騎馬戦の結果
イーストは他の二チームから狙われているため、人数が減ってしまい、大将も戦っている。
マックスは慌てて馬を返し、大将の側に向かうが、邪魔されてなかなか近づけそうにない。迂闊に近づくと、こちらがやられてしまう。けれど、大将が帽子を取られたらお仕舞いなのだ。
焦っているマックスの目の前で、大将は立て続けに二人を倒した。
この時ほど、あの馬鹿げたLOVEマークの帽子が尊く見えたことはなかった。
隙間を見つけ、打ちかかってくる剣を叩き返しながら、マックスはやっとで大将の側に馬を寄せた。其処までにだいぶ剣が振り下ろされたが、ジャケットの腕の部分が頑丈に作られていて、腕でも剣を防ぐことが出来る。
「よお、マックス、やるなお前。見どころあるよ」
大将に褒められた。喜びにマックスの心臓がドクンと鳴った。
その時、金色の髪がマックスの視線の端をちらっとかすめるのに気付いた。
キースが突っかかってきている。
「笑いながら切りかかって来るなんて、もしかして僕より性格悪いんじゃないのか?」
そう言いながら、キースの剣をはじいて、その場を離れ、馬の首を回して、ぐるっとイーストの後ろに回り込んだ。
全く後ろ側を意識していない奴がいたので、剣で叩いて体勢をくずし、後ろから鉢巻を引くと騎士が落馬した。
これはどうなるんだろう。鉢巻が取れていないので、マックスは勝ったと思っていいのかわからない。
戸惑っていると、突然、ワーッと歓声と悲鳴が上がった。
見回したら、イーストの大将が帽子を取られたところだった。
「あ~、やられた」
ガクッと気落ちして、声に出してしまった。こんな気分は初めてだ。短時間で、こんなに気持ちが上がったり下がったりしたのは、マックスの人生で初めての事だ。
残ったイーストチームの騎士数名とフィールドの外に向かう途中、大将がマックスにも声を掛けてきた。
「マックス、お前よくやったよ。いい戦いぶりだった」
チームメイトたちからも口々に褒められ、マックスは、なんとなく泣きたいような気分になる。大将がマックスの肩を叩いた。
「来年、リベンジしてくれよ。期待しているからな」
そうか、最上級生は来年はいないんだ。
そんな事を考えたら突然に寂しくなったり、頑張る気になったりした。感情の振れ幅が大きすぎて、マックスは目が回りそうだ。
「早くフィールドから出て、観戦しようぜ。きっとおもしろいぞ」
急いで待機場所に行き、馬から降りて皆で観戦した。
広がった陣容のウエストは、丸く集まったサウスをドーナツのように取り囲んで戦っている。
両陣営とも、数が減っているので、その形もばらばらになっていき、そこここで一対一の戦いが繰り広げられている。
さすがに大将の王子様は守られているだろうと思ったら、他の騎士と同じように戦っていた。
相手はキースだ。
まずくないのか? いいのか、それ、と心の中でマックスは突っ込んだ。まあ、キースだからいいか。自然にそう思ってしまい、ぎょっとした。周りの生徒に聞いてみたら、やはり同じように思っている様子だ。
「キースだからなあ。いいんじゃないか? 俺にはできないけど」
「そうだな。キースなら殿下に勝っても問題ないな」
キースとジョン王子は、楽しそうに結構過激にやり合っている。おまけに二人共、腕がいい。
紙の剣が折れない程度で、お互いの体勢を崩そうと、狙い合っている。
ただ、馬自体の能力がジョンの馬の方が断然良く、キースの馬は小回りが利かない。あれは、多分最後に残った馬だなとマックスは思った。
そう言えばあの時、キースは貴賓席に王女を送り届けに行っていた。だから準備が遅くなり、かなり遅くなってから厩舎に行ったのだろう。
次々に勝負が付き、騎士達が討ち取られ、数騎が残った状態になった。
やっぱり目立つ。キースも目立つが、ジョンも目立つのだ。その二人がいい勝負をしていれば、そりゃあ目立つし見ごたえがある。
