悪夢の結婚式
「今日は暖かいわね」
そう呟き、ソフィは庭の草花を眺めながら歩いた。春らしい暖かい日で、季節が移ったのを実感する。
この季節の庭の散歩を、毎年ソフィは待ちわびている。
柔らかそうな淡い緑の葉が、次第に水気を含んだしっかりとしたものに変わり、そこから蕾が上がって行く。固い蕾が緩んでいき、花が次々に開く様は、何回見ても嬉しい。
でも、それも今年が最後になる。
明後日は結婚式だ。そしてアトレーの妻になり、この屋敷を離れるのだ。
少し寂しい気持ちはあるけど、実は嬉しくて小躍りしたくなる。
彼は王太子殿下の友人であり、近習の中でも出世候補の筆頭。
しかもそれだけではない。それだけでもいいと言う人は多いけど!
彼に惹かれない女性はいない、と言われるほどの美貌の持ち主で、黄金の髪と整いすぎた甘いマスク、それにそぐわない生真面目そうな表情がたまらない。誰に聞いてもそこに文句をつける女はいない。
そんなアトレーと婚約が決まったのは兄のおかげだった。彼と友人の兄が仲を取り持ってくれた。二年前に婚約が結ばれ、ソフィが十八歳になる1ヶ月後に、結婚式が行われる予定だ。
結婚前に王太子殿下にご挨拶に伺い、祝福のお言葉をいただいた。そして王宮のプライベートガーデンでお茶を楽しんだ。素敵な王太子殿下夫妻とアトレーと四人、緊張したけれど嬉しくて舞い上がりそうだった。
それが二週間前のことだ。未来はキラキラ輝き、この世の全てが愛おしくてたまらない。
その高揚感が収まらないまま、ソフィは姉の元に向かっていた。
結婚式への出席のため、昨年結婚した一歳年上の姉が、その夫家族と共に屋敷に宿泊している。
姉の夫は、今日は友人に会いに出掛けていて留守のはずだ。ソフィは話し相手になってもらおうと、姉の宿泊している部屋を訪ねた。
そこには不在だったので、結婚前に姉が使っていた部屋に行ってみようと思い、早足でそちらに向かった。
思った通り、中から姉の声が聞こえた。
やはりここにいた。
ちょっとしたイタズラ心で、そっとドアを開けてこっそりと部屋に滑りこむと、そこには姿がなく、奥のベッドルームの方で声がする。
しかも、姉の声と男性の声が聞こえてきた。夫のザカリーが戻っているようだ。
ソフィは息を止めてそろそろとドアに向かった。
ドアの手前まで来た時、男が姉の名を呼ぶ声が聞こえた。
「マーシャ、愛しているよ」
「ああ、アート、嬉しいわ。あなたは私のものよ」
男の声と愛称は、明日ソフィと結婚するアトレーのものだった。
アトレーの愛称はソフィだけのものだった。
彼の家族や友人も、その呼び方はしない。ソフィだけに許された呼び方だった。それを何故、姉が呼んでいるのだろう。
頭が混乱していたが、実際にこの目で見なければ信じられなかった。
そっとベッドルームに近寄っていき、少し開いたままになっているドアから中を覗いた。
ベッドを覆うカーテンの隙間から、二人が絡み合っているのが見える。二人は笑い合い、キスし合い、夢中になっている様子だった。
ソフィはその場にズルズルと座り込んでしまった。口と喉を手で押さえて、声が出ないようにした。そうしないと叫ぶか、泣くか、笑うかしてしまいそうだった。
そのうち、動きが静かになった頃、姉が喋り始めた。
「明後日は、結婚式ね。おめでとうと言うしかないのね」
「君にそんなことを言われると辛いよ。君と出会うのが遅すぎたんだ」
「じゃあ、ソフィのこと愛していないの?」
「子供っぽくて妹みたいなものさ」
「でも結婚式の後は初夜よね。実は楽しみにしてたりしない?」
「ちょっと面倒くさいかな。頑張ってご奉仕しないと」
二人が笑っている。目の前がくらっと回るような感じがした。しばらくそのまま呆然と座っていたが、ベッドから降りるような音が聞こえると、その音に押されるように体が動き始めた。
足が震えていたが、なんとか立ち上がって前に進むことが出来た。必死でドアに向かい、時間がかかったが、なんとか外に出ることができた。
その後、いつの間にか自室に戻っていた。侍女が夕食の用意ができたと呼びに来るまで、ぼんやりしていたようだった。既に外は暗くなっていた。
その日は、両親と姉の嫁ぎ先の家族達と一緒に食事をしたが、何を食べ、何を話したか覚えていない。
「今日はなんだか疲れているようね」
母がそう言ったのは覚えている。
「そう?」
そう答えたような気がする。
姉も何か言っていた。
でも、全く覚えていない。
次の日も同じように過ぎた。一日がいつの間にか終わる。時間の感覚が無くなったようだった。
そして次の日。
皆忙しげにしているが、ソフィはそれを遠くから眺めているような気がしていた。
笑顔の母と姉と侍女達によって、念入りに支度が整えられていく。楽しみにしていたウエディングドレスと、きれいに化粧された無表情な自分の顔が鏡に映っている。これは私だろうか。
そういえば、今日は結婚式だった。
そして花嫁姿になったソフィは祭壇の前にいた。
アトレーが神父様に誓いの言葉を述べている。
次はソフィの番だった。言いたくないと思ったので、しばらく黙っていた。
隣に立つアトレーが少し腰をかがめて、「緊張しなくても大丈夫だよ」と言った。
神父様も優しい顔で待ってくださっている。
小さい声で、「はい」と答えた。
ワッと歓声が上がり、アトレーがソフィにキスした。そして腰を抱いて皆の方に向きなおり、手を振った。
父と母、アトレーの両親がニコニコとして私たちを見ている。その横に姉がいた。姉もニコニコしている。
気持ちが悪くなった。
ソフィはブーケで口元を押さえ、吐き気を堪えながら必死で歩いた。皆が祝福の拍手をしてくれている。うるさくて頭が割れそうだった。




