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氷の貴婦人  作者:
第三章 アトレーの家族
31/58

任官の知らせ

 年が明け、春がやってきた頃、新しい王が誕生した。サイラス王だ。

 そして同時にジョン王子の立太子式も執り行われた。


 国中がお祝いムード一色になり、各地でお祝いのイベントが連日繰り広げられ、首都で行われたパレードには、道を埋め尽くす人だかりが出来た。


 そのお祭り騒ぎの中、アトレーの元に書記官着任の通知が、サイラスの手紙と共に届いた。

 持って来たのはグレッグだった。


 突然のグレッグの訪問に始めは戸惑ったが、正式な国の勅使として来ているので無視は出来ない。


 アトレーはゲート家の領地の邸に、グレッグを丁重に迎え入れた。

 執事がコートと帽子を預かった後、彼を応接間に案内してきた。


 アトレーはそこで昔の親友を待っていた。



「久しぶりだな、アトレー。元気にやっているか?」


「まあ、それなりに」


 そうか、と言った後、威儀を正した。


「新王サイラス様からの親書と伝言を預かっている。謹んで受け取るよう」


 そしてレグノ大使館の書記官への着任の書類と、直筆の手紙を渡し、すぐに目を通すようにと言った。


 しばらく書類と手紙をめくる音だけが、静かな部屋に響いた。


 アトレーが読み終わって、顔を上げるのを見守っていたグレッグが、受けるか? と尋ねた。


 しばらく黙って考えているアトレーに焦れて、グレッグが声をかけた。


「何を考えている?

 嬉しいのか、嫌なのかどっちだよ」


 相変わらずグレッグはせっかちだ。アトレーはポツリと答えた。


「嬉しいよ」


「それで? 受けるかい?」


「ああ、ありがたく、お受けいたします」


 ピシッと立っていた姿勢を崩して、グレッグはどさっと椅子に座った。


「良かった。それ以外への返答はもって来なかったからな。じゃあ、伝言だ。


 受けてくれてありがとう。しっかり自分を活かしてくれ」


 嬉しかった。まさか、こんな風にもう一度任官することがあるなんて、思ってもいなかった。しかも外国で働くので、好奇の目にはさらされずにすむ。それはサイラスの配慮であり、その気持ちがまた嬉しかった。


「どうだ。任官先のレグノは温暖で気持ちの良い気候と、うまい食い物があるいい国だ。社交界も華やかで、君の相変わらずの美貌が活躍すること請け合いだよ」


 グレッグはそう言って笑っているが、容姿が衰えているのは自覚していた。まだ三十二歳で、体が衰えたわけではないが、自分で見ても生気が抜けて一回り小さく見える。


 それを笑い飛ばしてくれるグレッグが、うれしくも懐かしかった。

 俺やサイラスが悩んでいると、それをいつも彼が吹き飛ばしてくれた。思えば本当にいい友人だったのだ。


 それを裏切ってしまった。そこまで考えると、またアトレーは自分がしぼんでいくような気がした。


 いつの間にかグレッグが前に立っていた。


「何かマイナス方向に考えが行っているだろう。やめとけ、悩むだけ損だ」


 そう言って、次は事務的な事の通達な、と続けた。


「着任の手続きのために、首都に来てもらう必要がある。

 事務手続きはすぐに終わるけど、準備期間が必要だよ。着任先の国についての情報や、外交方針などを学んでもらわないといけない。それに最低でも二か月は必要だ。あと、家族の引越しの準備だ。これにも二か月くらい掛かるだろ?」


 ああ、家族の話になってしまうよなと思い、アトレーの気分は沈んでいった。

 今更取り繕うのも馬鹿々々しいが、少しでも先延ばししたくて、まずはキースやソフィーの事を聞いてみた。


「キースと、ソフィはどうしているんだい」


「楽しく暮らしているよ。キースが傑作な子でね。ソフィの心を溶かし、周囲の好意をもぎ取り、モートン侯爵家の妹弟共、交流して楽しくやってる」


「あのソフィが、キースと関わるようになったのか?」


「うん。本人曰く、もう大丈夫だそうだ。俺が思うに、ソフィのあの状態は、キースを憎まないよう、キースの存在を消していたんだと思うんだよ。無自覚にね。母親の本能か、ソフィの自己防衛かわからないけど、もしそうなら器用なことだね」


 それほどまで負担を掛けていたのだと、アトレーはまた下を向いてしまう。

 その頭の上からグレッグの声が落ちて来る。


「もう大丈夫だとソフィが言ったんだ。もう12年も経ったよ。お前も顔を上げろよ」


 顔を上げていいのだろうか。ソフィの許しを貰ったからといって。


「彼女たちは幸せだ。次はお前の番だ。いや、もしかしたらもう幸せなのかな。それならそれで結構なことだよ」


 何と答えたらいいのだろうか。お前は幸せになるなと言われれば楽なのに、幸せかと聞かれると返事に困るのだった。


 言葉を探していたら、グレッグの方から切り込まれた。


「庶子として届け出た娘がいるそうだな。どういう経緯なんだ」


 グレッグがそれを知っているのに驚いたが、任官の事前調査があるはずなので、調べられていて当たり前だ。


「今、六歳だ。マーシャが産んだ子だよ」


「あ? どういうことだ。そりゃあ、一体……

 お前の子じゃあないってことか?」


「うん、前の夫のザカリーの子だよ」


 さすがのグレッグも、口をあんぐりと開けている。

 アトレーも、そうだった。妊娠の知らせを受けた時の自分の顔を見るような気分だ。

 グレッグが開いた口を閉じ、真顔になってから言った。


「昼間で悪いが、強い酒を持って来てもらえないか。飲まずに聞くのは体に悪そうだ」


 アトレーは執事を呼んで、ウイスキーを用意させた。そして今日は一日、他の用事を取り次がないようにと伝えた。


 グラスに酒をなみなみと注いで、一緒にがぶっと飲んだ。

 しばらくしてグレッグが聞いた。


「何で、そんなことになった?」


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― 新着の感想 ―
うわぁーー・・・・。。。。 ・・・・・・ うーわーー・・・・ 色々あるけど、とりあえずこれを当主に報告してないのは貴族としてアカンやつでは。
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