幼馴染同士の会話2
サイラスは八年前の事から話し始めた。
「八年前のあの時、彼を庇ったら駄目だと言ったのはローラだ。だが僕も同じ結論を出していた。先に口に出してくれたのは、ローラの優しさだよ」
「うん」
「その後、世論を注意深く見ていた。集団の意思は無視出来ないからね。始めは非難の色一色だったのが薄れてきて、好奇心がくすぶって残った」
グレッグもそれは解っている。我が家にも、もの問いたげな顔の客がたくさんやって来た。誰も直接は聞かないけど、何かを期待しているのはわかった。
「アトレーとソフィのどちらも、全く口を開かない上に両家も無言だ。
ゲート家の使用人に聞いても、よほど指導が行き届いているのか、全く何も漏れて来ない。見事なものだ」
「あそこは執事がいいからね」
サイラスの表情がピクッと一瞬変わった。
「引き抜きたいな」
「駄目だ。あの家はキースが継ぐんだよ」
サイラスはヘラッと照れ笑いをして続けた。
「そうか。そうだな。
今年になって、そのキースが、残っていた湿った空気を追い払った」
「うん」
ちょっと間を置いて、サイラスが唐突に言った。
「俺さあ、来年、王位を継ぐ予定なんだ」
「おめでとう御座います。国王サイラス」
少年時代に時々やっていた王様ごっこのセリフだ。相手が本当に王になる奴だという、スペシャルなごっこ遊びだった。
今回は本番だ。ごっこではない。
「色々な祝い事や恩赦も出すことになる。人事も大きく動くことになる。
その人事異動の一つとして、アトレーを隣国レグノの大使館の書記官に任命しようと考えているんだ」
「おお、良いな、それ」
「この国の社交界に、アトレー夫妻の居場所はないよ。僕の王宮にもね」
「おい、寂しそうな顔するなよ。王様」
サイラスの側に寄って、肩をぶつけて体を揺すってやった。
「やめろよ、子供か? お前は。
彼には外国で活躍してもらうのが一番だ。せっかくの彼の能力や魅力を領地に埋もれさせるのはもったいない」
自身も外交官なので、彼の容姿が外交に大きな強みになるのは分かる。だが夫婦での行動も多いので、そこのところが問題になりそうだ。
「マーシャが妻なのが痛いなあ」
「マーシャ夫人の能力や評判は分からないが、期待出来ないのを前提で準備しているよ。
だからアトレーを補佐する者もしっかりした者をつけるよ。家族の面倒を見る者達も含めて」
「ありがとう。それを聞けて嬉しい。
マーシャに元親友の足をこれ以上引っ張って欲しくは無い」
グラスをカチンと合わせ、一緒に一口飲む。肩の荷が少し降りた気分だった。
しばらくしてローラが戻って来た。
氷の注文にしては遅いなと思っていたら、何やら紙を差し出し、見てと言った。
なんだろうと思ったら、新たな爆弾だった。アトレーの家族構成の写しだ。
アトレー・ゲートの娘の続柄は、庶子と書かれていた。
三人とも黙ったまま、こうなった経緯を考えた。
アトレーが他所で作った子を引き取った?
実子に登録しておけばスキャンダルを回避できるのに、わざわざ庶子とするのは何故だろう。
実子と差を付けるため、というのは確かだが、マーシャが認めなかったのだろうか。
どちらにしても、子供はハンデを負う。
三人で黙って飲んだ。
その環境でマックスはどう育っているのだろう。
グレッグが沈黙を破った。
「今日は叱ってもらうために来たのもあるんだ。マックスのことだよ。八年前、子供だけ引き取る事もできたんだ」
二人がグレッグに向かい合うように場所を詰めて来た。彼らも、不思議に思っていたのだろう。思いがけないという様子では無い。
「腹が立っていたせいで子供も疎ましく思えた。その反対に、マーシャから子供を取り上げるのも、子供を母から引き離すのもためらわれた。でも、たぶん怖かったんだ。キースとマックスが似過ぎていたからね。比べてしまうのが怖かった。だから両家共、彼を引き取ろうとしなかった」
「似すぎているほど似ていたわね。そうね。同じだと反って違う部分が際立つわね」
「愚かなマーシャの子だ。私たちはあの子をちゃんと愛せるか自信がなかったのさ。それでも、あの時に引き取って居ればと後悔することがある。これが杞憂で、素晴らしい子だったならいいんだが」
三人は庶子と書かれた書類を見た。
余り環境は良くなさそうだ。
「でもキースみたいな場合もあるよ。他所から見たら、両親から引き離された寂しい境遇の子だ。まさか、祖父母と幸せに暮らしている、なんて......良くそんな言葉で締めくくったね。あの子」
サイラスがゲラゲラ笑いだした。そう言えばこいつは笑い上戸だった。
「ジョンから聞いて俄然興味が湧いたよ。お茶の時も、さも面倒そうにありがたき幸せです、だって」
笑いの発作に襲われている夫を冷たく見やって、ローラが言った。
「そうよ、私が嫌味を言ったら、更に慇懃な言葉を返してきて、どうだ、みたいな目でちらっと見るの。参ったわ」
「あ、もしかして、対 王族用定型文っていう、あれかな」
「何、それ。人を食った子ね。今度会ったら、もっと絞ってあげるわ」
ヒーヒー言っているサイラスの背中を叩いてやりながら、やっぱりキースは救いだとグレッグは思った。
第二章 完




