久しぶりの帰省
次の日、グレッグは首都に帰って行った。
グレッグとアトレーとで相談し、首都での準備期間を三か月と設定し、アトレーが単身で出向いて着任準備と引越し準備を行うことになった。
家族が出てくるのは出発直前で、皇都に滞在する期間は3,4日程度にした。
いらぬ騒ぎが起きないよう配慮したのだ。
その他、いくつかのことについて相談し、グレッグが動くことを約束した。
グレッグは戻るとすぐに王宮に出向き、王夫妻に謁見を申し出た。
二日後、報告と提案を行い、そのままサウザン子爵家に向かった。
サウザン子爵は再婚していたが、未だに子供に恵まれていない。そのため、メアリーの事を打診してみようと考えたのだった。
グレッグはザカリーのみを呼び出し、話を切り出した。さすがに驚いていたが、考えてみると言ってくれたので、彼らが首都に出て来る3か月後までに決めて欲しいと伝えた。
子供の出産時期から、子供の父親が自分だと納得もしてくれた。ついでに、アトレーとマーシャの関係は本当にあの一回だけで、独身時代の付き合いもほとんどなく、今も全くの没交渉だと言うと驚いていた。
「驚くのは解ります。私だって、今回初めて知って呆れました。生涯の恋人という言葉で全員が二人の関係を深いものと思いましたから」
「マーシャは幸せにやっているんでしょうか」
「さあ、どうでしょうね。私にはわかりません。
お子さんのメアリーの容姿はあなたに良く似ています。性格も大人しそうでした。アトレーは彼女が一番ほっとする存在だと言っていましたよ」
ここで、父親としての気持ちが呼び起こされたのか、アトレーとは血の繋がりが全くないのですね、とつぶやき、心配そうな顔をした。
グレッグは、自分の考えを正直に話した。
「レグノでの自由な生活が待っているので、このままでもいいのかもしれません。幸せに成長し、良い相手と結婚し、生家を離れていくことになるとは思います。ただ、今が良い家庭環境とは言えないのが、気がかりなのです。
どちらを選ぶのが正解かは誰にもわからない。だから父親のあなたの判断に任せたいと、アトレーから提案されました」
「アトレーが?」
「彼女はアトレーの庶子として公式には届けられています。それもメアリーのハンデになります。
今なら、離婚前のマーシャとの子として記録の書き換えを約束します。つまり、出生日を半年ほどずらします。
世間には、マーシャが手放さなかったのを、この機会に話し合って実父に戻したことにしたらいいのです」
よくよく考えて、特に義母となる奥方とよく話合って、結論を出して欲しいと念を押し、前向きに考えるなら、詳細は知らせずに会ってみる機会を設けると約束して、グレッグは帰って行った。
半月ほどしてアトレーが首都にやって来た。
ゲート家では、いつもと違い屋敷の全員で彼を出迎えた。
いつもは使用人もアトレー自身もなるべく顔を合わせないように注意深く振る舞っていた。お互い、何を話していいか分からなかったからだった。
久しぶりに、屋敷の子息としての通常の扱いを受け、アトレーは今までとは違うことを実感した。迎える両親の表情も晴れやかだ。
「長旅で疲れただろう。さあ、ゆっくり休んでくれ」
「お出迎え感謝いたします」
まずは体を休めてくれと、居心地の良い客間に通された。元の部屋はキースが使うよう改装する予定だという。
「色々と一掃しようと思っているんだよ。新しい出発に合わせて」
アトレーは今までと全く違う屋敷の人々の様子に、これから全てが変わっていくことを実感した。アトレーと家族はレグノで暮らし、このゲート家は、キースが継ぐことになるだろう。アトレーの意識の中で、自分の一家にキースは含まれていない。ゲート伯爵夫妻の子供というような感覚だ。
赴任する前に、そういう関係のこともはっきり取り決めておこう。
部屋でゆっくり過ごし、久しぶりに生家でくつろげた。夕食は賑やかに楽しかった。
「こんな風に笑いながら食事をするのは久しぶりです」
「いつもは家族と一緒に食事をしないのか?」
「……大抵は一人です」
「まあ、そういう話は明日の昼間に聞こう。今はゆっくりしようじゃないか」
伯爵はそう言ってワインをもう一本開けさせた。
母が若返っていたので、そう言うと、社交の予定が詰まっているからかしら、と嬉しそうに笑う。
一時期全く途絶えていた社交の誘いが、去年から一気に、昔の倍に膨れ上がったそうだ。それはさぞ忙しいことだろう。
その晩アトレーは本当にゆっくりと眠れた。
翌日、グレッグが、昼過ぎにやってきた。
今後のスケジュールと、所属先、赴任前に挨拶に回る訪問先等を手際よく説明してくれる。
着任式は、三日後。それまでにすることは特に無い。今回のことが決まってすぐ、新しいスーツを作った。皇都の流行りとは違うだろうが、一応新品だから失礼には当たらないだろう。
グレッグに見せろと言われ、広げて見せたらすぐにダメ出しが出た。
「お前は相変わらず服装に無頓着だ。そういうところは改めろよ。国の顔となるんだ。いつもビシッとしておかないと」
早速叱られてしまったが、こういうやり取りは昔と変わらないなと、アトレーは懐かしく思った。
テーラーにスーツ一式を持ち込み、補正を頼むことになった。幸いグレッグの行きつけの店が、便宜を図ってくれて受けてくれた。
「先日ご子息のスーツをご注文いただきました。それがとても評判で、私共も非常に喜んでおります。
今回は最優先でお針子に頑張ってもらいます」
テーラーの主人はそう言って、嬉しそうにスーツに待ち針を打っていった。




