第一章 最終話 新しい生活
第一章の最終話です。
ゲート伯爵邸に戻ったが、もう何もしたくなかったので、各々自室に戻った。アトレーはマーシャに纏わりつかれるのが嫌で、ソフィの部屋に移動して寝た。
彼女は案の定アトレーの部屋に潜り込み、居ないと知ると他の部屋を探し、執事に引きずり出されるという醜態を晒した。今後の事が不安になっているマーシャは必死だった。
兄のグレッグに言われた事も気にかかり、友人達に連絡を取ったが、皆、今は時間が取れないとか、具合が悪いと断られ、会う事が出来ない。
しつこく何回か手紙を出したら、一人の友人から、もう付き合えないと正直に言われた。
最後に一度だけと粘って、街のカフェで会ってもらった。友人は顔を隠すように目深に帽子をかぶり、こそこそとした雰囲気でティーラウンジにやって来て、隅の席に座った。
「なぜ、皆は急に私との付き合いを断るの」
「それは、あなたがあんなにみっともない事をしたからよ。あなたと付き合いがあると知れたら、私達まで貴族社会からはじかれてしまうわ」
「なぜよ。皆応援してくれたじゃないの。アトレー達の夫婦仲が悪い事も教えてくれて、子供を連れて出て来いと言ったのはあなた達じゃない」
マーシャはケーキを口に放り込みながら、憤然として言った。
それを聞いた友人は呆れたような顔をした。
「だからって、洗礼式みたいな公式の場に、いきなり連れて来ることは無いじゃない。しかも夫やその親まで連れて。アトレーの結婚が破綻しているのは知れ渡っているから、離婚も再婚も何の問題もない話だったわ。家同士で穏便に進めて、それとなく子供の事も広めれば誰も何も言わないわ」
「同じことじゃないの!」
「醜聞を嫌うのが貴族社会よ。見ない振りが出来るように振る舞うのがルールよ。いい年して何を言っているの? あなたのは、見て見ぬ振りが出来ないレベルだった。あなたは貴族ではないと見なされたの。アトレー様も可哀そうに。すっかり笑いものね」
やっと、今までの非難の意味を理解したマーシャは肩を落とした。
「ただ、彼に選ばれた私と誰よりかわいい息子を、派手に見せびらかしたかっただけなのに」
そうつぶやくと、本当にあなたは貴族じゃないわね、と言われてしまった。
友人の目に蔑みの色を見てとり、マーシャは急に怖くなった。
◇◇◇
次の日、ゲート伯爵夫妻が二人を呼び出し、領地で生活しないかと提案した。こちらにいても仕事はないだろうし、社交も出来ないから、領地経営をして静かに暮らしたらどうだろうと言う。
アトレーはすぐに同意した。
「人生が全く狂ってしまったけれど、自業自得です。キースと二人でのんびり暮らすのもいいかもしれない」
ところが、ゲート伯爵は意外な事を言い出した。
「アトレー、マーシャと再婚して、二人でマックスを育てなさい。お前の子を路頭に迷わせるわけにはいかない。あんなに可愛いのだ。すぐに何かの餌食になるだろう」
「再婚は気が進まないです。金銭の援助をして子供を育てさせればいいのではないでしょうか」
「彼女が一人でまともに子育て出来るとは思えない。息子がとんでもない人間になっても良いのか?」
迷う様子のアトレーに、今度は夫人が言った。
「変な男と再婚されて、成人した後、キースの兄弟だと言って擦り寄られたら嫌なのよ。自分のまいた種は自分で面倒見なさい」
つまりは、厄介者とまとめて領地に押し込められるわけだ、とアトレーは悟った。この騒動の罰なのだ。
「それで良いな。一週間、準備の時間をやるから、それまでに支度をしなさい。キースは私達がこちらで育てる。五年は絶対にこちらに出てくるな。これ以上馬鹿な事をしたら、アトレーは廃嫡し、キースに爵位を譲る」
この言葉にマーシャが食って掛かった。
「マックスだって孫なのに、あなた達も差をつけようとするんですか?」
ゲート伯爵が肩をすくめる。
「差があるからな。仕方ない」
一週間後、婚姻届をゲート伯爵に預け、新しい家族三人は領地に向かった。
この結婚でも、アトレーは妻に背中を向けて座っていた。
違うのは、今度は背を向けるのがアトレーだということだけだった。
第二章は数年後の子供たちが中心の話です。




