ソフィの二度目の恋
今夜の夜会はモートン侯爵家で開催される。話題の絵画が披露されると評判の夜会で、是非にと言うソフィに付き合ってグレッグも出席することになった。
母が張り切って、淡い水色のシフォンのドレスを用意した。淡い紫と、濃い紫の花がちりばめられていて、オンディーヌをイメージしたドレスだそうだ。
確かに、そんな神秘的な雰囲気があるきれいなドレスで、それに合わせて、髪も古風な雰囲気にまとめている。
それらは、ソフィの薄い茶色の目と、艶のある茶色の髪、時折見せる神秘的な雰囲気にとてもよく似合っている。
妹をエスコートして会場に入ると、一斉に人々の目が彼女に向けられた。
グレッグが、ソフィの手を軽く握り、大丈夫かと聞くと、ソフィは微笑んで大丈夫よと答えた。
でも、グレッグは知っていた。絶対に大丈夫じゃない。
周囲の男達が食い入るようにこちらを見ている。今夜、この夜会に出席することが決まった後から、招待を希望する男達が押し寄せたそうだ。
だから、今夜は男の数が妙に多いのだ。
今までも、俺のところに様々な申し入れがあった。離婚前から頻繁にあったが、昨今はその比ではない。
仕事に差し支えるレベルだ。
俺の外交官としての仕事の中にも、それが入り込み始めている。
隣国の大使の息子、他国の王侯貴族からの打診を、担当をうまく変更してもらい、耳に入っていないふりで逃げ回っている。
友達になりたいとか、会わせてくれとか、結婚の申し込みとか。
だが前回の紹介が大失敗だったので、今度は迂闊なことは出来ない。
兄として、ものすごく責任を感じているのだ。
軽くパニック状態の俺と比べ、ソフィは落ち着いている。氷の貴婦人の名を返上したかのような、華やかな笑顔を浮かべ、それはそれは艶やかだ。
そして、ふとした瞬間に、また氷の貴婦人の顔に戻る。なんとなく人間離れした、半分違う世界に身を置いているような、不安定な雰囲気。
その不思議な揺らぎが男にはたまらない。
そう思っていたら、その効果は女性にも有効だったようで、女性がわんさかと妹の周りを取り囲むようになっていた。
男達はその円の外側を囲んでいる。
まるで円舞を踊っているかのようだ。
そして円の中心はソフィとそのエスコート役の俺か父だ。
他の奴には任せられない。だがいつまでもそういうわけにもいかない。
隣に立つソフィに小声で問いかけた。
「なあ、誰か気に入った男はいるのか?」
「まだ考えていないわ」
そうする内に、一人がこちらに向かってきた。我も我もと、その後ろに続いてこちらに向かってくる。
うんざりしながら待っていると、この夜会の主催者、モートン侯爵がやってきて、俺達を救い出してくれた。主催者への挨拶は大切なので、割り込んで揉めるなんてことは起こらない。
それだけ、いつもは揉めているのだ。
話しかけたい男同士の揉め事や、男を追い払おうとする女達、対、男達。
それが最近の夜会の華でもある。
「今夜もお美しいですな。ソフィ嬢。
楽しんでいってください」
そう言うと息子を紹介してくれた。俺より5歳下のニコラスだ。年が離れているので、一緒に遊んだことはないが、評判がいいと聞いている。長身で銀色の髪に紫がかったグレイの瞳。整った優し気な顔立ちで女性にもてそうだ。
しかしなあ。
彼の表情は、ソフィにぞっこんです、とデカデカと書かれているような、うわずったものだった。
父親である侯爵も、軽く背を叩き、しゃんとしなさい、と叱っている。
ピシっと姿勢を正し、貴族子弟らしい様子を取り戻してから、自己紹介をして、ソフィの手を取り口元へ持って行く。
軽く唇を近付け、顔をあげるとブワっと真っ赤になった。
ソフィはあの曖昧な冷たい表情をしている。
すっと彼の顔を見ると、彼女は精霊から人間に戻ったかのような、目覚ましい変化を見せた。
「まあ、真っ赤ですわ。大丈夫?」
そう言って軽やかに、艶やかに笑った。兄ながら見とれてしまったので、侯爵親子はノックアウトだな。
そう思っていたら、急に子息が喋り始めた。ソフィの両手を握ったままだ。
「僕と。結婚してください」
大きな声で言い切り、そこから延々と十数分しゃべり続けた。
始めましての挨拶の次の言葉が、プロポーズだって!
真っ赤な顔のまま、必死で喋っている。
侯爵が、肩を軽く揺すって止めようとしているが、全く気がつかない様子だ。
「おい、ちょっと落ち着け。いきなりそれは失礼だろう。聞こえているか?」
いいや、全く聞こえていないだろう。
ソフィは、始めポカンとしていたが、次第にニコニコと笑顔になっていった。
「面白い方ね」
彼がやっと正気を取り戻した頃、彼女は頷いた。
「ソフィ、そんなに簡単に決めていいのか?」
「いいのよ。こんなに一生懸命な目で私を見つめてくれたのは、彼が初めてだもの」
確かに、こいつはソフィを思いっきり、大事にしてくれそうだ。
モテすぎて、女性をどこか軽く扱うようになっていたアトレーを思い出して、納得してしまった。
きっと、ソフィはこんな風に、熱く見つめられた事がなかったのだろう。幸せな婚約者時代にも。
この出来事はすぐに知れ渡っていった。
その日の深夜、パブで愚痴を言い合う、男達の姿があった。
「彼女のあの表情を目の前で見せられたら、俺だってその場でプロポーズしたさ。
自信があるね。絶対していたとも」
「あいつ、ずるいよ。タイミングが良かっただけじゃないか」
その言葉に他の男達も賛同し、いつしか、ずるいコールが始まった。
子供みたいだって?男なんてこんなものさ。
実は俺もそこに混じっていた。
なんだかやりきれなかった。
アトレーよ。お前はダイヤモンドを捨てて、石ころを拾った。
ダイヤだと気付き、熱く見詰めた時には、ソフィは背中しか見せなくなっていた。そして彼女は二度と振り向かなかった。
バカなやつ。
ずるいコールの中に、俺のバカヤローが混じった。
登場人物の一覧を入れておきます(年齢は離婚後時点)
ランス伯爵家
伯爵・夫人 45歳 ゲート伯爵家との交流を断ち孫との交流無し
ソフィの再婚先とは交流あり
43歳
グレッグ 25歳 王太子サイラス、アトレーと同級生で友人
マーシャ 23歳 サウザン子爵家のザカリーに18歳で嫁ぎ、
離婚してアトレーと再婚。マックスの母
ソフィ 22歳 主人公 ゲート伯爵家のアトレーと18歳で結婚、
離婚後モートン侯爵家のニコラスと再婚
ゲート伯爵家
伯爵・夫人 47歳 キースを夫妻で育てる。
45歳
アトレー 25歳 サイラス王太子・グレッグの友人 21歳でソフィと結婚、
離婚後マーシャと再婚 キースとマックスの父
サウザン子爵家
ザカリー 27歳 ソフィ達の1年前にマーシャと結婚も、この事件で離婚
モートン侯爵家
ニコラス 20歳 ソフィに一目ぼれでプロポーズ、結婚
王家
サイラス 25歳 王太子、アトレー、グレッグの友人
ローラ 22歳 王太子妃、12歳でサイラスと婚約、アトレー達とも幼馴染
キースとマックスと同年のジョン王子の母(2章登場)




