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第4話 寝ても理不尽、起きても理不尽

「あなたのせいよ!」


 声が聞こえる。


「本っ当最悪だわ!何でこうなるのよ!」


 この声は、あのよくわからん天使とやらだ。


 周りを見渡すと、くどい虹色の空と青白い草原。前と同じところらしい。


「何なんですか急に」


「あなたが間違えたボタン押しちゃったから、上の人に私が怒られたのよ!あの装置なんか貴重なものなんだって!」


「知りませんよ。あなたが押せって言ったんでしょうが」


「うるさいうるさい!私は悪くないわ!そっちが押さなければ何とかバレなかったのよ!」


「そんな無茶苦茶な...。じゃ、じゃあ帰してくださいよ元の世界に!そうすりゃ全部元通りでしょ!」


「無理よ!何もしてないやつをそのまま帰したら魔力浪費したとかでまた大目玉よ!せっかく実験を成功させて、名誉挽回するチャンスだったのにー!」


 目の前で、多くの白い布を被ったやつが地団駄を踏みながら怒り続けている。一向に止まる気配がない。


「あーもういいわ!せいぜい頑張ってちょうだい!ベー!」


 最悪な目覚めだ。

 勝手に変なことしといて、罵倒される。寝起きの俺はそのせいで、疲れがとりきれていなかった。だから、フィリアには悪いが、今日は金稼ぎに行けそうにはなかった。


 そのことを伝えに行こうと、彼女の部屋をノックし、挨拶をする。


「おーい。おはよう」


「あ、カイか、入るといい」


 その声から、何だか嫌な予感がした。疲れた俺より元気のない声、これが導く答えはつまり。


「大丈夫か?」


 一昨日の同じ状態だった。赤熱した顔、咳...。どうやら昨日動きすぎたようだ。


 兎にも角にも、同じように介抱をしてやった。


「すま...ないな。こんなに世話をさせてしまって」


「気にするなって言いたいが、こんなに身体が弱いなら、自制した方がいいな。」


「は...はは...。そうか...な?」


 そう言ってまた彼女は眠ってしまった。よっぽど弱っているようだ。


 俺も今日は休み倒すことにした。フィリアの看病もこなしつつ、まったりと過ごしたのだった。


 次の日、明朝。隣の部屋が勢いよく開いて、俺はその音で跳ね起きた。 


「ささっ!今日の稼ぎに出るぞォ!」


 フィリアが元気よく呼んでいる。病み上がりだから止めようともしたが、そんな隙をくれるわけもなく、先に行ってるぞ、とズシズシ彼女は発つのだった。


 依頼はとくに危うい部分もなく、こなすことが出来た。彼女の腕は本当中々のものだ。銀貨を1枚と少し稼いで、今日は終わっていった。


 次の日、やっぱりだ。


「毎回、分かっててやっているのか?」


 若干呆れながら聞いた。


「へへっ。すま...ないな。私の体質なんだ」


 1日動けば、次の日はダウン。それがフィリアという人間だ。なんか呪いでもかけられているのではなかろうか。


 さて、次の日。予想通り彼女は元気だった。

依頼を遂行し、稼いだ。フィリアは楽しそうに草原を奔走し、働いていた。


 その次の日、体調を崩していた。


 その次の日も、さらにその次の日も、さらにさらにその次の日も、同じような流れを繰り返し続けていた。

 着実に依頼をこなしていたのもあって、銀貨は7枚集まっていた。


 残り3枚となった最初の依頼に、それは起きた。


 いつものように俺たちは草原を進み、討伐対象のもとへ向かっていた。目標はドラゴンである。だが、ドラゴンといっても極めて小さく、人間の背丈の2分の1程しかなく、力もそんなに強く無いらしい。実際に多くの人たちが、未熟なうちに討伐を達成している。

 ゆえに、今回もそれなりに簡単な仕事であるはずだったのだ。


 現地に着くと、そのドラゴンは死んでいた。横たわり、肉の一部が食われている。


 そして、その犯人は、近くにいた。


「おい、アレを見ろ!」


 フィリアが指差した先には、黒い狼がいた。角が生え、目は爛々と赤く光り、巨躯だった。


 狼は、俺たちを見るやいなや駆けてきた。


 フィリアが剣を抜き、迫り来る巨獣に振り下ろす。その刹那、その獣は巨体に似つかぬ軽快さで身を翻し、フィリアの死角から爪と牙で強襲した。


 そして、ついに両者は衝突した。


 フィリアは弾き飛ばされ、草原に倒れ込んだが、顔を上げてまだ立ちあがろうとしている。どうやら上手いこと鎧で爪や牙から身を守ったようだ。


 そう安堵するまもなく、狼はこちらへ振り向いた。その目は赤く、眉間には皺がよっている。その情報だけで殺意を証明するに十分だった。


 けれど、それが分かったとて、俺には手段が無かった。力を得る軍手を持っていても、俺自身は何も変わらない。最近まで日本に住んでいた、ただの一般人。


「逃げろォ!!」


 フィリアの声が聞こえる。


 けれど、それを自覚する間もなくーーー


「燃えろ」


 誰かの声が聞こえた。


 俺は目が見えていた。音が聞こえていた。草の匂いがしていた。大地の感触があった。まだ、生きていた。


 目の前の獣は、煌々と燃えていた。小さな赤い火が、少しずつ黒い毛を包み込んでいく。何とか消そうとのたうち回ってはいたが、すでに手遅れだった。


「危なかったな」

 

 燃える狼の近くには、1人の男性がいた。うっすらと無精髭をたくわえていて、恐らく30か40歳ほどだろうと推測できる。そして、黒い短髪と、灰色の目が特徴的な男だった。

