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望が宮殿に戻ると、貴族たちが雁首揃えて上奏しているところだった。
貴族たちと言っても、有象無象ではない。五家が揃いも揃って首を垂れていた。
「民の心は震えております。星祭まで待たずに、一度祭祀を行ってはいかがでございましょう」
「降雨を乞い願うのは、都度行うもの。人心が乱れた折に、加護を求める祭祀を行うのも問題ありますまい」
練習してきたかのように、順番に述べてゆく。
(なぁにを企んでる?)
望がじっと様子をうかがっていると、中央の黄色い衣の男が恭しく口を開いた。
「先日呪を受けた第二王子殿下が舞者となり、加護を強めるのはいかがでございましょう」
「それはよい」
王は是非もなく頷いた。
貴族たちはあらかじめ決めておいたらしい日程や供物の手配など、流れるように話し始める。
「一週間は早いのではないか。準備が間に合わんだろう」
王のひと言も、五家の面々は聞き入れない。
「いいえ、未曾有の事態こそ、素早い対処が肝要です。準備はこちらにお任せください。舞のほうも、我が娘であればすぐにでもお相手が務まりましょう」
「いいえ、我が娘が」
白い衣の男以外が、我先にと推薦する。止まらない彼らを呆れ顔で見遣るその目の端が、望へ向けられた。一斉に、広間中の視線が同じ方向に向く。
「我が正妃が、共に舞を奉じます。ご心配には及びません。術を解いたのは我が正妃。これ以上の適任はおりますまい」
そうにこやかに告げながら、望は心の中で悪態をつく。
注目が逸れたところでそっと広間を抜けると、槃瓠をお供に馴染みの店へと向かった。
次の夜も、玄の青年は夢の中に現れた。無表情で、袖を握っている。
「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。万物は陰を負いて陽を抱き、沖気以て和を為す」
それだけ告げると、またも消えようとする。
「あの、お待ちください。北斗星君さま」
不敬と知りながらも、蝋梅は彼の手が離れる前に、その袖を掴む。玄の瞳が、蝋梅を映した。
「この場でなら、お話できませんか」
「話?」
蝋梅は頷く。
「私はあなたさまのことを存じ上げません。よく知りもしない相手と息を合わせるのは、互いに難しいかと思いまして」
青年は暫し逡巡する。
「私は、そなたをずっと見守ってきた。あの男のように、会った時だけのそなたしか見ていないわけではない。記憶を失う前も、何に苦悩し、涙し、願ってきたかも知っている。今更必要ない」
さも当然のように彼は言い放つ。そこにいつも見える北斗七星のように。
「一方的じゃないですか。見ていらっしゃっただけで、心は通わせてこなかったでしょう」
「興味があるのか?」
「はい」
「あの男よりも?」
間髪入れず言い合っていたのが、止まる。
「それはちょっと……」
困ったように蝋梅は眉尻を下げた。望以上に興味があるなどと、お世辞にも言えない。
「でも、あなたさまがいらっしゃらなければ、殿下にお会いすることもなく、お守りする力もありませんでした。ありがとうございます」
無表情なはずの青年は、急に顔を背けた。それだけでなく、慌てて手をふりほどく。まずい、と思った時には既に意識は覚醒していた。注意して運べと口酸っぱく言われた花瓶を落としてしまった時のように、胸がばくばくしている。
蝋梅は顔にかかってきた髪をかき分けた。