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氷の貴婦人  作者:
第四章 マックスの学園生活
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マックスの大活躍

 いきなり15名対その他全員の構図になった。体育祭というより、馬術大会のようだ。


 出場者は皆落ち着いていて、大人びて恰好が良い。いつもの制服姿よりずっと男前で紳士に見える。

 輝く黒革のブーツのせいだろうか。それとも帽子のせいかとマックスは緊張しながら考えていた。


 同学年の出場者はキースとジョンの二人だけだ。

 二人の様子をちらっと見ると、彼らも落ち着いている。しかも輝いている。

 なんだか緊張しているのがマックスだけのようで、嫌になってくる。


 リラックスしなければと思えば思うほど、肩と腕に力が入ってしまい、動きがぎこちなくなる。この状態で出走したら、無残なことになりそうだった。そんなことを考えて、マックスはさらに緊張する。


 出走順にスタート付近に向かった。三年生からで、一番がジョンで、二番がキース、三番がマックスだ。

 

 馬を引いてゆっくりと歩いていると、キースが話し掛けてきた。


「マックスは緊張しないんだね。すごいなあ」


「ええ? がちがちになっているよ。キースこそ緊張していないんじゃないの?」


「まさか。僕は手が震えているよ。あ、ジョンは別だよ。あいつは緊張という言葉を知らないんだ」


 二人でジョンの方を見ると、彼は馬の首を撫でながら、何かを話し掛けていた。

 全くの平常心。さすが王者の風格だ。


「ジョンがうまく走れますように」


 さすが、良い子のキースだ。友人の成功を祈るのか。

 そう言ったらちょっと違う言葉が返って来た。


「違うよ。自分の前の奴が失敗すると、ビビるじゃないか。だからスムーズに終って欲しいんだ」


 なんだ。大した事を考えているわけじゃないんだな。いい子だと思いすぎて、持ち上げすぎていたのかもしれない。

 そんな話をしているうちに、ジョンがスタートを切った。

 それまでの応援の声が一旦静まり、障害物をきれいにクリアしていくうちに大きな声援に変わって行った。


 大きなミスもなく、優雅に軽やかに走り切り、なかなかの成績を収めた。やりにくいなあ。一番が高得点だと、後から走る選手にはプレッシャーだ。


「あ~。やっぱりジョンは凄い」


 そう言って、キースが馬にまたがった。途端にきりっとした顔になって紳士然とした様子でスタート位置に付いた。


「キースがうまく走れますように」


 緊張のあまり、キースの真似をして、そんな事をつぶやいてしまった。

 そして自分の口から出た言葉がマックスには信じられなかった。


 キースが走り出した。麗しい見た目と違い、力強さを感じさせるダイナミックな走り方で、コース取りも大胆だ。人によって、こんなに違うんだなと感心した。

 いままで他人の走りを、こんな風に注目して見たことが無かった。


 甲高い女性の声援がすごい。そして結局ジョンよりも高得点を取った。

 こうなると、女性の声援がすごいのもうなずいてしまう。


 次はマックスの番だ。がちがちだった体は普通に戻っていた。

 やれるだけやるか、そんな気分でマックスはスタートした。


 あんまり気負わず、淡々と馬を走らせて、コースはあっさり終わった。ものすごくあっけなかった。

 そして告げられた点数はキースよりも高かった。びっくりだ。


「すごいなあ、マックス。力の抜けたきれいな走りだったよ。緊張なんて全然していないじゃあないか」


 キースが駆け寄り、褒めてくれた。


 ああ、今日は、きつい。なぜかは本人にもわからないまま、マックスは声を出して笑っていた。

 色々とわからなくなってしまった。キースの事が嫌いなのかどうかもわからない。

 今日は、もういいのだ。今日はいつもとは違う一日なんだ。


 早く帰りたいな、そして寝たいとマックスは思った。



 競技は、四年生から七年生まで、大歓声の中で進み、全員が走り終わった。


 驚くことに、トップの成績を上げたのはマックスだった。


