少しでも、僕の事が好き?
考えたことが無いという返しが来るとは思わなかったので、困った。
「僕の事が嫌いだったのでしょうか」
「いいえ」
「じゃあ、少しは好き?」
言ってしまってから、キースは自分の言葉にぐさっとえぐられた。少しでも好きなら、こういう状況にはなっていないだろう。もう十一歳なので、それくらいはわかる。
案の定、少しも考えずに言われた。
「いいえ」
「だったらなんで僕を産んだの?」
流石にムカついて来て、キースは少し涙目になりながら母をなじってしまった。こんな風に話すつもりはなかったのに、とっさに出た言葉だ。
しかも陳腐なセリフで、それも恥ずかしい。こんな恥ずかしい思いをさせる母に腹が立つ。
「そうねえ、病気だったからかしら。まともだったら、自分を殺してでも、あなたが産まれないようにしていたわね」
その言葉にぎょっとしたキースは、思い切り驚いた表情をしたようだ。
「驚いた?もう帰ったほうがいいわ。そして、もう近づかないように。私はあなたの母じゃないって言ったでしょ。忘れてしまったのね」
足の力が抜けて、キースは座り込んでしまった。
「一体なぜそこまで嫌がるんですか?」
「嫌じゃないわよ……」
そう言ったまま、母はしばらく考え込んでいる。
そしてぱっと顔をあげると、驚いたように言った。
「私、あなたのことを憎んでいたのよ。勿論あなたの父親のこともね」
驚きすぎると気持ちが平坦になると言うのは本当だった。キースは立ち上がり、ズボンについた葉と土を払い、冷静に言った。
「じゃあ、僕だってあなたのことを憎みます」
「そう。それは仕方無いわ。でも、私は初めてあなたに対して何か感じられて嬉しいわ。じゃあね」
◇◇ ◇
「そういう会話をしたのよ」
ソフィは嬉しそうだ。
「楽しい会話には思えないけど、どのへんが嬉しいのかな」
「それはね、あの子を見て初めて感情が動いたの。前は見るたびに感情が消えてぼんやりしたのに。
私、あの時感じたはずの憎しみに、蓋をしていたようだわ。やっとそれが出てきた。アトレーも姉もキースも憎い。でも、素敵な感情だわ」
「うん、僕もアトレーとマーシャは嫌いだ。一緒に悪口をいっぱい言おうよ」
「嬉しいわ。ニコラス。それにね、キースの事を憎んでいたと言った途端に、それが薄れて消えていったの。それもすごくうれしいのよ」
ニコラスはほっとして、チェリーパイを大きく一口フォークで切って、口に入れ、もう一口分をフォークに乗せて、ソフィの口元に差し出した。
「良かったよ。僕はキースの事は、悪く言いたくないもの」
チェリーパイを飲み込んだソフィは、まずは、と言ってアトレーの嫌な思い出を話した。
「あの人ね、私の好きな花を、ちっとも覚えてくれなくて......」
二人はどれだけ彼らの事が嫌いかを順番に話し、そのうちにそれは笑い話に変わっていった。
◇◇◇
家に帰り着いたキースは部屋に駆け込み泣いた。母に腹が立ったし、子供っぽい態度をとったことも恥ずかしかった。
キースは母ともっと冷静に恰好良く話ができると思っていたのだ。
そしたら、もしかしたら母が謝ってきて仲良くなれるかもしれないと、チラっとだけ、本当にチラっとだけど思っていた。
ひっくるめて、すごく腹立たしかった。
枕に顔を押し当てて泣き、その後ベッドにバシバシと八つ当たりしていたら、祖父母がやって来た。
「どうしたんだい。何があった?」
いつも優しい祖父が心配そうな顔をしている。
ずっと小さい時だったら、お母様がひどいの、と泣き付いただろう。いや、お母様という単語は無かったから……
そして、改めて思った。お母様と、本当に初めて話をしたのだ。
キースはそれだけでもすごいことだと思い、なんとなく嬉しくなった。そして虚しくなって再び落ち込んだ。
「何があったの? 言ってご覧」
心配そうな祖父母に、今日の初めての体験を話した。
キースは自身の行動力を自慢したり、母の言葉に怒ったり、ちょっと笑ったり涙ぐんだりと忙しかったけど、全部話し終えるとスッキリした。
祖父母は、まあ、とか、おお、とかしか言わずに聞いていてくれた。
叱られると思っていたので、実は驚いてもいた。絶対に近付いては駄目と、ずっと言われて来たことを破ったのだから。
「ソフィがお前と話をしてくれるとは驚いたな」
祖父の第一声はそれ。
驚くのがそこなのに驚いた。普通、憎んでいた、辺りに驚くものだろう。
祖母も、驚いたわね、と相槌を打っている。
祖母が更に驚くことを言う。
「私ね、ずっと考えていたの。彼女の放心状態は出産後に治ったでしょ。
本能が赤ん坊を守ったのじゃあないかと思うの。彼女が言った通り、もし正気だったらあなたは産まれていなかったと思う」
祖父が、そこまでは……と言いかけたが、祖母は遮ってきっぱり言う。
「私も、きっとそうするわ」
いつも優しい祖母の瞳がギラついていて、すごく怖い。
思わず祖父に近寄ると、祖父も一歩近寄ってきていたので、二人でくっつくような感じになった。




