第65話 久しぶり、元凶
その人物は、フィリアだった。
「ど、どうして......?」
驚く俺に、彼女はゆっくりと答える。
「......私はフィリア、彼女そのものではない。お前に渡された本に封じ込まれていた、彼女の"光"だ」
ここに来る前の夜に、フィリアから渡された一冊の黒塗りの本。それには、見覚えがあったが、ここでようやく解った。
あれは魔龍の村を襲った奴が持っていた、魔法を吸収する魔道具だ。そして、それはフィリアに向けられ光を吸われていたのを思い出した。彼女に呪いとしてかけられていた、光の魔法を奪っていたのだ。
実際に、彼女はそのあと、光の魔法によって隠されていた体調不良により動けなくなっていた。
「フィリアの...光」
フィリアであり、フィリアでないそれは、俺を抱擁するように優しく包み込んだ。その瞬間から、眩い光が視界を染め上げた。
閃光が消え、視界が開かれた時、そこには俺の他に2人が居た。
うずくまり、なんとか逃げようともがく者。闇に侵され、闇を振り撒く者。
後者は、俺が呪ったグリゴールだった存在だ。
前者は......、その声と喋り方から覚えがあった。
「何よ!なんで...私の体が...ハァ...うまく動かないのよ!ホントッ、本当散々だわ!こうなったのも...あいつらのせいよ!」
身なりは他のこの世界の人間同様、多くの布を被った珍妙な見かけだったが、その乱暴で他責的な口ぶりは嫌というほど聞き覚えがある。
「お前、俺を異世界に飛ばした奴だな」
俺がそう呟くと、そいつは、驚くほど早く反応した。
「!?喋れるのなら、この得体の知れない化け物をなんとかしなさい!何故か...私の体...うまく動かないのよ!クソッ!」
「それは無理だ。元々はお前らをぶち壊すためにやったことだからな」
「なによ!散々...私を陥れておいて...あんたなんか正真正銘のクズよ!」
責任転嫁も甚だしく、その思考回路は到底俺には理解出来なかった。むしろ、今ならグリゴールの意図がよく解る。こいつはきっとこの異世界人に比べれば、真面目な奴だったのだろう。それに嫌気がさして、世直ししたかったのだと。
とはいえ、他の世界を巻き添えにした時点で、やはり同類だが。
さて、先ほどのフィリアの光のおかげで、俺は生きたくなった。やっぱり、こんな所で死にたくない!
それに、俺は今、希望で満ち満ちている。光の魔法のおかげか、あるいは俺の本心かもしれない。
生き残る方法も、目の前の他責女を見て考えついた。やっぱり多少は前向きにならなきゃな。ずっと自暴自棄だった、せっかくのチャンスも失ってしまう。
「なあ、お前の体が上手く動かない理由、知っているぞ」
うずくまる異世界人は、その言葉に、予想通りの返事をする。
「何よ!答えてみなさい!このままだと...私が死ぬのよ!」
必死に答えを求めるその様子に滑稽さすら感じた。だがまあ、彼女が焦るのも無理はない。近くで、化け物...、強いていうなら魔竜に倣って、"闇の魔人"とでも呼べる存在が謎の力をいたずらに振り撒いているのだから。その力が運悪く直撃するのは時間の問題だ。
「お前、俺と"契約"しただろ。そして今、"契約不履行"でペナルティをくらっている。生き延びたいならちゃんと約束を果たすことだな」
「なによそれ、じゃああんたは契約の条件を果たしたって...わけ...」
女は何かに気づいたように、喋りが弱々しくなった。
「俺がすべきことは、グリゴールを倒すこと。そして、その報酬は日本に帰ること」
俺は続いて、傍らの闇の魔人を指差した。
「"アレ"はもう、"グリゴール"なのかな?」
グリゴールは言った。この世界の住人は、闇の魔法に侵食されれば消えゆくと。ならば、闇に呪われたあいつは、もはや死んだと言っても過言ではない。
「このまま逃げのびたいなら、分かるな?」
女は、震えながら掌をこちらに向けた。布の間から、睨みつけるような鋭い眼光が覗き見えた気がした。
気づくと、景色が変わった。
見慣れた黒いコンクリートの地面。
見上げれば、青空すら突き抜けるような、整然に並んだ摩天楼の棟々。いや、本当に突き抜けているのか?
ここは、俺の知る"日本"では無かった。