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――呪いだ、化け物め。
――災厄を呼ぶ呪いの子。お前がすべて背負えばいい。
繰り返し投げつけられる、濁りきった澱み。転嫁させられる厄難。いつも、重たい底なし沼の中にいるようで、疲弊しきっていた。
(早く、楽に)
「――何だ、あの頭のまわりの石は。年々増えてるじゃないか、気味の悪い」
「この間、抜け出して村に現れたと思ったら、火事をぴたりと当てたんだよ」
「この間の落石もだ」
「予言にしては悪いことばかり。災厄を呼んでいるんじゃないか」
「いっそ神に捧げてしまおうか」
「何か反動があると困る。触らぬ神に祟りなし。閉じ込めておけ」
そう村の人々は話し合って、少女を村から外れた森の中の小さな小屋に閉じ込めた。
環境はいいとは言えない。隙間風も雨も吹き込んでくるし、災難だと思うことがあると、村人は都合よくそれを持ち込んだ。身にこびりついたそれを引き取らせると、ああこれで楽になる、と無責任に喜ぶ。引き受けた小さな体が、他人の苦しみで悶えているのも見ずに。
明かりと言えば、木漏れ日と星屑だけ。そこから時々、外の様子が垣間見えた。小屋のすぐそこに広がる景色ではない。村人たちの押し付けにくる災難の話から、それがこれから起こりうる未来を見ていたのだと、わかった。
そしてそれは、他の人には見えないものだということも。
足音がして、少女はけだるげに目の端で扉を見た。頭が重い。悪い夢を見たという村人の厄を引き受けたばかりだった。
今度は何か。逃げ出さぬよう足は縛られていて、拒むことはできないが、それでも毎回心が竦む。足音は複数だ。
少女は目を伏せる。金属の擦れる音。何か武器を持っているようだ。
(痛い、のかな。でも)
重い息を吐き出す。
(早く楽に、なりたい)
「星守様からは西が吉と言うお話だったんですよね。今のところ、収穫はありませんね」
「ああ。雨まで降って……それにしても、随分ぼろぼろな建物だな」
知らない声の後、コンコン、と遠慮がちに扉を叩く音がした。そんなこと、村人たちはしない。
少女が少しだけ目を開けると、「すみません、雨宿りをさせてください」という声と共に、扉が開けられた。小さな小さな小屋の中は、隠れるところもない。お供え物のように置かれた水と食べ物の皿、そしてぼろぼろの布に横たわる少女だけだ。
その光景を見て、相手は目を見張った。
かたや少女の方は、この珍しい来訪者を眼差しでもってとらえた。頭の上が、ちかちか光る。すると目の前に、流されてゆく橋の光景が映し出された。
「あなたたち、帰りは二番目の橋を使ったほうがいいわ。来るときに使ったひとつ目は崩れやすくなってる」
そう告げると、一行は互いに顔を見合わせた。
「これって、もしかして」
(ああまた、)
呪いと蔑まれるのか。少女は覚悟した。が、彼らの中で唯一の子どもが、静かに歩み寄った。
他よりも、仕立てのいい服を着ていて、堂々とした少年だ。腰に剣を佩いてはいるが、それを抜く様子はない。顔の前でしゃがみこむと、「きみは?」と優しい声音で問うてきた。
「……」
「名前は?」
「ない」
端的に答える。少年は「僕は望という」と名乗った。後ろの大人たちが、狼狽する。あまり名乗るのはよろしくないらしかった。それはそうだ。名が知れれば、使いようによってはその人を縛ることもできてしまう。特に、村の澱みを一身に集めたこの身が呼べば。
自分では、災厄を吸い上げる方法しか知らない。知らないから、溜めおいて消えゆくのを待つばかり。少女は口を噤んだ。
反応の薄い少女に、それでも望は柔らかな眼差しを向ける。今度は頭上へと。
「きみのその頭の、星冠じゃない?」
「星、冠?」
未来が見える以外にも、村人たちと決定的に違うもの。それが頭上に浮かんだ石だった。村の誰も、物知りとされる長老でさえも、知らぬもの。
少女はこの少年を、目を丸くしてまじまじと見た。
「きみ、これから起こることがわかったりするんじゃない? 特別に星の加護を受けているから、未来が見通せるんだ」
望の声は、いささか高揚している。今までそんなふうに話しかけられたことがなかったから、少女は面食らった。どうも、悪いことではないらしい。
「加護って、どういうもの? 私は呪いだと言われたの。悪いことを呼ぶからわかるんだって」
「いいことは見えない?」
穏やかに、望は問いかける。
「見えるわ。でも言わなくてもいいでしょう。悪いことは避けられるなら避けた方がいい。それに、私が見えても見えなくても、嫌なことがあると私に当たるわ。化け物のせいだって。死なせないのは、祟りを恐れているから。ただそれだけ」
そこまで言っても、少年は眩しいばかりの笑顔を見せた。
「星守様のおっしゃっていた吉兆は、きっときみだよ。きみのように星冠をもった人が何人もいて、この国をいい方向に導いているんだ。きみもそうなれる可能性がある。僕と来てくれないか」
吉兆。そんなふうに評したのは、彼が初めてだった。
ほろ、と胸の内にほんの少し、本当にひとかけらほどの温かいものが、少女の胸に宿った。