黄金の騎士対白馬の王子様。どっちが主役なのかと悩んでしまう。
まあ、白馬の王子様が、白いバラの盛られたつば広帽子を被っているので、黄金の騎士対白馬の王女様にも見える。
観覧席の応援も、キャーという声と、ウォーという声が飛び交って、うるさいこと。どっちがどっちを応援しているかは謎だ。
そうするうちにウエストの大将が討ち取られ、サウス寮チームの勝利で幕が降りた。
全員で一緒にフィールドを一周し、拍手に送られ、厩舎に向かう。
マックスはとにかく疲れ切っていた。体もきついけど、メンタルが更にきつかった。
そこから一時間が、昼食の休憩時間に当てられる。
マックスが観覧席を探すと、ランス伯爵達が手を振っていた。興奮で目が輝いている。
「マックス、すごいじゃないか。馬の扱いが巧みで驚いたよ。すごく恰好がよかった」
「楽しそうで、チームメイトとも仲が良くて、よかったわ」
侍従達が、木陰に簡易テーブルとイスを運び、食事の用意をしている。彼らも楽しそうで、にこにこしている。冷たい料理ばかりの簡単な食事だけど、すごく美味しい。お腹が空いているし、気分が疲れているので、オレンジジュースが最高にうまいし、食後のチョコレートがあちこちを癒してくれる。
目いっぱい食べた。満腹して満足して、満たされるってこういうのを言うんだろうな。マックスはしみじみと思う。
そして、ふと、先ほど疑問に思った事を聞いてみた。
「キースがジョン王太子に打ちかかって行ったけど、あれは大丈夫なんでしょうか」
「ああ、問題ないよ。昔のサイラス殿下にも、グレッグが全く遠慮なく接していたからね。懐かしいな」
「お父様は、どうだったのですか?」
「アトレーは少し遠慮していたかな? それが逆に、サイラス殿下には寂しかったらしいけどね」
はあ、ということは、キースのあれはグレッグ伯父さんに似たということか?
まだまだ、キースのことが全然わかっていない。
でもマックスだって、グレッグ伯父さんと血の繫がりがあるのだ。改めて、キースとはとても濃い血縁関係なんだと認識した。
近くを通りかかる人々が、マックスを見ている。見られることに慣れているマックスは、それも気にならないが、容姿に目を留める以上の、何かが感じられる。
キースとの関係についてか、今日の活躍についてか、色々混ざっているようだ。
そこに、男性が二人の娘と息子を連れて近付いて来た。
礼儀正しく、ランス伯爵達に挨拶し、紹介を頼んだ。
「マックス。こちらはお前の叔母のソフィの夫で、モートン侯爵家のニコラス殿だ。
ご挨拶して」
「はじめまして。マックス・ハリルです」
「僕の事はニコラス伯父さんと呼んでくれると嬉しいな。
この子たちは君の従妹弟だよ。マリベルとルース、ハーレイだ。これからよろしくね」
子供たちが、順番に挨拶する。一番小さい男の子が一番うれしそうにしている。女の子たちは、不審顔というか、不思議な表情をしている。
娘たちの様子を見て、ニコラスが言った。
「キースと似すぎていて、変な気分になるんだろうね。僕だって、戸惑うよ。本当に似ているんだね」
それにはランス伯爵が答えた。
「双子でもないのに不思議なことですね。でも、大人になれば変わるでしょう。生活と性格が容姿を変えていくものだから」
それはマックスにとって、気分が落ち込む話だった。生活はキースより下になるし、性格は彼にかなう気がしない。それが容姿に表われると、どうなるんだろうと考えてしまったからだ。
ニコラスがにこにこして、マックスを見つめた。
「そうですね。今でも、マックスの方がキースより落ちついた雰囲気を持っている。まったく同じではないですね」
「僕の方が落ち着いている? ああ、そういう風に言われると悪くないですね」
マックスは素直にそう口に出していた。
この男性の言葉は気持ち良く心に届く。
今日は気持ちの上がり下がりが激しい。やはり疲れる日だ。




