任官の知らせ
年が明け、春がやってきた頃、新しい王が誕生した。サイラス王だ。
そして同時にジョン王子の立太子式も執り行われた。
国中がお祝いムード一色になり、各地でお祝いのイベントが連日繰り広げられ、首都で行われたパレードには、道を埋め尽くす人だかりが出来た。
そのお祭り騒ぎの中、アトレーの元に書記官着任の通知が、サイラスの手紙と共に届いた。
持って来たのはグレッグだった。
突然のグレッグの訪問に始めは戸惑ったが、正式な国の勅使として来ているので無視は出来ない。
アトレーはゲート家の領地の邸に、グレッグを丁重に迎え入れた。
執事がコートと帽子を預かった後、彼を応接間に案内してきた。
アトレーはそこで昔の親友を待っていた。
「久しぶりだな、アトレー。元気にやっているか?」
「まあ、それなりに」
そうか、と言った後、威儀を正した。
「新王サイラス様からの親書と伝言を預かっている。謹んで受け取るよう」
そしてレグノ大使館の書記官への着任の書類と、直筆の手紙を渡し、すぐに目を通すようにと言った。
しばらく書類と手紙をめくる音だけが、静かな部屋に響いた。
アトレーが読み終わって、顔を上げるのを見守っていたグレッグが、受けるか? と尋ねた。
しばらく黙って考えているアトレーに焦れて、グレッグが声をかけた。
「何を考えている?
嬉しいのか、嫌なのかどっちだよ」
相変わらずグレッグはせっかちだ。アトレーはポツリと答えた。
「嬉しいよ」
「それで? 受けるかい?」
「ああ、ありがたく、お受けいたします」
ピシッと立っていた姿勢を崩して、グレッグはどさっと椅子に座った。
「良かった。それ以外への返答はもって来なかったからな。じゃあ、伝言だ。
受けてくれてありがとう。しっかり自分を活かしてくれ」
嬉しかった。まさか、こんな風にもう一度任官することがあるなんて、思ってもいなかった。しかも外国で働くので、好奇の目にはさらされずにすむ。それはサイラスの配慮であり、その気持ちがまた嬉しかった。
「どうだ。任官先のレグノは温暖で気持ちの良い気候と、うまい食い物があるいい国だ。社交界も華やかで、君の相変わらずの美貌が活躍すること請け合いだよ」
グレッグはそう言って笑っているが、容姿が衰えているのは自覚していた。まだ三十二歳で、体が衰えたわけではないが、自分で見ても生気が抜けて一回り小さく見える。
それを笑い飛ばしてくれるグレッグが、うれしくも懐かしかった。
俺やサイラスが悩んでいると、それをいつも彼が吹き飛ばしてくれた。思えば本当にいい友人だったのだ。
それを裏切ってしまった。そこまで考えると、またアトレーは自分がしぼんでいくような気がした。
いつの間にかグレッグが前に立っていた。
「何かマイナス方向に考えが行っているだろう。やめとけ、悩むだけ損だ」
そう言って、次は事務的な事の通達な、と続けた。
「着任の手続きのために、首都に来てもらう必要がある。
事務手続きはすぐに終わるけど、準備期間が必要だよ。着任先の国についての情報や、外交方針などを学んでもらわないといけない。それに最低でも二か月は必要だ。あと、家族の引越しの準備だ。これにも二か月くらい掛かるだろ?」
ああ、家族の話になってしまうよなと思い、アトレーの気分は沈んでいった。
今更取り繕うのも馬鹿々々しいが、少しでも先延ばししたくて、まずはキースやソフィーの事を聞いてみた。
「キースと、ソフィはどうしているんだい」
「楽しく暮らしているよ。キースが傑作な子でね。ソフィの心を溶かし、周囲の好意をもぎ取り、モートン侯爵家の妹弟共、交流して楽しくやってる」
「あのソフィが、キースと関わるようになったのか?」
「うん。本人曰く、もう大丈夫だそうだ。俺が思うに、ソフィのあの状態は、キースを憎まないよう、キースの存在を消していたんだと思うんだよ。無自覚にね。母親の本能か、ソフィの自己防衛かわからないけど、もしそうなら器用なことだね」
それほどまで負担を掛けていたのだと、アトレーはまた下を向いてしまう。
その頭の上からグレッグの声が落ちて来る。
「もう大丈夫だとソフィが言ったんだ。もう12年も経ったよ。お前も顔を上げろよ」
顔を上げていいのだろうか。ソフィの許しを貰ったからといって。
「彼女たちは幸せだ。次はお前の番だ。いや、もしかしたらもう幸せなのかな。それならそれで結構なことだよ」
何と答えたらいいのだろうか。お前は幸せになるなと言われれば楽なのに、幸せかと聞かれると返事に困るのだった。
言葉を探していたら、グレッグの方から切り込まれた。
「庶子として届け出た娘がいるそうだな。どういう経緯なんだ」
グレッグがそれを知っているのに驚いたが、任官の事前調査があるはずなので、調べられていて当たり前だ。
「今、六歳だ。マーシャが産んだ子だよ」
「あ? どういうことだ。そりゃあ、一体……
お前の子じゃあないってことか?」
「うん、前の夫のザカリーの子だよ」
さすがのグレッグも、口をあんぐりと開けている。
アトレーも、そうだった。妊娠の知らせを受けた時の自分の顔を見るような気分だ。
グレッグが開いた口を閉じ、真顔になってから言った。
「昼間で悪いが、強い酒を持って来てもらえないか。飲まずに聞くのは体に悪そうだ」
アトレーは執事を呼んで、ウイスキーを用意させた。そして今日は一日、他の用事を取り次がないようにと伝えた。
グラスに酒をなみなみと注いで、一緒にがぶっと飲んだ。
しばらくしてグレッグが聞いた。
「何で、そんなことになった?」