 手には、黒色で時々青色に波打つ不思議な棒を持っている。


「あ、ありがとうございます」


 そう礼を言った。


「いや、いいさ」


 すかさず彼はこう言い、どこかへ去っていった。


 狼を見てみると、息絶えていた。周りの草とともに焦げてしまっていた。


「介、大丈夫か!?」


 フィリアが足を引きずりながらゆっくりと近づいてくる。


「ああ、俺は何ともない。それよりフィリアこそ大丈夫か?」


「はは。無事じゃないな。すまないが、手を貸してくれないか?」


 俺はフィリアのこういうところに感心する。無駄な意地を張らず、助けを請うべきところで請う。意固地になってしまう俺は彼女を見習わなければならない。


 フィリアに肩を貸し、ゆっくりと帰路をつく。そこであの男性について話した。


「...あの人がいてくれなければ、俺たちは今ごろ...」

 

 そう口にして、辿っていたかもしれない結末を考えると恐ろしくなる。思わず体を震わせる。


「だが、私たちは生きている。それにしてもあいつは凄いやつだったな!」


 フィリアは俺の恐怖を察したのか、話題を振ってくれた。


「あの炎のことか?」


「ああ。炎の魔法を使っていた。詠唱を破棄して」

 

「魔法?そんなものがあるのか?それに詠唱ってなんだ?」

 

「魔法を知らないのか?珍しい」


 この世界の魔法はどうやら一般的なもののようだ。


「魔法は、炎や氷、風といった概念を操る力のことだ。まあその内容は本当に多岐に渡るがな。そしてこの魔法は適正のあるもののみ扱える」

 

「じゃあ彼は才能があるってことか」


「そうだ。しかも詠唱破棄していた。これは相当な才能、あるいは努力あってのことだ」


「ピンとこないが、相当凄いことなんだな」


「そうだ。例えば早口言葉を100連続成功させるようなものだな」


「分かるような分からんような...やっぱ分からん」


 拠点へつき、受付に今日の出来事を報告した。するとなんと、いつもの銀貨+αに加えて、銀貨5枚を貰った。


「え?これ、俺たちが狼倒したわけじゃないですよ」


「いやいいんです。先ほど本人様がいらっしゃって、報酬をあなた方にあげるよう伝えられましたので」

 

「そうはいってもなぁ」

 

「本日はお疲れ様でした」


 今ここに、当人がいない以上仕方なく、報酬を受け取らざるを得なかった。俺たちは建物を出た。


「せめて、お礼くらいは言いたいよな」


「ああ。私もそう思っていた。しかも、あれだけの手練れ、また会いたいものだ」


 そう悶々としながら宿に帰ると、まさかの"彼"がいた。


「よっ」


 入り口すぐの壁に寄りかかり、手をあげてそう挨拶された。


「えっ、ここに泊まっていたんですか?」


「いやそういうわけじゃないんだが。ま、いい、本題にうつる」


 何か急いているような物言いだ。


「そこの兄ちゃん。お前、日本人だろ」


「そうです。」


 隠していたわけではないが、唐突に見抜かれたような心持ちだった。


「やっぱりか。じゃあ俺も一緒に着いて行かせてくれ」

 

「え?どうして。俺たち目的も何もないですよ」


「いや、あるはずだ。天使みたいなやつに言われたろ。敵を倒せってな」


「ああ!言われました。悪のなんたらとか」


「だな。俺も日本人でな、帰りたいのよ。きっとその目的を達成すれば帰れると思ってな」


「なるほどー。そうですね!じゃあ...」


「よし!いいな!助かる。じゃあ今日は疲れたから眠るな」


 そういうと、男性はそそくさと部屋に戻ってしまった。喋り方も仕草も全て、急いでいるような人だ。そんなに眠たかったのかな。


「ははは。愉快な仲間が増えたということか。まあ名前は明日聞くとして、私も疲れた。眠るとしよう」


 そうだ。名前すら分からないじゃないか。それにフィリアは聞けるかどうかすら怪しいだろう。体を壊すんだから。


 俺ももう寝ることにした。まだ夕方だったが恐ろしいほどよく眠れた。


「おい」


 目を覚ますと、俺の枕元に誰かが立っていた。


「んあ?」


「よう。起きたか。とりあえず飯に行こうぜ」


 この忙しい喋り方には覚えがある。昨日の珍妙な名前すら教えてくれなかった、仲間になるかもしれない人だ。


「先に食堂に行ってる。準備できたらあの嬢ちゃんと来いよな」


「へい」


 寝起きでボケてる頭をフル回転させて、彼の言っていることを何とか咀嚼した。朝はそんなに弱い方ではないのだが、唐突に予想だにしない起こされ方だと流石に混乱する。


 名前も知らぬ男性は、ことを言い終えるとそそくさと歩いて行った。


 何とか寝ぼけを覚まし、準備をした後、フィリアに声をかける。まあ、予想はしている。


「おーい。元気かー。あのおじさんがご飯を誘ってるぜー」


 そう扉をノックしながら言う。


「すまない。私のことは気にしないで、お前だけで行ってくれ」


 弱々しい声でそう返ってきた。そうだよな。昨日あんな危険な目に遭ったんだ。そりゃ反動も来る。


 とはいえ、俺は彼女が心配だった。置いて行くなんてしたくもなかったし、昨日から今日は看病の日だと決めていた。


「とりあえず入っていいか?」


「......だめだ。今は1人で休みたい気分だ。...1時間くらいしたら気分も変わるかな?」


 フィリアは、一枚上手だった。このままだと俺が外出しないと理解していたのだろう。1人で居たいといらたのならば、俺は無理強い出来ない。そんな気分は俺にもあるのだから。


「分かった。あのおじさんと話してくるよ」


「ああ。1時間後には気分は変わるぞ」


 でもやっぱり寂しそうだった。

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