家族の紹介
グレッグの問いに、アトレーはなるべく簡潔に答えようとした。
「領地に赴任してから数か月は、生活を整えるのに忙しくて、毎日がバタバタと過ぎていった。俺は仕事を覚えなくてはいけないので、そちらにかかり切りだった。
そんな中、マーシャがマックスを置いて家出した。そして戻って来てから数か月後に子供を産んだ」
「解りやすい説明をありがとう。お前は昔っから口数が少なすぎる。経緯は解ったが、やっぱり謎だらけだぞ」
口から生まれたようなグレッグに言われると、お前と一緒にするなと思うが、言葉が足らないとはよく言われるのだ。ソフィとも結婚前の会話が少なすぎたと今では思っている。
それで、グレッグから質問してもらうことにした。
「まずは、マーシャとの仲はどうなんだ。あの頃、どう思っていたんだ?」
「好ましくは思っていなかった」
グレッグはうんざりしたような顔で溜息をついた。
「正直に話していいよ。兄妹だからって遠慮は不要だ。今更、不倫を咎めたりもしないよ」
そう言われて、口がなめらかに回るようになった。
「それはもう、疎ましかったよ。近寄られるとぞっとした。
俺としては単純な情事の一つだった。彼女から、もう既婚者だからわかりはしないと言われて、つい魔がさしてしまったんだ。そのたった一回の情事の結果が、あんな大事になるなんて思ってもいなかった。馬鹿だったよ」
初めて本音で、あの当時の話をした。話す相手が一人もいなかったのだ。聞いてくれるはずの友人達が、というか、誰一人、アトレーの側にはいなかったのだ。
「結婚前からの仲ではなかったのか?」
「恋愛ごっこ程度の軽い付き合いはあったけど、手を出したりはしてないよ。そうでなければ、婚家のほうから何か言ってくるだろ」
「まあ、そうだよな」
今更だが、本当に何だったんだろうと思う。浮かれていた? 調子に乗っていたが一番近いだろう。何不自由なく、将来も約束され、可愛い花嫁との結婚を控えていた当時の自分を張り倒したい気分だった。
「割り切った相手との付き合いはそれなりにあったよ。それの一つくらいに思っていたんだ」
「そうか。当時から、あのどうにもかみ合わない感じは何だろうと思っていたんだけど、つまり、お前にとってあまりに些細な事だったんだな。生涯の恋とかマーシャが言うから、よっぽど深い仲かと思っていたよ。たぶん、皆もそうだ」
「お前、睦言でその場限りの、そんな言葉を吐かないか?」
「ああ、言うよ。スパイスみたいなものだ。でも相手を選ぶよな。そもそも遊びを理解しないタイプには近付かないようにしている」
改めて自分の甘さを思い知らされ、アトレーはまた落ち込んだ。
「お前、言い訳を並べ立てるタイプじゃあないもんな。あの時も何も言わなかった。だからマーシャの言うことだけを俺たち全員が信じた。じゃあ、マーシャとの結婚は、本当に不本意だっただろうな」
「子供のためには、仕方がなかったんだ。両親は、マックスが変な係累を作って、将来ゲート家に害を成すのを避けようとした。マーシャにろくな縁がないのは解っていたし、マックスに貴族籍を与えたかった。
今思うと、マーシャだけ放り出せばよかった。彼女がマックスを捨てるとは思わなかったよ。母性も薄いんだな」
「マックスを置いてサウザン子爵家に家出したって言ってたな。良く受け入れられたもんだ」
「たった一回の過ちで、俺が強引に迫ったと泣きついたらしい。たった一回の過ちはその通りだ。結婚した時にバージンだったのは向こうもわかっているし、それ以降ずっと領地から出ていないからね。
でも、マックスを顧みない態度に周囲が憤慨して、追い出されたようだ」
「子供のことは、子爵家には知らせたのか?」
「いいや、知らせていない。妊娠がわかってすぐに、婚姻届けの提出を止めてもらおうと思ったが、遅かった。また騒ぎがぶり返すのは嫌だったから、あきらめたよ。でも相続で差をつけるよう庶子扱いにした。俺の評判はもう落ちるところまで落ちているから気にしないさ」
グレッグの表情が固くなっている。たぶん、単純にアトレーが外で作った子供だと思っていたのだろう。
「今は、夫婦として生活しているのか? それとも没交渉か?」
「この家で一緒に暮らしているが、ほとんど関わることが無い。彼女の生活も知らないな」
グレッグが、今後、マーシャをどう扱ったらいいのか、悩むなあと独り言のように言う。
「実は一番気になっていたのはマックスの今の様子なんだ。マックスと彼女との関係は? 置いて行かれた事はわかっているんだろうか」
それも、言いたくないことの一つ。いや、最大の一つだった。
「多分、こう言ったら大体推測できると思う。マーシャにそっくりだ」
「嫌なたとえだな。事実を自分に都合よく受け取るところか? 考えが浅いところか? 俗物なところか? 薄情なところか?」
「全部だ」
「最悪ってことか。いいところはどこだ?」
「容姿かな」
「嫌な予感が当たったよ。あの三歳の時に、既にどこか、引っかかる物を感じていたんだ。多分関係者は皆。だから彼を引き取るのが躊躇われたんだ」
グレッグから、マーシャ達家族を補助するためのサポート体制の話が伝えられた。
至れり尽くせりだ。ありがたくて涙が出るが、よっぽど強力なサポートチームを付けないともめ事が起こりそうな気がする。あのマーシャに、マックス、庶子のメアリー。
「庶子のメアリーは父親のザカリーに容姿も性格も似ていてまともだ。他所の子だけど、よっぽど気が休まるよ」
グレッグは、夕食時に引き合わせてくれと言った。
アトレーは気が進まなかったが、会わないと話が進められないと言われ、渋々頷いた。
「来る前に心の準備をしていたのだが、全然足りないね。さすがの俺も参ったと言わせてもらう」
夕食の時に、着飾って集まった家族を引きあわせた。
全く友好的でない態度のマーシャと、同じ様子のマックス、ひたすら大人しくしているメアリーを紹介し、食事が始まった。
食事をしながら、任官と就任する国の話をグレッグが伝えた。
マーシャとマックスは凄く喜び、グレッグに対する態度もだいぶ改善され、家長としてはほっとした。
アトレーから見て、マーシャはあまり変わっていないと思う。容姿はいい方なので、黙っていれば見られないことは無い。だが、話し始めると、話す内容や動作から品が欠け落ちているのが垣間見える。十代の頃は、かわいらしく思えたそういう気楽さが、年と共に軽薄さに見えてくる。
余り公の場に出したくない人物だ。公務関係でのパーティーは、自分が一人で出るのを基本として考えてもらわなければまずい事になりそうだ。ちらっとグレッグと目が合った。その目に同情の色が浮かんでいるのがいたたまれなかった。




