第8話 意地っ張りと能天気とせっかちと
「おーい、もうちょっとゆっくり歩いてくれ」
俺が、後ろから声をかけると巌は止まって振り向いた。
「あ、ああ。すまないすまない。ついクセで」
十分後。
「なあ、早くなってるぞ」
「あっ。すまない」
そのまた7分後。
「おい!早いって」
「すまないなー」
「気をつけてくれ。フィリアに負担かけすぎると道中でダウンしかねないんだから。......あれ?フィリアは?」
きょろきょろと見渡すと、彼女は変な虫を指でつついていた。
「おーいカイ!この虫すごいぞー!つつけばつつくだけお尻から液体を出すんだ!」
「おいおいおいっ!変なものを触るな!また体調崩すかもしれないだろうが!」
そう言って、俺はフィリアを背中から押して、歩くよう促した。
「ちぇっ。つまんないの」
「子供か!目的地まで遠いんだからリスクは増やさないでくれ」
俺がそう言うなり、フィリアは巌の元へささっと近づいて話しかけた。
「なあカイって過保護だよなー!」
「はははっ!そう言ってやるな!君が辛い思いしないように慎重になっているんだ」
俺にもその会話は聞こえている。
「別に俺は、フィリアが体を壊して、旅が止まってしまう事を心配してるだけだ!」
「くくっ。素直じゃねえな」
「微妙に意地っ張りなところがあるのよね」
元はと言えば、こいつらが勝手してたのが悪い。先々行ったり、変なものつついたり。
俺は2人を追い越して先を歩いてやった!
「おーいカイ。今度はお前が早く歩いてるぞー」
巌がそう言っている。
「これは先導しているだけだ!速度はお前たちと一緒だ」
それにしても暑いな。
「カイ、照れてるぞ」
「ああ、さっき顔赤かったな」
そうこそっと後ろで話すのが聞こえた。
ますます暑くなった。特に顔が。
「随分歩いたな」
日が落ちかけていた。
「二人とも大丈夫か?」
俺は問いかけた。
「ああ。俺は問題ない」
「私もだ!このまま徹夜で歩き続けられるぞ!」
「やめてくれ。たとえお前が本当に頑丈でも、俺らが倒れてしまう」
フィリアは相変わらず能天気だ。
「フィリア、マナスとかいうところまであとどのくらいかわかるかい?」
巌が問う。
「多分あと半分といったところかな」
「じゃあここらで休むべきだ。カイくんも疲れたみたいだしな」
「俺?俺も今のところ平気。ただフィリアが......」
「ほらほらそうやって意地を張ろうとする。俺は君を心配しているんだ。フィリアじゃなくとも、歩けば疲れる。そうだろう?」
「うぅっ」
俺は巌に諌められ、休みを取ることにした。実際、足が痛くなっていたし、本当はありがたかった。
まさか巌に説かれる場面が来ようとは。彼の人徳を垣間見た......気がした。
野宿だった。俺たちが歩いているのは土が敷かれているだけのかろうじての道である。そして、周りには草が生い茂り、木がまばらに生えた平原で、当然宿などないからだ。
フィリアが、たくさんの枝木を持ってきた。
「これを燃やして焚き火しよう!」
確かに、これから暗くなる。何も見えなくなってしまっては不便だし、危険だ。
「良い案だな。どうやって火をつける」
「俺に任せてくれ。"燃えろ"」
巌がそう言うと、枝にボッと火がついた。やがてそれが大きな炎となっていった。
「すごいなー。巌は。詠唱破棄できるのすごいな!」
フィリアが目を輝かせながら褒めている。
「はっはっはっ!こっちの世界にくる時に教えて貰ったんだ!魔法と、素早い出し方ってのをな。それと、このステッキも魔法用にしてもらったんだ」
「お前のもってるその棒のことか?その言い振りだと、元々持ってたものなのか?」
干し肉を齧りながら聞いてみた。
「そうだ。これはまあ、俺の世界の便利道具みたいなものでな。例えば、ほーら明るくなった」
巌が、棒の何かに指で触れた瞬間、周りを明るく照らした。そして、同じように指を動かすと、明かりが消えた。
「すごーい!すごい!」
フィリアはもう凄いしか言わなくなっちゃってる。
「バッテリー切れるからあんまり使わないようにしているんだ。この世界だと充電出来そうに無いしな」
「電気の魔法とかは?」
「無理だ。専用の充電器が無いとダメなようになってる。安全のために」
「ふーん。未来の道具かぁ。それを天使に改造してもらったってことか?」
「そういうことさ」
「他には!?他にどんなことができるんだ!?」
フィリアが興味津々だ。
「はははっ!後でのお楽しみとしよう。一気に紹介すると新鮮味が薄れるからな」
「魔法が使えるようになった未来の便利道具か、いいなー。俺なんて、加減出来なくなる馬鹿力軍手だぞ」
「なんだい?そりゃ」
「カイのも凄いんだぞ!魔物の体なんかぶち折っちゃうんだ!」
フィリアは目を輝かせながら褒めている。
「全く力を入れないか、破壊的な力を込めるかしか選べないけどな」
「それでもっ!すごい!」
フィリアの興奮が止まらない。こういうのが好きなのかな?
「ものは使いようさ。きちんと使えれば効果を発揮してくれる。ふわあぁ」
巌は大あくびした。
「もうそろそろ寝よう。明日に響いたまずいからな」
それぞれ買っていた布に包まり眠りについた。初の野宿。当然寝心地など良くなかったが、風情とでも言うのか、形容し難い穏やかさを感じている。
俺はふと、思った。もしかしたら、この世界に来て良かったのかも、と。
瞼が落ちていく。