89
何度も何度も思い出す。
私が欲しい供物はただひとつ。あなたの心。
何をおっしゃいますやら。とうに捧げておりますのに。
苦しい時ほど、擦り切れるまで。思い出を胸に蘇らせる。けれど、永遠でないものはだんだんとその形を失ってゆく。それは神をもってしても同じだ。そういう権能がない限り、記憶は薄れてゆく。
感触、声音、表情。次第に薄れてゆくそれらが怖い。なんという無情。無常。だから、呪いの炎を焚きつけて、身を焼く。そうすることでこの怒りだけは忘れさせない。たとえ元の姿を失おうとも。
「う、」
呪いの炎だけでない辛さが、彼女を蝕む。星を隠すほどの力を捻り出すのは容易ではない。無数の神の存在を覆ってみせるのだから。気を失うほどの無茶をして、魂を削って隠し切った。だが、それも限界に近づいている。
「戻りました」
女官の出で立ちの彼女は、仮面を外す。そうしてそのまま、寝台の前に倒れ込んだ。
「檀」
もはや目も開けていられない彼女に、ゆっくりと体を起こして手を伸ばす。
「紅榴さま……」
息も絶え絶えに、檀は名を呼んだ。紅榴はその手を握る。
「代役ありがとう。私の手足としてよくやってくれたわ。ここからは私の仕事。私から生み出されし眷属。私の一部。元の場所に還りなさい」
ずるりと、檀であった姿は焔と化して柘榴に吸い込まれてゆく。少しでも分けたその力を取り込めば、マシになるはず。しかしその時、自分の核に違和感を覚えた。何か自分の力でないものが入り込んでいる。
塔を飲み込んだ時に潰した宝剣か。何か他の宝貝か。大きな損害を与えるものではないが、喉に刺さった小骨のように嫌な感じがする。
けれどそれを探る余力はない。まだ、大事な最終幕を、見せるわけにはいかないのだ。
苦しげに彼女は寝台に身を投げ出した。
この苦しみは、生命あってのもの。
そう。命を断てば、相手の苦しみはそこで終わってしまうのだ。
(彼には生き地獄を味わわせてあげましょう。その方がずっと辛いはず。私と同じように、苦しみ続ける。愛させて愛させて、最後に堕としてやる)
その唇は、三日月に歪んだ。