第9話 旅重なる病
「朝だー!」
フィリアの声が響いている。
また朝からか、と思いながら起きると、若干顔が赤いような気がする彼女が体を伸ばしていた。
「おい、フィリア大丈夫か?ほんのり顔が赤いような...」
「はっはっは。カイは大袈裟だなあ!私は全然平気だぞ!」
「ほんとか......?」
「話し方も普通だし、大丈夫じゃないか?」
巌がむくりと急に起きて、喋ってきた。
「うわっ!びっくりした!」
「はははははっ!カイこそなんか臆病になってるな」
そりゃなるだろう。病弱な人間抱えて旅をするとなりゃ、流石に用心極まる。
「.......無事ならいい。支度したら出発しよう」
旅の2日目が始まった。1日目と同じように、巌が先々行っては俺が注意し、フィリアが変なものに近づいては俺が注意し、胃に穴が開きそうな心持ちだった。
俺は、フィリアの変化を見逃さなかった。歩き始めてかなり経ち、昼を過ぎた頃、彼女の顔は紅潮し、息を切らしていた。
「お、おい!大丈夫か!これはまずい」
「ハァ...ハァ...平気...さ」
「平気なわけあるか!一旦休むか。巌手伝ってくれ」
「分かった」
フィリアの寝支度を整え、横にさせた。苦しそうに呼吸している。
「フィリア!答えられそうか?」
声を聞く余裕すらないのか、返事をしない。真っ赤な顔も心配だが、息があまりにも荒すぎる。これまでで最も危険な状態だとすぐ分かる。
「まずい!まずいぞ!下手したらここで......」
俺にはどうして良いかわからなかった。
「落ち着け!距離的には村が近いはずだ!ここは俺が村まで行って助けを求めてくる!」
巌が必死にそう言っている。
「でも遠かったら......!」
「それ以外に手段が無いだろう!俺に任せろ!」
そう言うなり、彼は走り去っていった。
俺は、信じて彼を待つより他は無かった。
店で買った小さな布切れを水に浸し、気休めかもしれないが、顔を冷やす。
あと、出来ることは安心させることだけだ。
「大丈夫だ。お前は強い。お前は強い。お前は強い......」
そう何回も、何回も繰り返した。心細くならないように、少しでも楽になるように。
そうしている瞬間何かの声が響く。
「おーい!助けて下さい!人が倒れたんです!」
巌の声だ。
同じような助けの呼びかけが、いくつか響いた。
しばらくすると、声が止んだ。
「は......は...は、元...気だ...な」
フィリアがポツリと言う。
「あまり喋るな!体に障るぞ!」
フィリアは左手を力無くあげた。俺は両手で掴んだ。それだけしか、出来ないから。
声が止んで少し経ったのち、再び声が聞こえた。
「おーい!無事か!?」
駆けてきたのは巌だった。それと白髪の高齢と思わしき男性と、茶色の長髪と目をした小柄な少女を連れている。
三人はフィリアの元に近づいた。すると、男性が、その様子を観察し、顔に手を当てている。
俺は診察の邪魔だろうと、手をそっと話そうとしたが、少女がこっちを向いてこう言った。
「手、持っててあげて。その方が、安心できるから」
少女は真剣な顔つきだった。
「あ、ああ。ありがとう」
「おじいちゃん。これ、こんなに酷くなったのは見たこと無いけれど、"ドクバラバッタ"のせいよね」
「ああ、そうじゃな。こんなに悪化するのはわしも初めて見たが、指が特有に腫れておる」
そう言われて、俺が握っている左手の人差し指を見ると、確かに指先がぷっくりと腫れていた。
「あの、大丈夫なんですか?」
「うむ、特に問題は無かろう。一応、この薬を飲ませて、わしらの村に来なさい。そこでしっかり休息すればすぐ良くなるじゃろ」
男性は彼女に薬を飲ませた。
「ありがとうございます。良かった」
胸を撫で下ろし、安堵した。
「よかったな!カイくん!」
「巌のおかげだ!本当にありがとう!」
俺は頬を何か伝う感触を覚えつつ、感謝を述べた。
「水くさいなあ!仲間だろう?」
巌は続けた。
「俺は謝らないといけないな。彼女のことをよく知らないのに、君の心配を無視して『平気だろう』などと言ってしまった。申し訳ない」
「ま、無理もないさ。仕方ない......と言うとちょっと違うかもだけど、お前だけが責任を負うことじゃない。それに、助けを読んできてくれたわけだし、感謝こそすれ......」
「そういう反省会は、村についてからゆっくりやりなさい。さあこの人を連れていくわよ」
急かすように、少女は言葉を重ねてくる。
俺と巌で、フィリアを肩に担ぎ、歩みを進めていった。