かしましい妹たち
母の横に立つ男性が、キースと目が合うと、母の肘を支えて、こちらを向かせた。
母が、キースを見てパアッと光を放つような感じで微笑んだ。
紅い唇から白い歯が見えると、その映像が脳裏に焼き付いた。次に母の周囲を囲む人たちのびっくりした様な顔が目に入った。
キースの周囲にいた学友たちは、うっと声を詰まらせ呆然としている。
「こりゃあパワーアップしたなあ。おい、周りの奴らを軽く叩いて正気に戻せ」
伯父が言いながら周囲の学友たちの背中を叩く。
「おい、しっかりしろ。間抜け面を元に戻せ」
キースも周囲の友人たちをパタパタと叩き、揺すって正気付かせていった。
王子様は、と見ると、びっくりしているが正気だ。
「君の母上って、魔法使いみたいだね」
そう言われてキースは戸惑ったが、王子様が正気でいてくれてほっとした。王家から難癖を付けられるような事態は御免こうむりたい。
男の人が、子供を三人連れて、キースの方にやって来る。
小さい女の子二人と、もっと小さい男の子だ。彼らは庭に忍び込んだ時に見かけた子供たちだった。
キースの前に立ち止まると、静かな声で言った。
「僕はニコラス・モートン。ソフィの夫だよ。そして、この子達は君の妹弟だ。紹介させて貰いたいのだけど、いいかな」
彼は、一目見て、一言話しただけで、いい人だとわかる人だった。
キースは黙って頷いた。
伯父もやってきて挨拶している。2人はだいぶ親しげだ。
「僕は君の母親の夫なので、呼び方はニコラスおじさんでどうだろう。
子供は、右の少しだけ髪の色が濃い茶色なのがマリベル、もう一人がルースで、今6歳。こちらがハーレイで四歳だよ。さあ、3人共、お兄様にご挨拶して」
女の子二人は、キースの顔に見惚れ、口を開けて間の抜けた顔で見ている。
キースの方から挨拶したほうがいいかなと思っていたところに、別の子が割り込んで来た。
「こんにちは。キース様。お兄様ったら、私を置いて先に出てしまうんですもの。一緒に行こうって言ったのにひどい」
王女と、その後ろに侍女が立っていた。
そう言えば、王子様は単身で来ている。おかしいな、と思って目で問いかけると、すっと逸らされた。
会場を見回すと、顔を見たことのある侍従が一人、会場の端にいた。護衛らしき人も二人一緒にいる。この王子様、護衛たちもろとも、王女を撒いて来たようだ。
リデル王女様は、またキースの真ん前に立って喋っている。
キースは思った。お兄様に文句を言うのなら、お兄様のところで言って欲しい。面倒くさい王子様と王女様、見事に兄妹だ。
王女様の乱入で、せっかくの兄妹弟の挨拶が進まない。キースがどうしようかと考えていたら、急にマリベルが一歩前に出てきた。
「お兄様、私はマリベルです。これからよろしくお願いします。あちらで座ってお話しませんか」
もう一人も一歩前に出てきた。そして二人で、キースを囲むように立った。
そのまま王女対キースの妹たちで睨み合いが始まってしまった。まだ6歳なのに眼光の鋭さは一丁前だ。
「私、キース様にお話があるの。少しどいていてくださる」
「私達、今日初めてお兄様とお話するんです。大切な日なので、お話は別の日にお願いできますか」
「私も大切なお話があるのよ」
「私達、キース兄様の妹なんだけど」
「私、この国の王女なんだけど」
また、無言の睨み合いになった。
伯父や、ニコラスおじさんに救いを求めたが、片や、にやにや笑い、片や困った顔で、助けに入ってくれそうにない。
ジョン王子がキースのスーツの背中をつんつんと引っ張った。
小さい声で言う。
「逃げよう」
賛成だ。
「御免ね。ちょっと用事を思い出した」
そう言うと、くるっと回って、空いている後方に走り出した。王子も付いて来る。
丁度、3,4人の女の子たちが話し掛けに来たようで、今度はその子たちに妹たちと王女様が食ってかかっている。
会場から逃げ出してほっとしてから、キースは王子に聞いた。
「リデル王女は、何の用なのか知っていますか?」
「多分、君と結婚したいって話じゃあないかな」
そういう冗談はいりません。
「妹って初めてだけど、めんどくさそうですね」
「ああ、そうさ。やっと、君の方に興味を移してくれたので、僕は少し楽になったかな」
「もしかして、押し付けるために僕を家に呼んだんですか?」
あははは、まさか。そう言って王子は笑っているが、本当だろうかと疑ってしまった。
キース達が逃げた後、一緒に戦ったマリベルとルースとリデルの間になぜか連帯感が生まれたらしい。
すっかり仲良くなって、三人でキースお兄様の話に花を咲かせている。
三人共、大してキースの事を知っているわけではないが、他の女の子たちも同様で、それに比べると妹という特権、王女は一度話した事があると言う優越感で高笑いの最中だ。
父親のニコラスは、これどうしようか、とグレッグにぼやいている。
そのニコラスに向かってハーレイが涙目で文句を言った。
「僕だけ、お兄様とお話できなかった。僕もお話したいの」
「今度会ったら、ご挨拶しようね。絶対今度はお前が一番にお話できるよう頑張るよ」
ハーレイをなだめながら、ニコラスはグレッグにまたぼやいた。
「キースの持つ人を引き付ける力は大きいね。アトレー似の容姿の力は絶大だけど、それとは別の引力はソフィゆずりだろうな。三人の子供達にも、その片鱗は見えてきているし、先々が思いやられるよ」




