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「ああ、我が妻。あなたのおかげで私は解放されたのですね。ずっとお礼を言いたかった」

 扉を開けるなり跪かれて、蝋梅は少し、いやかなり引いた。背景にきらめきでも背負っていそうな様子だが、彼女には効かない。なにせ、もっときらきらに見える相手がいるのだから。

 その相手は、素早く二人の間に割って入り、蝋梅を抱き寄せる。

「誰がお前の妻だ」

「青家から下げ渡しの申し出を出したのですよ。伝わってませんか? 国を越えての救助、てっきり承認されての特別扱いかと思ったのですが……」

「聞いてないな。彼女は俺の妃だ。陛下からも星守さまからも承認されている」

 連翹は、腰に回された腕を見、ふっと息を吐いた。

「これはこれは、失礼しました。そしておめでとうございます」

 何事もなかったかのように優雅に立ち上がると、用意された椅子の前に戻った。二人が座るのに続いて、彼も腰掛ける。

「随分遠くまで旅に出てたようだからな。知らなくても仕方ない。でも、お前の席はもう他の色に変わってるぞ」

「はは、ひとつ色が変わろうと、青家の優位はかわりますまい。それにすぐに取り戻してみせますよ。有能ですから」

 バチバチと二人の間に火花が飛ぶ。これが政局争いか、と蝋梅はじっと見入った。

「それだけで済めばいいがな。青百合が、塔を壊滅させる騒動を起こした」

低い声音で、望は口にする。向かいの彼の顔色が、さっと白くなった。

「……それは想定外ですね。しかも、塔が壊滅……?そんなこと、ありえるのか……」

 あまりのことに、さしもの連翹も動揺する。蝋梅は袖の中で拳を握った。

 青妃か凌霄花がとびきり寵愛されてでもいない限り、いや、よほどの幸運が重ならない限り、青家の再盛は難しい。このままでは。

「ただな。青百合は、どうも誰かに唆されたらしい。黒幕が割れればあるいは、青家にも道は残されているだろうな」

 俯きかけていた白い顔が、はっと望を見る。

 いつものような柔らかさも悪戯っぽさも、第二王子の表情からはうかがえなかった。鋭い眼差しで、青年貴族を射る。

「情報がほしい。どんな小さなことでも」

 やや間を空けて、連翹は目を伏せる。記憶を呼び起こすようにそうしていて、やがて口を開いた。

「私を攫ったのは、魔女を自称する女でした。山脈を二つ越えた内海の島で、彼女は隠遁していました」

 連翹の話は続く。

 島の中心、蔦の絡んだ石造りの家で。彼女は葡萄酒を注がせ、魔法で用意した食事を給仕するよう男たちに命じた。歳の頃はさまざまだが、みな見目麗しい。

 ただし。気に入らないと動物に変えられてしまうのだと、連翹よりも前からいる男の一人が、声を潜めて教えてくれた。彼女の秘術で、誰も破れていないのだとも。だからみな、不満のひとつも言わずに従順で、そうしていれば大切に扱ってもらえるらしい。

 連翹は持ち前の女たらしを炸裂させた。珍しい地域の収集品ということもあって、彼はすぐに召し出された。酒も回って上機嫌になった頃。連翹は尋ねてみた。

「かの方とは古くからのお付き合いで?」

 魔女は不思議そうな顔をした。

「かの方? ああ、あの子いま、王妃なんだものね。忙しいこと。あの子珠に行ってから変わっちゃってまあ。あんなふうになって。憐れよねえ。人間のオトコに入れあげて呪いの塊になっちゃうんだもの」

 女は特製の粥を、連翹の口にひと匙入れた。

「でもねえ、気持ちはわからないでもないの。私たちに比べたら、一瞬の輝きでしょう。その一瞬をいかに生きるかにすべてをかける。悠久の時を揺蕩う私たちには、ないものよ。だから眩しく見えるのよ。隣の芝は青く見える。あなたたちは永遠の命を欲したりするでしょ」

 ――いやはや、神々の考えは我らとは違うものですね。

 そう、連翹は回想録を締めた。

「我々が、鳥や花を愛でるようなものでしょうか」

 そう言って肩をすくめる。が、望の表情は固いまま。

「かの方って?」

「ああ、あの魔女を晶華に手引きし助力を請うた、首魁ですよ。王妃で珠の出身と言えば、柘榴さまおひとりですよね」

 蝋梅は息をのんだ。脳裏に、愛を語る柘榴の姿が浮かぶ。こんな中枢に。

「王太子殿下はどうされたのです」

 連翹は続ける。

「兄上?」

「私が攫われる時、柘榴さまの前で眠っていらっしゃいました。何もなければよいのですが」

望の眉間の皺が深くなる。

「猫にされる前の俺かもしれないだろ」

「服は王太子殿下を示す紋様、色でした。わざわざ身につけさせるでしょうか。それに、あの部屋は砂糖菓子のような、甘い匂いで充満していました。そんな残り香がありましたか?」

「……いや」

 目配せされて、蝋梅も首を横に振る。あの猫から、そんな匂いはしなかった。

 何食わぬ顔でしばらく休むよう告げて。望は回廊を進む。その背に蝋梅は声をかけた。

「殿下」

「俺は平気だ。連翹の言葉がすべて真実とは限らない。裏をとらないと。それに、話したからと言って、聞き入れてもらえるか」

 望の歩みは止まらない。

「しかし、ご心配でしょう」

「檀は、星守さまと父上を憎んでいたんだろう。星守さまは近しい者の呪いに絡め取らせた。となれば、父上のこともただ殺すわけではないだろう。これほど周到に削ぎ落としていったんだ。最悪な形にしたいに決まってる。兄上を手玉に取ってすることと言えば、次の王の正妃になること。もっと最悪な形にするなら、兄上に父殺しをさせること。王にはいくつか儀礼を踏まねばならないから、すぐにはなれない」

「殿下!」

 ついに蝋梅はその腕を掴む。望の足がようやく止まった。

「信じたく、ないのですね」

「兄上は、彼女を慕っていた。そしてそれをようやく受け入れられた。どちらも、謀られたものだとしたら」

 知らない方が、幸せなこともある。けれど。

「憎まれてもいい。暴かないと」


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