今後についての話合い
翌日、アトレーは皇宮に出向き、異動の辞令を受け取った。表向きは、人事異動だったが、実質的には解任だった。そこにサイラス王太子は同席しなかった。
サイラスは洗礼式の後すぐに、ローラからきつく言われたのだった。
こんな無様な行いに甘い対応をしたら、あなたも同類だと判断されるわ。ここで厳しい態度を取らなければ、あなたの治世は荒れるわよ、と。アトレーを助けてあげたい気持ちはあったが、なめられたら権威などすぐに傾くのだ。
落胆して自宅に戻ると、マックスとキースが走って迎えに出てきた。そして二人で、お父様おかえりなさいと挨拶する。
この子は、父親が別人に代わっても、何も思わないのだろうか。
「君は、なぜ私をお父様と呼ぶの?」
「お父様だって言われたから」
「今までのお父様はどうするの?」
「本当のお父様じゃないんだって。だからいらないの」
まだ三歳だから仕方がないのかもしれないが、あまりにあっけらかんとしていて、薄気味悪い。
二日後、ランス伯爵邸で話し合いの席が設けられた。
邸にゲート伯爵達が着くと、一室に案内され、そこにはランス伯爵家の人々が揃っていた。ソフィも一緒だった。
子供二人を大人たちは改めて眺めた。そっくりの髪と瞳、それに顔立ち、体付き。母親が姉妹でも、ここまで似るのは珍しい。神のイタズラかもしれない。
子供達は別室に連れていかせ、話が終わるまで、乳母と侍女達と遊ばせておく。
「さて、子供には聞かせられない話を、始めようじゃないか。
関係者全員が揃ったな。今日は今後のことを話し合うことになる。よく聞いて、よく考えて話してくれ」
ランス伯爵の言葉で話し合いが始まった。
私が見た事から話しますねと、ソフィが姿勢を正す。すっかり落ち着いて顔色も良い。ここに居る人間の中で一番平然としている。
「結婚式の二日前、姉の部屋で二人がベッドにいるのを見ました。二人は生涯の愛を誓っていました。私と寝るのは目を瞑っての奉仕活動だそうです。
そのショック状態のまま結婚式が終わり、意識がはっきりしたのは初夜の時でした。その夜強姦され、次の夜は助けを求めたけれど、誰も助けてくれなかった」
グレッグがもう一度殴りたそうにアトレーを睨んでいた。
ランス夫人が憤然として言った。
「助けを呼んだのに誰も助けてくれなかったって、どういうことですの?」
「新婚にありがちな、不慣れな花嫁との揉め事だと……」
ゲート伯爵の声が小さくなり、途切れた。
アトレーもショックを受けていた。結婚した相手から強姦と言われたのだ。それほど抵抗していただろうか。少し考えたら、抵抗していたので、余計興奮して励んだことを思い出した。
皆の顔が、見られなかった。
「いくらなんだって、そこまで嫌がるなら、普通の状況ではないでしょうに。なんて人達なんでしょう」
ソフィは真っ赤になって怒っている母の手を軽く叩いてなだめた。
「今までのことは、夢の中の出来事のように現実味がないわ。だけど、子供が産まれた後、考えることができるようになり、洗礼式で突然霧が晴れたように、目の前がはっきりと見えるようになったの。だから大丈夫よ」
ソフィはにっこり笑った。
「子供も、夢の中の人物なの。さっき現実に居るんだなと面白く感じたわ」
「ソフィ、本当に、子供は手放していいの?」
「母親としての別れの挨拶を済ませているわ。それに、あの子と自分に関係があるとは全く思えないの。こんな歪な関係は、お互いに忘れたほうがいいわ」
ランス伯爵がゲート伯爵に尋ねた。
「離婚の手続きは?」
そう言われて、ゲート伯爵が署名済みの書類をテーブルの上に置いた。
それを確認してからランス伯爵が言った。
「離婚理由は夫の不貞とさせていただく。今更隠す必要もないだろう。自ら宣伝したようなものだからな。慰謝料を取りたいところだが、共犯者が身内ではそうもいかない。お互いにサウザン子爵家に払うことになる。今後は一切の関わりを絶たせて貰う。子供にも会わない。ソフィが忘れるなら、私達も忘れよう」




