領地への旅
三日後、馬車と馬で領地の館を目指した。メンバーはアトレーとキース、グレッグ、従僕のコールの四名だ。
調査役の人間には、あの後すぐに領地に向かってもらった。
馬車の外の風景が、次第に人家から緑に変わり、時にはうっそうとした森に変わった。森の中は薄暗いが、時に明るい光が差し込む場所があり、それはとても神秘的だった。
都会育ちのキースには全てが物珍しく、興奮の連続らしい。
窓にかじり付き、ずっと外を眺めている彼に、グレッグが注意した。
「そんなに外をずっと見ていたら、気分が悪くなるぞ。少し休め」
「うん、わかった」
そう言ってキースは渋々という感じで前を向いて座り直す。その目は生き生きとして、興奮にきらめいている。
「キース。どうだ。旅行は」
「楽しいよ。僕はあの家と学校と周辺にしか行ったことないもの」
両親達はひっそりと、なりを潜めて生活していたのだと、アトレーは改めて知った。自分が子供の頃は、領地や他の行楽地、避暑地などへ何度も出かけていたものだ。
「キース、これからは色々な場所へ行けるよ。もう身を潜める必要は無いんだから」
「お父様、僕はレグノに訪ねて行ってもいいですか。外国にも行きたいです」
「そうだな。落ち着いたら遊びにおいで。案内するよ」
「俺を訪ねて来てもいいぞ。あちこち出ていることが多いから、今度一緒にあっちへ行こう。俺の家族を紹介するよ。お前と同年代の子供がいるから楽しいと思うよ」
その言葉でアトレーは思い出した。
レグノの家にはマックスとマーシャがいるんだ。家には呼べないだろう。
困ったな、と思っていると、グレッグが、察して助言をくれた。
「大使館のゲストハウスを使えるから心配は要らない。キースも気兼ねなく過ごせるよ」
キースの目がきらっと光る、緑色が少し黄緑がかって見える。
「じゃあ、楽しみにしているね。友人も連れて行っていいかな」
その方が好都合だ。ずっと一緒にはいられないだろうからと思い、アトレーは答えようとして、ちょっと引っかかることに気付いた。
「ああ、いいよ。あ~、だがジョン王太子は駄目だぞ。別枠だ。彼の場合、公式訪問になってしまう」
「それだと、納得しなそうだな。ものすごく文句を言われそうだよ」
グレッグが、まあ、頑張れと肩を叩いた。
途中宿に一泊し、領地に着くと、まずは執事以下の使用人を集めキースを紹介した。
息子であり次期当主であることも、この場ではっきりと告げた。
その場にマーシャと子供達が出迎えに来ていないのを不思議に思い、執事に問いかけると、彼女達は出て行ったまま戻っていないと言う。
どういうことなのかと思い、アトレーはグレッグを振り返った。
「あの次の日、ホテルから馬車に乗せて領地に向かわせたよ。俺が立ち会った」
「じゃあ、今はどこにいるんだ?」
「皇都にまだいるか、この領地の何処かにいるか、だろうな」
執事のハンスに命じ、書斎に他のメンバーを案内させ、軽食の用意を侍女長に頼んだ。
この侍女長エラは長くこの邸に勤めてくれる忠実な女性だ。
「マーシャが家政に全く関わっていないと聞かされたのだが、もしかしたらエラがずっとやってくれていたのか?」
「はい。奥様がいらっしゃった一番はじめと、ご出産後に、引き継ぎのお話をしたのですが、取り合っていただけないままでございます」
申し訳なさそうに、そう言う。
「そうか、申し訳ない。負担を掛けてしまったな」
「いいえ、社交の無い屋敷では、仕事量もたかが知れています」
アトレーは彼女の給金をアップを心にメモした。ありがたい使用人なのだ。
「他にも聞きたいことがある。食事が終わったら、書斎に来てくれ」
書斎に入ると、ハンスとコールが事務上の相談をしており、グレッグとキースは壁にかかった絵を見ていた。
「軽い食事の用意を頼んだので、まずは食べて落ち着いてから今後の事を決めようか。
ハンス、済まないが、誰かを道中の宿屋に走らせて、マーシャ達が三日程前に宿泊しなかったか聞いて来てくれ」
宿屋は一軒しかない。皇都と領地の途中で宿泊に使う宿屋は決まっている。領地から半日程度の場所にあるので、馬で向かえば3時間ほどで行ける。
食事の後片付けが終わると、ハンスとエラが揃って顔を出した。
「他の使用人には内密で聞きたいことがある。マーシャの生活について知っていることを教えて欲しい。マーシャのここでの生活の様子を、私は何も知らない。実はマーシャ自身についても、ほとんど知らないのだ。グレッグの方が詳しいだろう?」
「うん。そうかもな」
ハンスが、まずは一日の生活リズムからでいいでしょうか、と聞いてから説明した。
「朝は十一時位に起きて、ランチを取り、その後二時間程休憩を取り、三時くらいに着替えをなさいます。外出されない日は、そのまま一日過ごされます。お出かけは週二回程度で、この後馬車でお出かけになり、六時くらいに戻られ、夕食後十時過ぎに着替えてお出かけになります。戻るのは大体二時くらいでしょうか。大体このパターンです」
アトレーが行く先を聞いた。
「午後の外出先は街中です。よく買い物をなさって帰ります。夜の外出先は、カジノです。両方共、隣の領地までお出かけされます」
アトレーは、隣の領地にカジノがあることすら知らなかった。
グレッグが尋ねた。
「どんな類の賭博なんだ?違法なものでは無いだろうな」
「はい。庶民的な場所で、賭け金もそう高額になることはありません。私共も、たまに遊びに行く場所です。隣の領地の繁華街にあります。主にポーカーと、ルーレットです」
グレッグが唸った。
「父が田舎の子爵家を選んだのは慧眼だったな。なんで、あいつはろくでもない方向へしか目を向けないんだ」
興味津々の様子でキースが行きたいですと言い、グレッグも同意した。
「俺たちも一度場所と雰囲気を確認しておこう。ついでに借金の有無も」
早速ということで、その夜三人でカジノへ繰り出した。夜用のおしゃれをすると、なんとなく気分が盛り上がる。
キースも年末に作ったスーツを少し修正して貰ったのを持ってきたので、バッチリ決まっている。
三人揃うと壮観だった。ハンスが満足げに、行っていらっしゃいませ、と送り出してくれた。




