王太子がやって来た。
「言い訳しても無駄だよ。全く聞いてもらえないんだから」
「ランス伯爵家のお祖父様とお祖母様に、僕が引き止められていたんだ。ごめんね」
キースが笑いながら言うのを見て、やっぱり性格悪いのでは、と改めて疑う。
「まあ、ランスのお祖父様たちが。今度文句を言いますわ」
ほらね、と言いながら、ジョンが僕を庭に案内してくれた。
庭ではニコラスとハーレイが、おとなしく座って待っている。
王女がいないな、と思ったら、彼女が屋敷の中から飛び出してきた。一直線にキースに向かって走って来て、キースの前にピタッと止まる。
「僕たちを間違えないんだね」
キースは感心したが、王女は不思議そうだ。
このメンバーには、二人の違いがすぐに分かるらしい。ちなみに学園では頻繁に間違われる。
「キース様、こんにちは。さあ、こちらへどうぞ」
侯爵家の客なのに、王女はホストの様に振る舞っている。
キースは慣れた様子で王女をエスコートし、かなり様になっている。
マックスはその姿を自分に置き換えてみたが、到底出来る気がしない。容姿が同じだからといって、同じようには出来るわけではないのだ。
テーブルに着くと、ハーレイがじっと見詰めてきた。笑いかけたらすぐに寄ってきて、お兄様の横に座ると言い出し、ニコラス叔父さんが従僕に椅子を運ばせ、ハーレイの横に置いてくれた。
ああ、落ち着くと、マックスはしみじみ思った。
丸いテーブルの反対側にはキースを挟んで密集した女の子達、ちょっと離れてジョンという偏ったテーブルだ。
ジョンを見ると、僕もそっちに入れてくれと言い出した。
そして男ばかりで、小声でボソボソと話をした。
「先日キースに二人引き受けて欲しいと言われたけど、無理そうです」
そう言ったら、ニコラス叔父さんが笑い出した。
「僕もキース絡みのことには口を挟めないよ。娘たちは、怖いんだよ」
「キースって鈍感なんでしょうか?」
「そうかもね」
笑う三人をハーレイが見上げてキョロキョロしている。
キースハーレムチームが怪訝そうにこちらを見た。
「彼女たちの僕の扱いもひどいんだ。デビューする頃には、王太子に対する礼儀を身につけていて欲しいよ。せめて邪魔だとか言わない程度には」
ジョンのぼやきに、ニコラスが微妙な顔をした。
「キースが言えば、途端に改善されます。今すぐにでも」
「表面だけでしょ。全くもう」
マックスはブハッと吹き出してしまった。
確かに王子様は彼女達から、思い切り邪険に扱われている。失礼しました、と謝ったけど、ハーレイも笑い出したので、皆で笑ってしまった。
王子様でもキースに敵わないのか。それならマックスが敵わなくて当たり前だ。その考えはすんなりとマックスの心の中に収まった。子爵でも伯爵でも王様でも一緒だということだ。
思ったよりずっと気楽に楽しく時間が過ぎていった。
そんなある日、縁が切れたはずの母から寮のマックス宛で手紙が届いた。
一ヶ月後の学園祭に行きたいと思っているので、久しぶりに会いたいと言う。
確か社交をしない、子供への接近も禁止の誓約をしたはずだ。
学園祭が社交かは微妙だが、どうしたものだろうかとマックスは悩んだ。
次の休みにランス邸に戻り、この手紙の事を伯爵たちに話すと、二人もすごく驚いた。
「あの子は一体どういうつもりなの?」
伯爵夫人が怒っている。
伯爵も考え込んでいた。
普通に考えれば、別れた子供に会いたくなった、のだと思う。
伯爵が顔をあげた。
「マーシャの嫁ぎ先の跡取りが、重い病気になったという噂を聞いた。その見舞いでこちらにやって来るのかもしれない。
跡取りには子供がいないそうだが、もし何かあっても娘たちと孫が数人いて、そこから養子を取ればいいことだ。だから、そういう関係の話ではないと思うがね」
「僕に侯爵家の後継の話が来るかもしれないんですか?」
「ありえないよ。我が家門とも、お前とも縁を切ったんだ。もうマーシャとお前は親子では無いし、相続の対象にはならない」
幸運が舞い込んで来たかと期待してしたが、マックスはすぐにあきらめた。そんなおいしい話はそうそうないものだ。
「手紙は捨てて、忘れてしまいなさい。私の方から文句を言っておくよ」
そして、その後は手紙も来なかったし、テストや学園祭の準備で忙しかったから、マックスはそのまま忘れていた。




