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 何度も何度も思い出す。

 私が欲しい供物はただひとつ。あなたの心。

 何をおっしゃいますやら。とうに捧げておりますのに。

 苦しい時ほど、擦り切れるまで。思い出を胸に蘇らせる。けれど、永遠でないものはだんだんとその形を失ってゆく。それは神をもってしても同じだ。そういう権能がない限り、記憶は薄れてゆく。

 感触、声音、表情。次第に薄れてゆくそれらが怖い。なんという無情。無常。だから、呪いの炎を焚きつけて、身を焼く。そうすることでこの怒りだけは忘れさせない。たとえ元の姿を失おうとも。

「う、」

 呪いの炎だけでない辛さが、彼女を蝕む。星を隠すほどの力を捻り出すのは容易ではない。無数の神の存在を覆ってみせるのだから。気を失うほどの無茶をして、魂を削って隠し切った。だが、それも限界に近づいている。

「戻りました」

 女官の出で立ちの彼女は、仮面を外す。そうしてそのまま、寝台の前に倒れ込んだ。

「檀」

 もはや目も開けていられない彼女に、ゆっくりと体を起こして手を伸ばす。

「紅榴さま……」

 息も絶え絶えに、檀は名を呼んだ。紅榴はその手を握る。

「代役ありがとう。私の手足としてよくやってくれたわ。ここからは私の仕事。私から生み出されし眷属。私の一部。元の場所に還りなさい」

 ずるりと、檀であった姿は焔と化して柘榴に吸い込まれてゆく。少しでも分けたその力を取り込めば、マシになるはず。しかしその時、自分の核に違和感を覚えた。何か自分の力でないものが入り込んでいる。

 塔を飲み込んだ時に潰した宝剣か。何か他の宝貝か。大きな損害を与えるものではないが、喉に刺さった小骨のように嫌な感じがする。

 けれどそれを探る余力はない。まだ、大事な最終幕を、見せるわけにはいかないのだ。

 苦しげに彼女は寝台に身を投げ出した。

 この苦しみは、生命あってのもの。

 そう。命を断てば、相手の苦しみはそこで終わってしまうのだ。

(彼には生き地獄を味わわせてあげましょう。その方がずっと辛いはず。私と同じように、苦しみ続ける。愛させて愛させて、最後に堕としてやる)

 その唇は、三日月に歪んだ。


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