 結果が改めて読み上げられ、マックスの優勝、キースの準優勝が発表されると、割れんばかりの歓声と、拍手が沸き起こった。


 サイラス王がマックスの首に金時計を掛けて、笑いながら、おめでとう、と言った。そしてもう一言、小さく付け加えた。


「さすがアトレーの息子だ」


 マックスには目が眩むような体験だった。領地での暮らしに、こんなことが起きるはずもなく、想像したことさえなかった。


 父がサイラス王と学友だったとは聞いているが、ここで名前を聞くとは思わなかった。


 王は次にキースの前に立ち、同じようにおめでとうと言って銀の時計を首に掛けた。

 キースは、慣れた様子でありがとうございますと返し、握手をした。


 王が、また小さくもう一言。


「君の走りはグレッグに似ている。やっぱりグレッグ似なんだな」


「あ~、これもですか。ウ~ン」


 二人の様子は、伯父と甥というような親しげな感じだった。

 一瞬激しい嫉妬のような気持ちが湧き上がり、マックスは戸惑った。

 父のこともグレッグ伯父のことも、あまり気にしたことが無く、まして王などまるで関係の無い人物なので、何に誰に嫉妬したのか、マックスにもわからなかった。


 座席に戻ると皆にもみくちゃにされた。皆嬉しそうに笑っている。イーストの生徒達が興奮して言う。


「この競技の得点って、優勝と準優勝には特別高い点数が与えられるんだ。君のおかげで、総合二位に上がったよ」


 ワーッと叫んでいる内に、胴上げされていた。これも初体験。

 閉会式が終わり、ランス伯爵達の元に戻った時にはホッとした。

 ああ、やっと落ち着ける。


 ところがここでも、二人から抱きしめられ、熱烈な称賛を浴びせられ、近くに座っている親たちからも褒めちぎられた。

 もう、勘弁して欲しかった。マックスの頭と感情は暴走しそうだった。


 何が何だか分からないくらい声をかけられ、ようやく馬車に乗り込むと、マックスはすぐに眠ってしまった。


 屋敷に戻るとお湯が用意され、体を拭かれ、髪も洗ってもらった。その間もうつらうつらしていた。その後、着替えてから夜まで寝させてもらった。


 その夜はお祝いディナーで、特別に豪華だった。ランス伯爵夫妻は、嬉しさで舞い上がりそうな様子のままだ。



「ねえ、初めての体育祭、どうだった?」


「疲れました」


「楽しかったでしょ。あんなに活躍したんだもの。私たちも鼻が高くて、頬が緩みっぱなしだったわ」


「楽しかったです。こんなに気持ちが上がったり下がったり、興奮したり緊張したり、沈んだりしたのは初めてです」


 お祖父様がいたわるような目で見ている。


「早めに寝なさい。明日はゆっくりと起きればいいよ。朝食は、起きたら運ばせる」


 ありがたく、そうさせてもらった。

 



 次の日、昼近くになってようやくマックスは目を覚ました。

 体があちこち痛かった。いつもは使わない筋肉を使ったり、緊張して固くなったりしたせいだろう。


 軽く柔軟をして、体をほぐし、窓からベランダに出ると、新鮮な空気が体の中に満ちていく。


 物音を聞き付け、侍従がドアをノックした。着替えを準備してもらい、着替え終わったくらいに、侍女が朝食を運んできた。いつもより多めでボリューム感のある朝食だった。


 使用人の態度が以前と少し違う気がした。前より丁寧で子供扱いをしなくなっている。昨日の活躍のせいなのだろうか。


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― 新着の感想 ―
さすが、良い子のキースだ。友人の成功を祈るのか。 そう言ったらちょっと違う言葉が返って来た。 これを、するっと本人に言うようになっている。いい子ヅラするはずが、するはずだったことを忘れたみたいに。…
今まで周りに負のオーラが漂いすぎてて正のオーラに近づいて戸惑ってる感じ? マックス編ちょっと楽しみになってきました
このままキースと歩み寄れたらいいなと思いつつも。 マックス母の動向が見えなくて恐ろしいな。 入学前はマックスに対してサイコパスのイメージを持ってたけど、学園に入ってからの行動をみていると普通の子供ら…
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